47.異国人の村
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ラルコとその仲間達は、十五歳組に昇級していた。
三年の月日を経た成長はみな心身共に著しかったが、特にラルコについては、小柄で華奢だった身体は見違えるほどたくましく、身長も大人と変わらぬまでになっていた。
とはいえダカルなどは更に長身となっていたが、並んでも見劣りしない、細身ながらも引き締まった無駄のない筋肉は、たゆまぬ修練の賜物といえよう。
二人は十五歳組の双璧として、その髪色から『黒の美男神』『白金の美男神』と呼ばれ、暁の館での人気を二分していた。
女子組の三名もまた、男達に劣らぬはつらつさと同時に彼らにはない華やかさを身に付けていたが、中でもシーニャは、幼い頃から嘱望されていた美貌を存分に開花させ、ダカルとは別の意味でラルコと双璧をなす『白金の美女神』として、後輩達の憧憬の的となっている。
ただその一方で、男勝りの激しい気性と戦闘の苛烈さから、『蒼氷の雷帝』の異名も賜っていたが。
十五歳組の活動は、館の外での実地訓練が中心となる。
外部活動はそれ以前から始まっているが、十四歳組は一般的な体験学習、様々な職場を経験しつつ社会の在り方を学ぶのが目的であるのに対し、十五歳組は活動の範囲が更に広がり、内容も濃いものとなる。
カラルカ山脈奥地への遠征や、東の大海に浮かぶ海洋王国ヴィグランドへの航海、騎士団への体験入隊など、大人でも困難な任務を次々とこなし、高度な技術と経験を身に付けるのだ。
その間に、アウラの真実、すなわち魔道の研鑽も怠りない。
既にラルコのアウラは、他を圧倒する強大なものとなっていたが、仲間達もまた、これまでの館の出身者とは一線を画す、抜きん出た力を発揮するようになっていた。
その成果はもちろん、彼ら自身の努力の結果であることに間違いない。
だが、ラルコという天才と間近に接しながらの、訓練の日々。魂で理解することが何よりも重要なアウラの修練において、この環境が彼らの成長に大きな影響を与えなかったとは、決して言えるものではないだろう。
―― * ―― * ――
季節は夏。英乱の月(八月)も末の、とある晴れた日の午後。
ラルコと仲間達は、カリグー山麓北西部の深い森の中にいた。
この場所は、山麓の東面にある暁の館からは、ほぼ反対側に近い位置にある。
カリグー山には修練の一環で山頂近くまで何度も登っているし、一周約八十カマールもあるふもとの周回路を走り切るという修行も行ったこともあるが、西面中腹のこの付近に来るのは初めてのことだ。
ふと木々の間をのぞき見れば、北の地平には先日訓練で登ったカラルカ大山脈の雄大な姿が映る。わずか一か月前、自分達があの場所にいたことが嘘のように感じられた。
「なあ、地図に書いてあるのはここで間違いなさそうだけど。この村でいったい何すんだ?
今回の行き先は、西の辺境のタイガの森じゃなかったのか?」
長旅用の大きな雑嚢を肩に担いだトードが、同じく大荷物を背負ったティグラに向かって言った。
「さあ? 旅の馬でも借りるんじゃないの?」
「こんな山ん中でか?」
彼らが訪れたのは、森の中にある小さな集落だ。
見れば、木々の間に大小さまざまな山小屋が点在している。
耳を澄ますと、風に乗って牛の声らしきものも聞こえて来る。ティグラの言う通り、牧場のような雰囲気は感じられたが。
「まったくタクロ先生ときたら、毎度のことながら何の説明もないんだもんな。朝起きたら食堂に地図だけ張り紙して、ここに来いだなんて」
「あっ、来た来た」
ティグラが指差す。
集落の奥の方から、スカラーツ先生と村人らしき男女が姿を現した。
「よー、みんな来たな」
「遅くなりました。初めまして、今日はお世話になります」
スカラーツ先生の顔を見るなり文句を言いかけたトードを制するように、ダカルが前に出て先生と村の人に挨拶をした。
それにならって、他の者も「お世話になりまーす」と頭を下げ、トードも仕方なく口をつぐんで、少し遅れて頭を下げる。
「今日のお客はお前らか。よろしくなー」
村の男が右手を差し出す。ダカルほど長身ではないが、充分に鍛え上げられた身体を持つ青年だった。
「よろしくお願いします。ダカル・カリグーと申します」
ダカルが手を握り返しながら挨拶をすると、青年は「ネャーフ・ハダイだ」とにこやかに笑った。
その聞きなれない名前の響きと、彫りが深く浅黒い顔つきに、なにやら異国の気配を感じる。
「私は、ジャシャ・シン。
ねえねえ、あなた本当にブルメリアの人? こんなきれいな男の人、初めて見たよー」
ネャーフと一緒に来た女性、というより女の子は、ダカルの隣に立つラルコの容姿に目を丸くしながら、手を差し出した。
「ラルコ・カンターラです、よろしくお願いします」
背格好だけを見るなら、十歳くらいの子供のようだ。だがその物腰と流れて来る意識から、見た目通りの年齢でないことを悟ったラルコは、年長者に対する礼をとった。
「さあ、こっちだ」
ネャーフが先に立って歩き出す。後について行きながら、トードがスカラーツ先生に訊ねた。
「なあなあ先生、今日は西の辺境へ出発するんだろ? ここで馬でも借りるのか?」
「馬か、まあそうだな。ただし、空飛ぶ馬だぞ」
「空飛ぶ馬だって?!」
「天馬か!」
「天馬?!」「まさか!」「うそっ!」
天馬という言葉に、皆は色めき立つ。
天馬は、神話の中の動物だ。そんなものが現実に存在するなんて、誰も想像していなかった。
「先生、天馬って本当なの?!」
興奮を隠せないシーニャに、スカラーツ先生は前を向いたまま答えた。
「ん? ああ、まあ似たようなものだ」
「え……」
その瞬間、皆のざわめきがピタリと静まった。
似たような、などという微妙な言い回し。何事にも言葉が足りないスカラーツ先生がこういう曖昧な言い方をした時は、決まってロクでもない事態が待ち受けているということを、彼らは長い付き合いの中で学んでいるのだ。
さらに、ネャーフが不吉な言葉を放った。
「なあ、こいつらちゃんと潜水の術は習得してるんだよな」
「ああ、もちろん。みんな十分に訓練を積んでいるから、問題ないよ」
その会話を聞いた皆が、顔を見合わせる。
潜水の術とは、文字通り水に潜る技だ。暁の館では、十三歳組の頃から行っている修練の一つだった。
訓練の内容は、全身をアウラの結界で守り小さな空気袋一つを持って、水深十マールの湖底に沈む、というごく単純なものだ。
ただし、潜水時間は丸一日。
むろん、誰にでもすぐに出来るような技ではない。空気袋など気休めに過ぎず、高度な集中の持続とアウラによる極限の肉体制御によって、意識と体力を保ち続けなければならない。
訓練の初期段階においては、潜水時間はせいぜい五小時程度だ。
だがこれは、訓練を手加減してもらっているわけではない。つまり、初心者はその程度で気力が尽き、溺れてしまうのだ。
もちろん、傍にはスカラーツ先生が待機していて力尽きた者をすぐに助け上げるので、命の危険はない。ただし先生は、その者が本当に力を使い果たすまでは決して手を出そうとはしなかった。
上達すれば長く潜ってはいられるが、最後に溺れて終了となる点では、初心者と何も変わらない。訓練のたびに毎回、溺死寸前の苦しみを味わなければならないのだ。
しかも、ただじっと耐えていれば良いというわけではない。
修了試験は、丸一日潜った後、最後に水中で魚を一匹捕まえれば合格という過酷さだ。
この訓練を修了するには通常で約一年、ラルコでさえ半年以上を要した、修練の中でも指折りの地獄の苦行だった。
あの技が必要になる。
皆は、これから身に降りかかるであろう災難を想像して、顔をひきつらせた。
集落はさほど大きなものではなく、大勢の人が住んでいるようには感じられなかった。
離れた場所から物珍しげにこちらを見ていた数人の男女と、軽く挨拶を交わしたのみだ。そしてそのいずれもが、ネャーフやジャシャと同じ浅黒い肌色をしていた。
ネャーフは、無言のまま集落を通り抜けて、森の中へと進んで行った。
その後にスカラーツ先生、そしてダカルを先頭にラルコ達が続く。
「なあ、俺達これからどうなんの?」
「し、知らないわよ」
沈黙に耐えかねたように訊ねてきたティグラに、シーニャもうわずった声で返した。
他の者達は押し黙り、あるいは深いため息をもらす。これまで先生から受けてきた散々な仕打ちの数々を思い返しているのだろう。
その中でただひとり、ラルコはネャーフの意識と周囲の気配を読みながら、この先に何があるのかを探ろうとしていた。
ネャーフの素性はすぐに知れた。そして、待ち受けるものの正体も。
ラルコはその答えに少なからぬ衝撃を受けたが、それを表情には出さぬよう注意しながら、前を歩くネャーフに話しかけた。
仲間達の不安を、少しでも取り除いてあげるために。
「ハダイさん達は、どちらの国の方なんですか?」
「ヴァイザルだよ」
答えたのは、ジャシャだ。
「ヴァイザル?!」
「へえー」
「やっぱり」
後ろで聞き耳を立てていた皆が声を上げる。
ヴァイザル王国は、ブルメリアのはるか西方、タイガの森の彼方にある小国だ。
大陸のほぼ中央に位置し、国土のほとんどが山岳地帯となっている。
人口は約三百万。主な産業は酪農と鉱山だ。
ラルコ達が実際に会うのは初めてだが、座学や書籍などによって、大陸央部に暮らす民についての知識はあったので、彼らの風貌からある程度の予想はしていた。
「皆さんは、どうしてブルメリアに?」
続けてダカルが訊ねる。これも、もっともな疑問だった。
ヴァイザルとブルメリアの両国は国境を接しておらず、往来にはいくつもの国々を経由しなければならないため、直接の国交はなかったはずだ。
なのに、彼らは小規模とはいえこんな集落まで作って住み着いている。しかもこの場所はただの森ではない、聖王宮の支配地の中なのだ。
こんな所に隠れ住むように暮らしている、その理由とは。
「ほら、着いたぞ」
質問に答える替わりに、ネャーフは前方を指差した。
そこには、背の高い木の柵と大きな門が見えた。ジャシャが駆けて行き、先に門を開く。
「さあさあ皆さん、どうぞどうぞ入って入って」
門を抜けると、そこは予想通りの草地。だが思ったほどの広さはなく、牧場というには手狭、暁の館の裏庭とかわらないくらいに感じた。
奥の方には数頭の獣がうずくまっており、その間を大勢の子供達が行き来して、水桶を運んだり、自分の背丈の倍ほどもある高帚で獣の身体をこすったりしている。
「ん? あの獣は……、っ!」
ダカルが獣を見て訝しげに声をもらそうとし、その直後に言葉を飲みこんだ。
初めは、河王牛かと思った。ただの牛にしては大きすぎると思ったからだ。
河王牛の成獣は小さな象ほどもある体格を持ち、身を伏せても胴の厚みだけで人間の背丈を越える高さがある。子供なら、高帚を伸ばしてやっと背中に届くくらいだ。
だがダカルは、すぐに勘違いに気付いた。獣の周りに群がっているのは子供などではなく、すべて大人だった。
とすると、あの獣の大きさは。
「まさか……」




