第41話 英雄の孤独
【聞いてくれるか?】
【私の……話を……】
揺れる荷台の中、俺はウィンドウの表示に集中した。
――知りたい、こいつの秘密を。
その思いに応えるように、戦場に漂う空気が、荷車の振動が、テスの気配が……遠のいていく。そして意識がウィンドウの中に吸い込まれていくみたいに視界が狭まり、やがて暗転した。
※※※
気がつくと俺は宙を漂っていた。
真っ暗な空間、寒さも熱さ匂いも、何も感じない。それどころか自分の体が認識できずに、幽霊とか魂だけの存在になったような気分だ。
【私は記憶】
暗闇に浮かび立つウィンドウ。俺が読み終えたタイミングで次の文字を表示させた。
【使用者の記憶と引き換えに力を与える。ただそれだけのスキル、だった】
辺りに光の粒子が湧き上がる。そしてそれが瞬く間に景色を構築していく。その世界を俺は模型を眺めるように宙から見下ろしているのだが、鼻先を不快な焦げ臭さが刺激した。そして次第に肌の表面を熱気に当てられた感覚が襲う。
慌てて体を確認しようとしたが、依然として俺の体は存在していなかった。
首を傾げているうちに世界は形を作り終えた。
その世界に色彩は無く、細部が欠け落ちている。というよりは再現しきれていないと言えるかもしれない。いうなれば朧気な記憶を思い起こしているような、そんな世界だ。
そこは焼き払われた村。そしてそこで残り火に照らされて俯く一人の少年がいた。
そして構築された世界は彼の正面に扇状に広がっている狭い範囲だけだ。そこからこの世界は彼が感じ、視界に収めている世界なのだと理解した。つまり彼の記憶を視ているのだろう、と。
突然、顔の欠けている重武装した兵士達が世界に、いいや、視界に入ってきた。兜にある聖王国の紋章がクッキリと強調されて見える。
俺の中に警戒心が沸き立つ。それに同調したように少年が飛び退き、落ちていた剣を拾い、構えた。
……実際には同調しているのは俺の方なのだろうけど。
目を剥いて敵意を全身から発露する彼に戸惑う兵士達。何やら声を掛けているが、耳を素通りしていくだけで意識に留まらない。しかしその雑音の中から、張りのある若い男の声が上がり、意識を揺らした。
『落ち着いてくれ、俺達は君の、敵じゃない』
声の主は重武装の兵士達の間を縫って姿を現し、一言ずつ言い聞かせるようにそう言った。
同じくらいの年の少年が柔和の言葉を聞いて警戒心が和らぐ。それと同時に彼の顔がハッキリと認識されていく。
「ベベル……」
俺は声にならない声で呟いた。かなり若いが、奴の面影があったのだ。
ベベルは少年の警戒心を解きほぐすように、ゆっくりと手を差し伸べた。
『仇を……魔族を滅ぼす為に、一緒に来ないか?』
少年がその手を取ったところで、景色は光の粒子となって流れて消えた。そして再び辺り一面暗闇へと戻った。
その暗闇の中、情報を整理する。いや、ほとんど整理するまでもなかった。
「俺がウィンドウに時折感じていた意思、それはヴァルシバル、アンタなんだろ? ……さっきの少年はアンタなんだろ!?」
暗闇にポンッとウィンドウが浮かぶ。
【半分正解と言える】
そして続けざまにウィンドウが浮かび上がる。
【使用者の記憶は聖櫃に蓄積される】
【私はその蓄積された記憶、つまりヴァルシバルの記憶で構成された疑似人格とでも言おうか】
「……ンだよそれ、話が見えねぇ! これを俺に見せて何が伝えたいんだよ!!」
【私はずっとお前をみてきた】
俺の動揺を他所にウィンドウの文字はどこまでも淡々としている。
【スキルが覚醒する前からだ】
【因子としてお前の中に存在し、行動を見てきた】
再び光る粒子によって景色が作られる。
今度は見覚えのある光景だ。俺が過ごしていた宿舎。しかしその庭で遊ぶ子供達の顔は覚えていなかった。そしてこの世界がその中の一人の少年の視点で出来ていることに気づいた。
「あの子は……無くなった記憶の中の俺、か」
【どこにでもいる平凡な少年だと思った】
【一方で、前任者たるヴァルシバルは非凡なる戦闘の才を持っていた】
「ケッ、そりゃぁ残念だったな……」
【本当にそう思う】
その文字に、心の中が掻き乱された。
相棒のように感じた存在からの無慈悲な言葉。こいつは結局スキルなんだろう。自分を使いこなせる人間が好きに決まっている。
そんな風に膨れ上がっていく俺のマイナス思考を見通したかのようなタイミングで次の言葉が現れた。
【お前のような平凡な少年が背負うには重すぎるのだ、私というスキルは】
【非凡なるヴァルシバルといえども、最期は哀しいものだった】
【戦場で猛威を振るった己の姿すら忘れ、自らの存在を繋ぎ止める最低限の記憶すら失った】
【その結果、自我を失い、仲間達の輪の中にあっても孤独感を抱えて生命を終えた】
「あのヴァルシバルがそんな最期を……」
自らの驚愕の言葉とは裏腹に、俺はウィンドウの言葉をすんなりと受け入れていた。大英雄と呼ばれている彼の最期は伝わっていない。それどころか人柄も、魔王との戦いも、詳しい伝承は伝わっていない。
その理由が記憶を失いながら戦っていたからだと考えれば合点がいく。
――そして、その死の影が俺にも迫ってきている。
【私が怖いか? 憎いか?】
確かに平凡な少年だった俺が背負うには重すぎるスキルかもしれない。
「怖いさ……。だけどお前のおかげでテスと会えた。世界の歪みに気づけた」
レッドフォールライン行きの荷馬車に乗った時に頭を過った。
もしこのスキル『聖櫃の因憶』に目覚めていなかったら、俺も彼らのように俯いて死地に向かっていっていたのだろうと。
「確かに、使用者から記憶を奪うなんて、とんでもねえクソスキルだ……。だけど俺はお前を使う。やるべき事が見えたんだ、迷わねぇで突き進む。そしてお前はそれを可能にしてくれるスキルなんだからよ!」
意気込んだ俺とは裏腹に、ウィンドウは沈黙した。そして数十秒の間を開けて文字が現れた。
【やはり】
【ここ最近のお前をみていると、何故お前の中に私が発現したのか理解できる気がする】
【他者の記憶を背負う覚悟、それは本物か?】
「ああ、あたりめぇだ!」
俺が力強く言葉を放つと、光の粒子が渦を巻いて立ち上り始める。
【ならば彼の……ヴァルシバルの記憶も背負ってはくれないか】
ようやくウィンドウの言わんとする所が見えてきた。
かの大英雄の記憶と意思を背負う覚悟があるのかと、口先だけでない覚悟があるのかと。そう問うていたんだ。
「はっ! 大英雄様の記憶を背負えるだなんて、光栄の限りだぜ!」
【その覚悟があるからこそ、私はお前の中で目覚めたのだろう】
【今ならそう言える】
【さあ、誘おう。大英雄の記憶の旅へ】
光の粒子が洪水のように押し寄せ、飲み込まれた。そして瞬く間に世界が構築されていく。だけど今度は見下ろすような視点ではない。一人の人間としてこの世界に立っている。
しかし体の自由は聞かない。
……あぁ、これは俺の体じゃないんだ、と理解した。
そうこれはヴァルシバルの記憶の中。これを見て、ウィンドウは彼の意思を継いでほしいと考えているのだろうか。
――ヴァルシバル、アンタが何を思い、考えていたのか。見せてもらうぜ。
第三章 完




