令嬢、許可と命令を受ける
「ワイコちゃん♪迎えに来たわよ」
シルビアが王国竜騎士団の竜舎へ行くと、ワイコは騎士団のワイバーンに傅かれるようにして堂々としていた。
「うふふ。ワイコちゃんたらモテモテね。…飼い主と違って…」
フっとシルビアの目のハイライトが消える。何かが心の中の闇を刺激したらしい。
気が付けば、ワイコ以外のワイバーンが腹を上にしてひっくり返っている。
ワイコも何故かぶるぶる震えているようだ。
それをハイライトの消えた目で見回すシルビア、本人は自分の変化に気が付かないらしい。
「いいのよいいの。困ったらきっと多分デュランがもらってくれるわ。プロポーズらしき事も言っていたし」
シルビアよ。たった一回、匂わされただけの事をいつまで引っ張る?
彼が本気だったとしたら、もう行動に移されているだろうに。
「それに…世の中には「婚約破棄されても健気に冒険者ランクあげちゃった♪」って言う令嬢が好きっていう人もきっといるわ…多分」
徐々にハイライトが戻っていくに従ってワイバーン達も落ち着いてくる。
「どうしたお前達、腹なんか見せて」
竜騎士団の騎士が二人、白い歯を見せながらシルビアの方にやってきた。
ワイバーンのその恰好は究極の服従ポーズであるが、竜騎士団の二人は知らなかったらしい。
一緒にいた職員は気が付いたようで少しだけ驚いていたようだった。
「ごきげんよう。ファーミア侯爵の長女シルビアですわ。よろしく」
「ああ、新しく入ったワイバーンの」
「ワイコは当家のペットですわよ?」
「「ペットぉ?」」
騎士の二人が揃って声をあげた。
王国広しと言えども、ワイバーンをペットとして飼っている人は少ないのだろうか?
乗ってよし、愛でてよし、モフモフは出来ないけど夏はその表皮がひんやりして気持ち良さそうで重宝しそうなのに。
「王国からの許可が出ていますからね。はい、これが健康診断書。問題はありませんでした。そして、こちらが王家からの命令書です。この事はファーミア侯爵も承知の事」
「ふぅん?」
「乗り方を指導するようにオレ達も言われているんだが」
「そうですの?」
「バーナードと言う」
「フランソワです」
「飼育指導員兼研究員のエッヘです。僕も侯爵家への出向となりますので宜しくお願いします」
飼育員と二人の騎士も挨拶をしてくれたので、シルビアも淑女の礼をとる。
「シルビア・ファーミアですわ」
「あぁ。ファーミア侯爵の」
二人ともちょっと緊張してしまったようだ。顔が赤い。
家の名前を名乗っていない事から言って、平民出身なのかもしれない。
「宜しくお願いします」
シルビアはなるべく、彼らには緊張させないように気さくに接しようと決めた。
「私はここで、研修を受けるという事でいいのかしら?」
「いや、逆です。俺達がファーミア領軍への出向という形になりますので、シルビア様が宜しければ、このまま侯爵領へ出発することになりますが」
シルビアはため息をついた。ワイコと一人と一頭の気ままな空の旅のつもりでいたから台無しだ。
「…宜しくお願いしますわ」
「こちらは王国からです」
「まずは、これの取りつけ方から学びましょうか」
王国からは立派なワイバーン用の鞍を贈られたようだった。シルビアは魔法で、ワイバーンの背より落ちないように工夫していたが。
こういった小物は、やはり、竜騎士を配する王国騎士団の方が充実しているようだ。
「じゃ、さっさと準備して出かけましょう?」
シルビアは勝手が出来る侯爵領に早く帰りたかった。
「えっと、乗り手の方は?それに侍女とか供の人は?」
二人の騎士は、シルビアの連れがいないのに気が付いて、聞いた。
貴族家の令嬢ならば、供の者や使用人をぞろぞろと連れていても不思議ではないのに、彼女はたった一人で竜舎に現れたのだ。
「乗り手は私。従者とかそんなの連れていないわ。第一怖がるもの」
たしかに一般人がワイバーンと触れ合える機会はない。だから怖がるのはわかるのだが。
「…ここまではどなたと?」
「従僕が付いてましたけど、もう帰らせたわ」
例の攻略対象者だった元従僕が見張りをするようにくっ付いて来ていたが、うまく言いくるめて先に領地に帰していた。
元主従という立場で口五月蠅かったからだがそれは黙っておく。
竜騎士二人は、貴族令嬢が本当に一人でワイバーンに乗って領地に戻るつもりだったのだと知って何とも言えない顔をした。
「えっと、オレ達も仕事なので…」
「規則なので、一応オレ達の言う事を聞いてもらわなければなりませんが…」
「わかったわ」
このワイバーンの乗り手が本当に目の前の貴族令嬢なのだと知って、ちょっと引き気味のようである。
「ええっと、多分快適とは言えない旅になるかもしれないですが…」
「来る時も経験してますし平気ですよ?」
「失礼のないようにしますが、何かあればすぐに教えてください」
顔に出ないように注意しているようだが、面倒だと考えていそうな内心が透けて見えてシルビアは肩を竦めた。
シルビアだって、いくら礼節正しい高潔な騎士様が相手と言えども初対面の男性とひとつワイバーンの背の上、一緒の旅とは緊張して気が進まないのが本心だ。
王国には悪いけれど、本当に余計な計らいをと思わないでもない。
(騎士様は兎も角、飼育指導員さんの派遣は、まぁ助かるかも)
シルビアとてワイバーンを飼うのは初めてなのだ。
ワイコが急病になったりした時に知識がないのは困る。
(領地につくまでの我慢として、問題は王家からの命令とか言うのコレよね)
シルビアは、さらっと命令書を斜め読みした。
(王都を守る竜騎士団に物資の運搬をしろとは言えないからかしらね)
ワイコを使っての、鉱山から出る特別な魔石の運搬を命じる内容だった。
(魔物討伐隊に使う分の予算稼ぎね。たしかに陸路より安心で早いもの)
陸路では盗賊や魔物の被害、それに日数的な負担がかかるのだろう。
鉱山から出る魔石の全部を運べという訳ではないようだし、どうせ暇なのだ、受けてやろうじゃないかと
シルビアは思った。
ワイコを飼う為の許可手続きの対価としてはお安いのではないだろうか?
自分の持っているダンジョンコアを対価にしても良い気でいたから、むしろ何だか儲けた気分だ。
そう考えるとまんざら悪い話ではない事に気が付いてシルビアの機嫌は上昇するのであった。




