010
「ほォ、よく来たな。怖気づいて逃げ去るか、もしくは出血多量で死んでるかとも思ったが」
町内で最も大きな公園。俺の家から最も近くにある公園。宮方はその公園のジャングルジムの上に座ったまま、そう言い放った。
時刻は深夜零時。外灯はまだ点いている。深夜は人も来ないのだから(来てるけど)、消してしまえばいいのに。もったいない。
だがそのおかげで、宮方の姿を捉えることができた。ジャングルジムの上で、悠々と、あぐらをかいている。黒い棒――柄の長い刀を抱えて。そして手には、俺の右腕を――持っている。
と、もう一人、隣に誰かいる。おそらくは『繁栄派』の仲間だろう。あの野郎。仲間を連れてくるとは。初古の話では、『繁栄派』でも浮いているような印象だったし、常に一人で行動しているのかと思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。
「右腕がないと家族が心配するんだよ。返せ」
覇嶺さんは、やっぱり置いてきた。というか家に帰ってもらった。
宮方との戦いには、連れて来たくなかった。あの人のことだから、言ったら着いて来るだろうと思って、言わなかった。腕は、鴉がもいだということにした。
不満そうな顔をしていたが、頑なに俺が同行を拒んだので、向こうが折れた。
「しかしお前、傷はどうした?出血は、止まったのか?」
「止まってなかったら、死んでるだろ」
「そりゃーそうだろーけどな。いや、まァ、深夜零時を指定したのが悪かったっつーのもあるけどな。いかんせん、長すぎた。それにしたって、当てが外れたな。なァ、おい」
宮方は、隣にいる人物に話しかけた。
「そうだね。私の異能で出血を止めてから、外喰くんと戦う予定だったんだもんね」
「それがどォしたよこの様だ。まったく、語感だけで零時だなんて言うんじゃなかったぜ」
女の声だ。どこかで聞いたことがある声のような気がする。
「よっと」
宮方がジャングルジムから飛び降りる。隣にいた奴も、同じく降りてくる。
ジャングルジムの上にいた時には、外灯が眩しくてよく見えなかったが、宮方は夕方見た時と同じ服装。隣の奴はどうやらつなぎを着ている。黒髪で、後ろで髪を束ねている。
「やっほう外喰くん。昼間ぶりだね」
髪の長さは肩にかからないくらいだろうか。それを、後ろの方で束ねている。結ばれていない髪を見るに、内側へ巻かれている。そして、眼鏡をかけている。昼間も同じ型の眼鏡をしている奴と会った気がする。
この女。
知らない人だった。
「……ちょっと、外喰くん?」
いかにも俺の事を知っている風な口ぶりだが、そんなことはない。俺の情報は『繁栄派』内部に出回っている。
そもそも『繁栄派』の言うことは当てにならない。信用してはいけない。耳を傾けてはいけない。
「あの、外喰くん…?わざと…?わざとだよね……?さっきからずっと険しい表情を解かないけど、驚きの表情に変わるべきなんじゃないかな?私だよ?覚えてる?昼間会ったよね?」
「いや、知らない」
「九里古里だよ!九里古里千切だよお!」
何てこった!九里古里が『繁栄派』メンバーだったなんて!知らなかった!
くそう、俺は騙されていたのか…!
「……騙してないよ。隠してただけで。でもまさか、私だってびっくりしたよ。『繁栄派』内に、外喰くんの噂が流れた時は。同姓同名かとも思ったけど、そんな苗字、そうそうないしね。それに、鴉さんを追い返したんだって?凄いね、どうやったのかは知らないけど」
「鴉は、面倒くさがって帰った」
「だろうね、やっぱりね、そんなことだろうと思ってたよ。君の異能がどんなものかは見たことないから何とも言えないけど、鴉さん程の異能力者とやり合って無傷で追い返すなんていうのは、まず考えられない」
実際やり合ったし、無傷でもなかったんだけど。
「何だァ?千切、お前の友達だったのかよ?」
宮方が九里古里にそんなことを聞く。
「いや、友達と言うほどでもないけど…まあ、同じ学校の、同級生だよ」
「ふうん…まあ、そういうのは、友達と言っていいんじゃねェか?」
何か。
急に普通なことを言っている宮方が。
気持ち悪かった。
「いやしかし、それだったら要、お前もさぞ驚いただろォーな、こいつが出てきた時はよ」
「そんなことはねえよ。九里古里だって気付いてなかったし」
「え?本当に気付いてなかったの?昼間、顔見て話したよね?それも結構、長い時間」
「カラータイツじゃないから分かんなかった」
「外喰くん私のことカラータイツで覚えてたの!?」
九里古里が、心底ショックだと言わんばかりに声を荒げる。
カラータイツで覚えてたんだな、これが。
「お前がそんなに取り乱すっつーのは珍しいな、千切」
「うん?まあ、私も年頃の人間だからね。取り乱すこともあるよ…」
「へー。そんじゃあ要、そろそろ始めるか。どうする?もうちっと談笑するか?」
「始めようぜ」
俺は、きっぱりと言った。
先程は会話中にいきなり腕を切られた。また談笑中に不意打ちをかけられたらたまったものではない。やると言っている時にやっておいた方が、気持ちの準備もできるというものだ。
「――つってもお前、腕はここにあるけど、変身できんのかァ?」
「お前が切ったんだろ…。知らねえよ…」
「ありゃ間違えたんだよ。本当は左腕を切るつもりだったんだ。そしてお前をおびき寄せるつもりだった」
「そもそも何で本人をおびき寄せる餌が本人の腕なんだよ」
「そりゃお前ェ、腕が大事じゃない人間なんていねーだろーがよ」
まあ、それはそうかもしれないけども。
やっぱりずれている。
「よォし、じゃあ九里古里、こいつの腕をくっつけてくれ」
「分かった。外喰くん、こっちに来て」
こっちに来い?冗談じゃない。何をされるか分かったものか。
九里古里を警戒しているわけではない。いや、警戒はしてるけど。宮方がどんな行動に出るか分からないから近づきたくないのだ。
だから――
「必要ねえよ。それより九里古里、離れてろ」
「え?何で?」
「いいから、ジャングルジムの後ろ辺りまで行ってろ」
「………………」
案外素直に、九里古里は言うことを聞いた。案外だが、これでいい。これなら安心だ。
俺は、痒みを思い出す。
猛烈な、激烈な、痛烈にして滅裂な痒みを。
思い出す。
存在しない右腕が、熱くなったような気がした。
「がッ……?」
宮方が持っていた俺の右腕が――変身した。
鋭い棘を生やして、宮方の腕から逃れると、その勢いで、宮方の上半身と下半身を、分断してしまった。
血が、内臓が、溢れ出る。
中々にグロテスクな映像だったが、後になって考えれば、それより何より、指をしゃかしゃか動かして帰ってくる腕が気持ち悪かった。
「み、宮方…!?」
まずい。何も殺す気はなかった。何となく、腕が帰ってくるとは踏んでいたが。まさかこんな威力で帰ってくるとは。
これって、俺が殺したことになるよな……?
完全に回復した、宮方の血にまみれた右腕を見ながら、そんなことを考えた。
「おい九里古里ィ、早く直せ」
上半身だけの宮方が、九里古里を呼ぶ。
「人使いが荒いなあ、この人外は」
「俺を人外扱いするんじゃねェよ。どっからどう見ても聞いても触っても、れっきとした人間だぜ。聞いた話じゃ、要の方がよほど人外じゃねェか」
最初は驚いていた九里古里だが、すぐに何でもないような表情に戻り、やれやれといった感じで、宮方の傍に寄った。そして上半身と下半身を近くに運び、その境目に、両手で触れた。
するとどうでしょう。みるみるうちに宮方の体がくっ付いていくではありませんか。
結局、1分も経たない内に、宮方の傷は、地面にこぼれた大量の血を含め、完治してしまった。
「どうかな、驚いた?私の異能『隷属回帰』。あらゆる異常を直してしまうんだ」
「驚いたな。それでお前は何回でも処女だと言い張れるわけか」
「ち、違うよっ?そんなことに使ってないよ!?」
「はっはァ、何度やっても慣れねェが、それがまた気持ちよくもあるもんだな」
再生した宮方が肩を回しながら、こちらに歩いてくる。
「まさか、今ので終わりにしよーってんじゃねェだろ要?それじゃ、あまりにも寂しすぎるからなァ」
「終わりにしたかったよ!」
宮方が刀を抜いて、一気に駆け出す!
俺も同じように、宮方の方へとダッシュした。
宮方の動きは――宮方だけではない。九里古里も、木々の揺れも、全てがスーパースローに見える。
刀の一閃など、食らう筈もない。
カウンターの一撃で、終わり。
終わりの筈だった。
「避けられた!?」
避けられたのだ。
馬鹿な。
おかしい。
宮方の回避の動きが明らかにおかしい。いきなり真上に飛んだのだ。
ジャンプではない。少なくとも、人間のジャンプ力では。
飛ぶというより、浮いたと言うべきか。
いくらスーパースローに見えるといっても、結局のところ、動かしているのは俺だ。俺の常識で、見て、考えて、動く。
人外染みた動きをすれば。俺の予測の外を行けば。簡単に避けられる。
「そォだよ要。避けたんだぜ。一撃必殺の異能も、避けちまえば……まァ、一撃必殺には変わりねェか…」
「………………」
宮方は、宙に浮いていた。ぼんやりと。ふわふわと。
これが、奴の異能力。
「行くぜ要。俺を大いに見くびれよ。そして切られろ。存分な」
落ちるように降りて来る宮方。
また無理にカウンターを狙うことはしない。動きが普通であればカウンターを決めるくらいわけはないが、宮方の異能がまだいまいちはっきりしない。それこそ、ぼんやりと、ふわふわとしている。
だから一旦、確実に向こうの攻撃を防ぐ。
右腕を頭の前にかざす。
「ひはッ!」
「づうっ…!」
体全体に強い衝撃を受けた。
いや、それよりも、右腕に刃が食い込んだ。この、恐ろしく頑丈な右腕に。刀が?ただの刀がか?
半分どころか4分の1も切れていないが、それでも、この甲殻を破ったというのは、驚きである。確実に焦りを、感じ始めた。
「流石に硬ェなァー!全然刃が通らねェ」
宮方が俺の腕から刃を引き抜いて、距離を取る。
何だこいつの異能。
身体能力強化――違う。空中に浮ける説明がつかない。
浮遊能力――たぶん違う。刀の威力は浮遊能力では説明がつかない。
切れ味強化――身体能力強化と同じ理由でこれもなし。
いや、でも、浮遊能力…?これなら…。
「今度はこっちの番だ宮方ぁっ!」
「はヒひはァひッ!来いよ要ェッ!」
嬉しそうに笑いながら、指を2本立てて挑発してくる宮方。
そんな宮方の方に向かって、地面を強く蹴る!
鴉を吹っ飛ばしたパンチである!
弾丸のような速度で飛んでいく俺の体。
この目がなかったら、俺自身、何が起こっているのか分からないスピードだ。
宮方はそれを。弾速で飛ぶ俺を。俺の右腕を。
掴んで止めた。
「マジか!」
「マジだぜ。それはそうと、『マジ』っつーのは、江戸時代の楽屋言葉が語源と言うか、由来というか、まァ、元らしいぜ」
右腕を掴まれていては動けない。
格好の的だった。
「うぎいいいい!」
宮方と共に地面に向かって落ちる。
宮方の刀が地面に突き立れられる。地面と刀の柄の間には俺の頭部があった。
右目ごと頭を貫かれた。
「うへッははッ!これでも死なねェのか要ェ!お前とんだ化け物だなァ!」
「痛え!痛え!」
思い切り刀を横に、振り抜く。振り抜かれる。右目から右耳の上まで。ばっくり頭が割れた。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」
「やたら痛そうに喚くじゃねェか!俺なんか上半身と下半身を分断されたんだぜ!それに比べたら頭が割れるくらいどうってこたァねーだろ!必要以上に痛がるのはやめろよな、サッカーの試合じゃ最も嫌われる行為だぜ!」
痛い。凄く痛い。信じられないくらい痛い。遺体になりそうなくらい、痛い。痛い。
――と、以上の通り喚いたのも束の間、次の瞬間には右目は宮方の姿を捉えていた。恐らくもう、跡形もなく治ってしまっているのだろう。気味が悪いので、あまり想像したくはないが。
「くそっ!ちくしょう!ふざけんな!」
「そうカッカすんなよ」
宮方が再び宙へと浮かぶ。
「そういやお前の腕を切り落としたのは不意打ちだったよなァ?今思えばありゃ反則だったよ。だけど、お前も俺を不意打ちで真っ二つにしたもんな?これで手打ちにしようぜ」
「今さらそんな事を怒ってるんじゃねえよ!」
「何だよお前。自分で始めようなんて言っといて、自分がやられたらキレんのか?理不尽だなァ!キレる若者だなァ、ええ!?カルシウム摂れよ!」
「べつに怒ってねえよ!」
まずい。こいつはまずいぞ。こいつとの戦闘を終わらせるには、本当に殺すしかないかもしれない。
腕を折ったところで。足を折ったところで。刀を折ったところで。生きている限り狙われるかもしれない。
そもそも、勝てるかどうかも怪しいんだけど。
いや、勝算はなくはないんだけど。
「……要 、お前今、好きな子とかいんの?」
「馬鹿にしてんのか!」
「馬鹿にしてねェよ。真面目な話だろうが。俺はいたよ、今じゃないけどな。そう、あれは高校2年の冬だった。後にも先にも俺の恋はあったが、あれが最も情熱的だった」
この話、聞く必要あるのか。
「相手は、えーっと……色素の薄い、透き通った色の目をしていてよ。小柄で華奢で、庇護欲を掻き立てられる、そんな子だった。今日はそんな守ってあげたい系女子のくるぶしの中身の話をしてやるぜ」
「しなくていいわ!」
聞く必要はなかった。
「まァ何にせよだ、要。恋はしておけよ。必要はないがとても大事なものだ。良くも悪くも経験になる。良い恋も悪い恋も、良くも悪くも経験になる」
「お前には何も言われたくない」
反吐が出る。
下衆以下の下衆。外道の中の外道。もはやこいつは人ではない。人の道を堕ちたもの。人であってはいけない。人であって欲しくない。
人と同じ形をしていて、人と同じ言葉を喋る。限りなく人に近い鬼だ。
殺人鬼。人を殺す鬼。
人ではない。
異常だ。異能だとか、戦闘能力だとか、そういうことじゃなくて、性質がまるで異常だ。
異常にして非情。下劣にして卑劣。
人を切って喜び、人を殺して笑う。
こいつの心には傷みがなく、こいつの行動には悼みがない。
ならば俺が。
痛みを与えてやる。
「何だよ要どうしたよ?黙りこくって。じっとして。失禁したから動けねェだとか、そういう間抜けなのはパスだぜ?」
「うるせえ、いいからかかって来い」
「いいねェ抜かすじゃねェか要ェ!熱いお誘いだ、乗らないってのは男じゃねェーなァ!!」
叫びながら宮方が降りて来る。
死ぬようなことをされても死なないことが分かった。
宮方の刀が、俺の左手を切り裂く。左腕を切り裂く。左肩からから胸まで切り裂く。刃はへそまで達した
。
一方、俺の右腕は、宮方の心臓を貫いていた。
「ひでェ事するなァ、要」
俺が右腕を引き抜くと、宮方はその場に崩れ落ちた。刀を落とし、セーターを血まみれにして。
恐らくは、死んだ。
深く息を吐く。
へそまで切られた激痛は、もうなくなっている。
「おつかれ、そしておめでとう、外喰くん」
ジャングルジムの裏で見ていた九里古里が、終わった様子を見て、歩いてきた。
そしておもむろに、宮方の傍に寄ると。
胸の大穴を、塞いだ。
手で穴を隠したわけではなくて、宮方自身の血と肉で、元通りにした。
「重さを操る異能力『天地無象』の宮方由紀次朗によく打ち勝ったね。凄い。私もびっくりだよ」
「…めでたくねえよ。というか、お前それ――」
「外喰くんを一級の前科持ちにしたくないからね。心配しなくても、もう宮方さんは外喰くんを付け狙ったりしないよ。私も強く言っておく」
「………お前が言って聞くのかよ、そいつ」
「聞かないよ。でも、言うのは私だけじゃないから。それについては本当に心配しなくていいよ」
何だかその辺のことはよく分からないけど。
「それにしても、ごめんね。私は今回、君をちょっと試させてもらったよ」
「何だその黒幕っぽい台詞」
「ああ、いや、違う違う。そういう意味じゃない」
どういう意味なんだろうか。
「こんな状況で言うのもなんだけどさ。言いたいことがあるんだ」
「…何だよ」
「好きです」
「は?」
何だって!?
意味が分からなかった。意味が分からなかったと言うより、わけが分からなかった。
「遠めに見て、感じのよさそうな人だと思ってた、って、言ったでしょ。一目惚れとは違うけども、直接話さなくても、好意を抱いてしまうのは、まあ恋心なんて単純なわりに複雑なものだし、あることなんじゃないかな」
「何でこんな状況で言うんだよ」
「一応前置きをしたのに…。案外人の話を聞かない人だね…」
こっちはそれどころではない。
「…そういう話は今度にしてくれないか…?こっちは今、心身ともにグローリーなんだ」
「それはまた誇らしげだね……。勝利の栄光ってことかな…?そんな風には見えないけど…」
「間違えた。グロッキーなんだ」
「ああ、納得。それもそうだろうね。外喰くんがどのようにして生きてきたか知らないけど、たぶん、生まれて初めてじゃないかな。人を殺すような傷を負わせたのは」
「そりゃもう」
そして臭い。血生臭い。
宮方を殺してないというのは、実は本心ではやっぱり安心したのだが。
それにしたって、内蔵は臭い。
宮方自身に吐き気を催したのもあるけど、それより単純に気分が悪かった。
「でもさ、死闘の果てに告白されるって、素敵じゃない?」
「うん。聞こえはな。だけど実際、そんな余裕ないわ」
「………………」
九里古里が、難しそうな顔をする。
「さっき謝ったのはさ、こんな事があってなんだよ」
「こんな事とは」
「私は外喰くんの事が好きだったんだけど、ずっと告白できずにいた」
「ほう」
何か、照れる。
「それはまあ、私が『繁栄派』だからとか、そういうんじゃなくて、普通に、びびってたからなんだけど」
「ああ、そうなん」
「でもね最近、『繁栄派』内部に、外喰くんの噂が流れ始めたんだよ。さっきも言った通り、外喰くんかな?と思ったけど、でもまさか!と思ったけど、やっぱり外喰くんだった」
「いちいち感情を込めてそこ言わなくていいよ」
小首を傾げたり手を振ったり忙しい九里古里に、俺は力を抜くように促した。
「そこでまあ、私と組んでる宮方さんが、君に目を付けたんだよね」
「そこで止めてくれ」
「どうせ聞かないよ。まあ、全力で止めなかったのは事実だけど」
「おい」
ちょっと九里古里と距離を置こうと思った。
「宮方さんが君を狙い始めた後だったね。というかもう、今日だったね。あんなにたくさん喋ったのは」
「そうだったな」
「ちょっとイメージと違うところはあったけど、でも、それでも、私の恋は病的に加速したね。やっぱり好きだ、って。でもその日――つまり今日。宮方さんが外喰くんを襲うと言っていたんだよ。だから私はね、こうしたんだ。外喰くんが宮方さんに殺されなかったら、告白しよう……と」
「ちょっと意味が分からないです」
「そりゃ、君は男の子だもん。乙女心は分からないよ」
関係あるかな、それ。関係あるかなあ?
「結局、私の心情心理を詳しく説明をすると朝になっちゃうから、そこは省くけど、つまりまあ、分かりやすく言えば、私は悲劇のヒロインぶってたんだね」
「分かりやすく言ったのか…?分からないんだけど…」
「もう、私に言わせるのかよ、恥ずかしいなあ。どうせ宮方さんを必死で止めて、そして告白しても、宮方さんがそれで諦めるわけないし、結ばれた後で外喰くんが殺されちゃったらそれこそ悲劇のヒロインでしょ?」
でしょ?と言われても……。
「だから、外喰くんが宮方さんに、実力で勝ってから。そしたら告白しようって、考えてたんだ」
「それはつまり、自分が傷付かないための予防線じゃないのかよ」
「そうだよ」
九里古里はきっぱりと言った。
だから、ごめんね、とも言った。
「……まあ、お前が直接俺に何をしたわけでもないし、べつにお前は悪いことはしてないから、そこをとやかく言うつもりはないんだけどさ」
「そう。ありがとう。優しいね。そんなところが好きだよ」
「お、おう……」
「せっかくの告白シーンだっていうのに、こんな作業着で悪いね。本当はもっと着飾りたかったんだけど。私が宮方さんと組んでるのは、治療のため。大体の場合、血で汚れるからさ」
「構わないけどよ…」
九里古里はまだまだ何か言いたそうな顔をしていたが。
一度視線を下に向けて、そして、俺の方を向いた。
「さて。長々と告白に至る経緯を語らせてもらっちゃったけど、どうなのかな?私は、外喰くんに、付き合ってもらえるのかな?」
むう。
まだいまいち状況が整理できてないんだけども。
というか、この場に出てきた時点で、九里古里への信頼度というものががくっと下がっている(元々高くはなかったけど)。
告白シーンの直前に、好感度を下げてくるヒロインがいるだろうか。
昼間、話をした九里古里だったならば、もう少し仲良くなれば、すんなり了承していたかもしれない。
それどころか、喜んでこちらからも頭を下げて頼んでいたかもしれない。
だけど。
こんな状況じゃ、なあ…。
「ごめん。無理」
鴉は言っていた。男は決断力だと。
俺は生まれて初めて女の子に告白され、生まれて初めて女の子を振った。




