パーティーの夜
「まぁミシェル様、この度はご婚約おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます……」
引きつりそうになる顔をなんとか笑みの形にし、名前も知らない招待客に愛想笑いを返す。
もうこれで何人目だろうか?公爵家の婚約パーティーを正直ナメていた。めちゃくちゃ広い大広間に、かなりの人数の招待客。全員が私に挨拶しようと思ったらそりゃあ時間かかるわ。
それに、と視線を隣にやれば、退屈ですと言わんばかりの表情の王子様が、こちらには目もくれず招待客と挨拶をしていた。
「ロベール殿下、この度はご婚約おめでとうございます」
「ああ、どうもありがとう」
そう、彼はフロレンシア聖王国の第二王子にしてミシェルの婚約者、ロベール・クロヴィス・アムラン。
攻略対象の中でもメインキャラの1人で、黒髪に赤い瞳のイケメン――――だけど、まだ10歳なので今は美少年だ。確定で来る一人ってのは、ゲーム開始時点でミシェルの婚約者だった彼のことね。
ゲームの中のロベールは、自分の意思を無視して決められたミシェルとの婚約に内心納得しておらず、婚約して以来ほとんど興味もなく交流もナシ。だが学園で主人公と出会って、本当の愛に目覚める……という乙女ゲームお決まりのパターンだ。その後、息をするように婚約破棄するまでがセット。
主人公ヨイショヨイショチームのトップで、主人公の行動が許されるのはロベールの存在が大きい。そりゃあ、王子様だし王族だし、ついでに生徒会長でもあるのだ。ミシェルがいくら頑張っても、ロベールにどうしても軍配が上がる。
だからこそ、ロベールを味方には出来なくてもいいから、敵対されないように手を打っておきたい。おきたいんだけど……。
「あの、ロベール様」
「……」
「少しお疲れではございませんか?」
「……」
そう、ご覧の通り、私は無視されている。
婚約が気に食わないのは分かるけど、だからって無視はないでしょ!? と叫びたいが、あいにく今はパーティーの真っ最中。
ロベールだけじゃなく、周りの心象が悪くなると今後の人生にどんな影響があるか分からない。
冷静になるのよミシェル、冷静冷静。
とは言っても、話さないことには情報も何も得られないんだけど……。
「殿下!」
招待客に挨拶が途切れたのを見計らって、ロベールに声をかける人が居た。
「マクシム!来ていたのか!」
今まで『無』だった王子様の顔が、ぱあっと明るくなった。視線の先には、ロベールや私と同い年の少年が手を振っている。
マクシム? ということはつまり……。
「マクシム・ヴェルニュ?」
私の口から出た言葉に、2人がぴくりと反応する。
「マクシムを知っていたのか」
ロベールが不機嫌そうに口を開く。なんだ、ちゃんと喋れるんじゃん。
「ええ、まあ」
マクシムのなんだコイツ?的な視線から逃れるように、私は曖昧に微笑んだ。
マクシム・ヴェルニュ。近衛騎士団の団長、ヴェルニュ男爵の長男。もちろん彼も攻略対象だ。
ロベールとは幼馴染みで仲良し。親友同士だけど、マクシムは一歩引いて殿下呼びをしている。
一応属性的にはワイルド系ワンコとかキャラ紹介には書いてあったけど、ツンツンした黒髪に少し日に焼けた肌は今はまだワイルドというよりはわんぱく少年って感じだ。
彼ももちろん主人公ヨイショヨイショチームの一員であり、主人公に注意しようと近付けば大抵の場合ミシェルは彼に取り押さえられる。私とそう変わらない背丈のわんぱく少年が、近い将来ああなっちゃうのかと思うと少し悲しい。
「……」
遠い目をしている間に、ロベールとマクシムは連れ立ってどこかへ行ってしまった。ちょっと、一応貴方と私が今日の主役ですよロベール殿下!?
周りを見渡せば、両親とロベールの両親、つまりはフラヴィニー公爵夫妻と国王夫妻は何やら楽しく談笑中。招待客も、挨拶が終わった後は用はございませんとばかりにこちらには見向きもしない。
賑やかなパーティー会場でボッチは辛い。ということで、少し大広間の外を探検することにした。
自分の家とは言え、ずっと自室のベッドに居たせいでなんにも見れてないんだよね。ミシェルの記憶にはもちろんあるけど、実感としてはまだないんだ。
誰にも咎められることなく外へ出れば、満点の星に満月、咲き誇る色とりどりの薔薇。う、うわーすごい!電灯が無いってだけで、こんなに星が綺麗に見えるんだ!しかも薔薇園あるのウチ!?
なんともロマンティックな風景にいざ探検とウキウキで足を踏み出そうとすれば、グイッとドレスの裾を引っ張られた。
ん、なに?
「あ、あの、ミシェル様……」
「はい?」
振り返ってまず目に飛び込んできたのは、涙をいっぱいに湛えた綺麗な緑の瞳だった。
月明かりに濡れた瞳を起点に、幼いながらも色白で完璧な造形の顔が視界を埋めた。サラサラの金色の髪に縁どられたその顔は、正直ミシェルにも負けていない。
うわ、うわ〜〜〜! めちゃくちゃ可愛い! あとなんか近い!
少し距離を取って、可愛さのあまり梅干しみたいに歪みそうになる顔をなんとか元に戻す。
急に飛びのいた私を映した千歳緑が、驚いたように瞬いた。
瞳の色に合わせた深い緑の燕尾服が……燕尾服? 燕尾服!?
「男の子!?」
「ひっ!」
急に大声を出した私に、美少女改め美少年は怯えきった表情で身を縮こませた。
「ご、ごめん!」
「あの、いえ、その僕は……うぅ……」
さらにポロポロと涙を流す美少年に私はどうしていいのか分からず、とりあえず手持ち無沙汰になった両手で、少し低い位置にある彼の頭を撫でる。あ~もう泣かないでよ~!
「……」
しばらくサラサラと髪を撫でまわしていると、しゃくりあげる声が聞こえなくなった。お、落ち着いたのか? なんか犬を宥めてるみたいで変な感じだ。
少し乱れてしまった金髪の隙間から、潤んだ瞳がこちらをそろりと見上げる。
わあ可愛い……じゃなくて、最初に声をかけてきたのはこの美少年のほうだ。何か私に用でもあったんだろうか?
「えっと、それでだけど。あなた、私になにか用事があったのではないかしら」
「は、はい。その……」
なんだかとても言いにくそうな雰囲気を醸し出しながら、美少年はもじもじと俯く。
よっぽど重要な話でもあるのかな? でも、ミシェルに対して深く関わりのある登場人物って、ほぼほぼ攻略対象かせいぜいモブなんだよね。
この美少年はモブって感じじゃないけど、攻略対象に金髪碧眼のキャラなんて居なかったし……。
「僕、は――――」
「にゃぁん」
えっ、猫???
美少年の言葉を遮るように被せられたのは、猫の鳴き声だった。少年が言ったのではない。
「今のは……上?」
美少年が顔を上げたのにつられて私も視線を上に向ける。
きょろきょろと辺りを見渡せば、近くの木の上で白く小さな何かが動いた。
「あら、あんなところに」
木の根元まで駆けよれば、美少年も慌てたように私の後を追ってきた。
「降りられなくなっちゃったのかしら?」
「は、はい。そう、みたいです……」
私たちの会話を肯定するみたいに、みゃあみゃあとか細い声が頭上から降ってくる。
木の上には当然手は届かないし、はしごなんかも私には何処にあるのか見当はつかない。とはいえ、ウチのメイドさん達はパーティに掛かりきりだろうから庭には来ないだろうし……。
「ねえあなた、木には登れる?」
「木!? む、無理ですっ!」
「でしょうね」
こんな箸より重いものを持ったことのなさそうな美少年が木登りなんて、出来るほうがびっくりだ。あ、この世界では箸じゃなくてナイフとフォーク? ……どっちでもいいか。
「うーんそうね、だったら仕方ないわ、私が木に登るわね」
「……えっ!?」
美少年が初めて、泣き顔以外の顔でこちらを見た。生憎笑顔とかじゃなく、何言ってんだこいつと言わんばかりの顔だったけど。
「あの、せっかくのお召し物が」
「大丈夫、少し乱暴にしたって気を付けていれば破れたりしないわ」
「ですがその、公爵家の姫君がこんなこと、今からでも人を――――」
木に手をついた私に、美少年が矢継ぎ早にそう言ってくる。本日2回目のちゃんと喋れるんじゃん、だわね。
「あなたが黙っていればバレないわ」
「えっ?」
「私とあなた、2人の秘密にしちゃえばいいのよ」
そう言ってしまえば、美少年は呆気にとられたように黙りこくった。よし、外野も静かになったことだし、いざ木登りを――――。
「そこで何をしている!」
木の幹に足をかけた瞬間、鋭い声が飛んできた。
し、知ってる! ミシェルが学園で好き勝手な振る舞いをしていた主人公を注意しようと校舎の裏手に呼び出したイベント(半強制イベのせいで周回する度に毎回見る羽目になったやつ)で何度も聞いた!
「ヴェルニュ様……と、ロベール殿下」
顔を目一杯険しくさせたマクシムと、その後ろからロベールがこちらへと近づいてくる。ゲーム本編後半で何度も見た光景だ。主人公と対峙するミシェルをマクシムが取り押さえ、ローベルが大丈夫か怪我はないかと甘やかす。
助け方がワンパターンすぎて、バンク(アニメの変身シーンとかのやつ)呼ばわりされていたっけ。ただ、今は幸いなことに主人公も居ないし本編開始前だ。
「ミシェルか? そこで何を――――お前は!?」
ロベールの赤い瞳が、私の後ろを捉えて大きく見開かれる。後ろに居るのって……美少年よね?
ま、まさか、本編よろしく貴様いたいけな美少年を脅していたな! とか言われちゃうの!? 確かにさっきまで泣いてたし私が泣かしたようなもんかもしれないけど、誤解よ誤解!
「ロベール殿下、これは」
「ルドワイヤンの人間が、なぜミシェルと一緒に?」
「――――は?」
え、ルドワイヤン? 今、ルドワイヤンって言った?
「あ、あの、僕は、その」
「誰かと思えば、闇魔法の継承者ではないか。父君はご健在か?」
「あ、はい。おかげさまで……」
「マクシム、今はそういうことを聞く場ではないだろう」
3人がごちゃごちゃと何か話しているが、私の耳には入ってこない。
ルドワイヤン、闇魔法、それって、もしかしてそれって!
「エレオノール・ルドワイヤン」
「え……」
「あなた、エレオノールなの?」
私の言葉に、美少年は戸惑いながらもこくりと頷く。固まった私に、ロベールは呆れたような視線を寄こしてきた。
「おい、相手が誰だか知らなかったのか? そもそもなんで――――」
「……じゃない」
「なんだ?」
「全然、†闇†って感じじゃない!」
私の心からの叫びに、彼らは三者三様に固まった。美少年ことエレオノールは呆気に取られたような顔をして目をこれでもかと大きく開いているし、マクシムは口を開けぽかんとした表情のまま。そして、ロベールは、
「……バカなんじゃないのか、お前」
ため息とともにそう呟いて、ほんの少しだけ笑ってみせたのだった。