コボルト共
夜が明けてアロンとメリッサは約束通り昨日クリスティーナが言っていた場所に赴いた。そこにはすでに彼女達が待っていた。
「遅いじゃないか?約束した集合時間の五分前に到着するのが常識だろう?」
「昨日は明確な集合時間が決まってないはずだが? そもそも今はまだ日が昇って間もない頃だろう?どんだけ早起きなんだよ、お前」
「……そっか。確かに言ってなかったな」
クリスティーナは納得してみたいで頭を縦に振った。
「あねさんは目が覚めてからずっとウキウキしてるっすよ。お陰で新入りさんたちは寝不――」
「誰がウキウキしてんだ?ただ一刻も早くコボルト共をぶち殺したいだけだ」
クリスティーナはガイオの言葉を遮って黙させようと彼に冷たい眼差しを送った。その視線を受け止めたガイオはすぐにおとなしく口を閉めて黙り込んだ。
「……でもその前に改めて私のパーティーメンバーを紹介してほしい」
「何で急に?」
クリスティーナは手を胸に組んで顎でメリッサの方向へ差した。
「アロンはすでに彼らと彼女らを知ってたけど、彼女はまだ知らないからだ。だから今のうちに覚えさせたい。ちゃんと覚えろよ、いいな」
クリスティーナの上からの目線にメリッサはこころよく思わないでも確かに彼女のパーティーの人達は知らなかったから大人しく頷いた。
これ以上彼女に覚えさせてほしくないと言う思惑もあるかもしれないってアロンは自分の中で勝手に推測した。彼がそんな事を考えている間にクリスティーナはパーティーメンバーを紹介し始めた。
「まずは私の右側から順番に人族の剣士サクン、同じく人族の盗賊ガイオ。それから私の後ろにいたのはレンジャーのアメデオ、彼の隣にいるのは魔術師ヤナだ。二人は見ての通りエルフだ。そして最後後ろにいたのは今回コボルトの巣穴を攻略するため近くの村で誘った新入り二人。アロンもこの二人と始めて会っただな。女の子の方は人族の聖職者カロリーネ、男の方はドワーフのルーカスだ。彼も戦えるが主に整備員と戦利品回収員をやっているからその方で頼んでいる。荷物も任せてる」
「よろしくお願いします」
メリッサはクリスティーナがパーティーメンバーの紹介を終わったから紹介された人達に頭を下げて挨拶した。その後アロンも新入りの二人に挨拶を交わした。
「挨拶が済んだならもう出発するぞ」
パーティーメンバーを紹介し終えたクリスティーナは手を上げて皆に注意を寄せてから彼女のパーティーが先頭を切って昨日発見したコボルトの巣穴へ向かった。アロンとメリッサも彼女達の後ろに続いた。
「あそこだ」
茂みの中に潜んでいるアメデオが声を低くして彼の背後に同じく茂みの中に隠れているクリスティーナと他の人達に目の前にある山壁に一つの洞窟があるって事を指で指して皆に知らせた。
アロンはアメデオの指が指した方向に随ってそこにある洞窟を見た。あそこは二匹のコボルトがそれぞれ洞窟の入り口の横側に立って見張っているのが分かった。
「どうする?静かな方法で倒す?派手に正面突破する?」
アロンの質問にクリスティーナは迷わず答えた。
「相手の数が分からない以上先ずは気付かれずに進もう。正面突破するのは出来る限り避けたい。一気に沢山のコボルトが敵に回してしまう可能性もかるからな。ガイオ、あの二匹の見張りを一気にしとめられるか?」
「朝飯前っす」
ガイオは静かな動きでアロン達が隠れていた茂みから素早く出てきてあの二匹の入り口を見張っているコボルトに近付いた。
彼はまず、その一匹のコボルトの背後に回りこんでやつの影の中に隠れた。そして腰帯に差している一本のダガーを鞘から抜き出して滑らかな動きであのコボルトの喉まで移動した。ダガーはそのままやつの喉に深く刺さり込んだ。刺さられたコボルトは抵抗したいがガイオに拘束されてまったく動きが取れなかった。ほんのちょっとだけの時間でやつは声も出されないまま線が切られたマリオネットみたいに地面に倒れ込んだ。
「まるで蛇の動きみたいですね」
メリッサがガイオの動きに驚いていた時、もう一匹見張りのコボルトがちょうどガイオの方へ、つまりやつの仲間の方に顔を向けた。そして当然やつは襲撃された事に気付いた。
ガイオはそのコボルトと両目があった瞬間やつにダガーを投げ出したけど、ちょうどやつも同時に洞窟の中へ踏み入れて仲間を知らせようとしたから外れてしまった。ガイオはすぐに腰帯の向こう側に差しているもう一つのダガーに手を伸ばしたがやつの足の速さじゃ多分間に合わない。
(もう間に合いませんね。これで正面突破のルートに入るかな……)
そんな事を考えているメリッサは腰に吊るしている剣に手を置いて戦いに入る準備をした。
皆の視線がそのコボルトに集中していてそんな中にある一人が立ち上がった。あれはアメデオだった。彼は仲間に襲撃の事を知らせるため洞窟の中に入るつもりのコボルトに矢を放った。放たれた矢はガイオの頭の傍を通って真っ直ぐにコボルトの後頭部に刺し、やつは全身硬直して前のめりで地面に倒れ込んだ。
「……余計な事っすよ」
矢が射られた方向に振り向いてガイオは自分の所に歩いて来たアメデオにその言葉を投げた。
「お前も分かっているだろう?あのままじゃ仕留め損ねる確率が高いって事くらい。だから手を貸したんだ。礼くらい言ったらどうだ?」
「チッ」
舌を打ったガイオはアメデオを無視してさきほど投げ出したダガーを拾って腰帯に差している鞘に入れた。
「二人共そこに突っ立ってないで早く中に入るのよ。私が先に入るから早くついて来い」
アメデオの後に出て来たクリスティーナはその二人をそう言ってから率先して洞窟の中へ入った。他の人達も彼女の後を追って一緒に洞窟の中へ踏み込んだ。
「入り口の辺りはまだ平気なのにここからは真っ暗で何も見えませんね……」
洞窟に入ってから周りがだんだん暗くなり日差しの入らない所まで歩いたらカロリーネが転ばないように手を壁に当てながらぼそりと声を漏らした。
「そうだな。ヤナ、頼む」
「はい」
『玉の月 灯す光で 闇照らす 退き濃く夜 天照る蛍』
呪文を唱えた後ヤナのロッドの先端からいくつかの丸い光が出て来て回転し始めた。最初はゆっくりで回っているがそれからだんだん早くなって輪も広がって行った。そしてロッドの先端から上に昇ってパーティーの頭の上に一ついくつかの丸い光で形成した大きい円形の照明が出来た。
「そんなに強い光じゃないけどここではもう十分と思うよ」
笑みを浮かびながらヤナはカロリーネに向かって話した。
「これで周りが見えるようになったろ?先に進むよ」
洞窟中の道は結構狭い、三人くらい並べて通れる広さになっている。だからクリスティーナを始めに他の人達は二、三人になって彼女の後ろに歩いく形でアロンとメリッサは列の最後になっている。
(ここまで来てまだコボルト共と遭遇していない。このままにやつらのねぐらまでいけるじゃないか?だとしたら洞窟の中であいつらを追い掛け回さないで済むな)
そんな事を考えているアロンにメリッサは近寄って小声でアロンに話しかけた。
「アロンさん、さっきからなんかおかしいです」
「なにが?」
「やけに静かしすぎますし、それにあっちこっちコボルトの匂いだらけでどこにいるのか分からないです」
「やつらはいつもここで活動していたからじゃないか?」
「だとしてもこれは変――」
突然、メリッサの言葉が途切れた。彼女の方を見たら体勢が崩した彼女の左足に二本の矢が刺さっている。あんまりの痛みのせいかメリッサは顔をしかめて低く呻っている。アロンとメリッサの傍に隠し通路があったようで彼女を越して、暗闇の奥から沢山のコボルトが湧いて来た。
「コボルトだ!!」
アロンは大声をあげて他の人に襲撃の事を知らせた後すぐ剣を抜いで彼に向かって切り下ろした刃を止めた。メリッサを背後に引きずって隠れさせ、コボルト共を迎え打った。
アロンの警告とほぼ同時にクリスティーナの方も同じくコボルト共の襲撃を受けた。
「逆に不意を打たれたなんて……小賢しいやつらめ。でもまだまだ甘いね。アメデオはアロンに加勢して行ってくれ。他の人もだ。前の奴らはサクン、ガイオと私三人で十分」
指示を下したクリスティーナは前に出てサクンとガイオを連れて一緒にコボルト共に攻め入った。他の人たちは彼女の指示に従ってアロンに加勢しに行った。カロリーネはメリッサの所に駆け寄って彼女に治療の呪文を掛けるつもりだが、アメデオがそれをとめた。
「治療の呪文は後にしてくれ。今はそれをしたらお前が標的にされてしまう」
「っ……大丈夫です。自分で手当てでいいから……」
メリッサは痛みに我慢して二本の矢を太ももから抜いた。そして鞄から準備しておいた包帯で傷口を巻いて血を止めた。
「本当にいいですか?」
「手当てが終わったら早く前に出ろ!アロン一人じゃあ手が足りない!」
「はい……っ」
アメデオに催促されたメリッサは右足に力を入れて立ち上がった。そして前に出てコボルトとの戦闘に参加した。
コボルト共は尽きがないようにどんどん襲ってきている。波のように迫って来るコボルト共にアロンとメリッサだけではいずれ突破されるのが目に見えていた。アメデオも矢が撃ち切れたみたいでダガーで戦いながら矢を回収している。おまけにメリッサは怪我をしていて動きが鈍くなっている。アロンが色々サポートしなければもうとっくにだめかもしれない。状況はあんまり芳しくなかった
(このままじゃあきりがない。メリッサも足がやられて動きがうまく取れていない……)
「ヤナ!このままじゃあだめだ。一発デカイやつ頼めるか?」
アロンは振り向かずに後ろにいる地面に倒れ込んでいてまだ息が絶っていないあるいはアロン達が討ち漏らしたコボルトにルーカスと一緒にトドメを確実に刺しているヤナに聞いた。
「いいけど、でも攻撃されないように守ってよ」
「分かった。なるべく早く頼む」
ヤナはロッドを縦にして手を前に伸ばして詠唱を始めた。
『火の吹雪 雄叫び火炎 サラマンダー 旋風になり 敵を灰にせ』
それを皮切りにコボルト共の空気が一斉に変わった。攻めが激しくなっている中に前にいるアロンとメリッサを無視して強行突破を試みたやつもいる。そしてやつらの弓手もヤナにだけ狙って行った。
彼女目当てに飛び降りた矢を防ぐためルーカスはヤナの前に立ち盾を構えた。
「飛び道具はわしに任せとけ!」
そして詠唱が終わってヤナはロッドを前に向いて構えた。詠唱まで堪えたアロンは前にいるコボルトを蹴り飛ばした後すぐにメリッサの襟元を掴んで自分の方に引っ張った。
「早くこっち!」
「わっ」
引っ張られたメリッサはアロンの方に倒れた瞬間彼女の目の前に横になった火の柱が轟きながら前にいたコボルト達を食らい尽くして行った。頬が火柱の熱風に当てていてコボルト達の悲鳴を聞きながらメリッサはボケッと火柱が消えてなくなるまで見ていた。その後口から一言ぼそりとこぼした。
「すごい……」
火の魔法が消え、静まり返った洞窟の中に残るのは炭となって焦げていたコボルト達の死骸と空気の中に漂う肉と毛が焦げた匂いだけ。その魔法が通ったところは黒い炭しか残していなくて他に何もなかった。
「これ何回見てもすごいだな」
「お前達の方はもう片付いたか?こっちも終わったぞ」
クリスティーナの方も終わったみたいで三人共もアロンのところへやって来た。
「こりゃあ派手にやってくれたなぁ」
「本当っす。たかがコボルト共にそんな火力の強い魔法いるっすか?」
「あなた達の方は見てないから知らないけどこっちは大変よ。前に出られる人は一人だけなの。もう一人はほとんど使えないから」
それを言った時ヤナはメリッサの方へ見た。
「敵を倒すのに手段は関係ないさ。もう片付いたからそれでいい。さっきのがご挨拶みたいなやつと見ていいだろう。ここからもっと周りを注意して先に行こう」
クリスティーナはそれで締めくくってまた先頭に立って洞窟の奥へと進んで行った。
今回の分を一気に書き終えたいから遅くなって申し訳ございません。
明日また更新しますので。
備考:1.【アロンの嗜み】以前の章は読みやすくになりました。
2.【アロンの嗜み】後半部は一部の内容変更しました。
3.【見られている】は間違った所を訂正しました。
4.【クリスティーナ】後半部は一部の内容変更しました。