愚かな二人
「キャー」
女性の悲鳴があがる。
見れば、会場中央に飾られた生花のオブジェが誰かに押され、倒れかかってる。
シルビアも後ろから近付いてきた正体不明の男を後ろ蹴りで気絶させた。
顔を隠した何者かが、パーティ会場に乱入、淑女のドレスを風魔法で巻き上げようとしたり会場の設備を壊そうと何かを投げかけた。
「コータ!お願い!」
シルビアの叫びに、従僕のフリをして会場隅で警戒をしていたコータ達が不埒者の確保に入る。
しかし、確保を逃れた何人かが、会場すみの飲食物が置かれたテーブルまでたどり着き、上に乗っているものをひっくり返す。
ガチャガチャガチャーンという音と共に上に置かれたものが下に落ちぐちゃぐちゃに。
「落ち着いて、落ち着いてください」
「実行委員」達が動揺する卒業生達を宥めにまわる。
そんな中、実行委員長であるダニエラは必死に花のオブジェを押さえていた。
そこへ気が付いた他の実行委員がわらわらと走り寄り、オブジェを正常な位置に置き直す。
何という失態。この日のためにあらゆる準備をし、警備も気を付けていたのに。
備えていたのに本番で!!
唇を噛んで蒼白になっているダニエラに同じ実行委員のイザベラが叱咤の声をかける。
「しっかりしなさい!貴女が長なのよ!貴女が指示して騒ぎを治めなきゃ、誰がするの??」
イザベラは子飼いの貴族令息に命じ、急いで落ちた物を始末するようにメイドをせかす。
ダニエラの元にたどり着く前にそこまで指示し終えていた。
「落ちた物の始末は…」
「もう命じてあるわ。ダニエラ」
「割れたグラス類で怪我をしないように、場所を囲って」
「わかったわ。クラウス、そうしなさい」
「は」
「この空気を何とか変えなきゃ」
見れば、不埒者達は警備の実行委員と貴族の護衛について来た者達で何とか確保、無力化に成功したようだ。
会場を見渡せばざわざわとする卒業生達と教員達。学園長などは王族と歓談中の来賓席で腰を浮かせている。
「サナエルさん。ダンスの時間を早めるわ」
「はい。楽団に合図してきます」
「誰か怪我をした人がいないか聞いてきて。いたら手当を」
「了解しました」
実行委員の一人が、拡声魔法の魔道具を持ってきた。
「ダニエラさん、アナウンスをお願いします」
「わかったわ」
サナエルの合図で隣のダンスフロアとの仕切りの布が巻き上げられ、楽団が音を奏ではじめる。
「先程の騒ぎで驚かれた方もいらっしゃるかと思いますが、どうぞご安心ください。ただいま実行委員で対応しておりますのでご心配には及びません。料理も追加でご用意しております。その間どうぞよろしければダンスをお楽しみになってお待ちください」
「こういう時は我々が率先して踊るべきだな」
兄であるベルエールに手をとられ、シルビアはダンスフロアに出ていく。
カルラとロッテもそのパートナーである夫達と一緒に続いてくれた。
そうすれば、空気を読んだ貴族達も、おそるおそるといった平民出身の卒業生も皆続いてフロアに出て来る。
イザベラは満足気にその様子を見ると学園長に報告をあげに行った。
「ちょっとした事故はありましたが、態勢は万全です。すぐに対応されていて問題はないですありませんわ」
「ダニエラ君はうまくやっているようだね」
「はい。素晴らしいリーダーですわ」
「君も身分差に囚われずによく補佐をしてくれているようだね」
「お褒めをいただきまして、光栄ですわ」
「うむ、よきかな。よきかな」
その会話を聞きながら、身をすくませる者達がいた。
今年、卒業を決めなければ、この仕事が自分達の仕事だった者達である。
いや、それは後付けの理由だったか。
聖龍祭のやらかしで、生徒会幹部の地位を追われた二人である。
「あの、今フロアに出てきた令嬢は…」
「あの青いドレスの、多分エスコートされているのはファーミア侯爵子息のベルエール殿だと思うのだが」
イザベラにおそるおそる問いかける。
「そうですわ。ファーミア侯爵家令嬢のシルビア様ですわ、多分。雰囲気が変わって見えましたけれど」
それだけ答えるとイザベラはツンとして実行委員の仕事に戻っていってしまう。
マリアベルを聖乙女にねじ込んできた件で、まだ二人を許せないらしい。
「謝意を伝えなければ…」
「いけません。殿下」
学園長に止められ、二人は浮かせかけた腰を再び落とした。
「この上、まだ権威を貶める気ですかな」
「それは…」
言われている意味は重々わかっている。だが、それよりもシルビアの無事な姿を近くで見たかったのだが。
卒業式でシルビアの姿を見つけた時は驚愕した。
前はぬけるような白い肌の冴え冴えとしたキツ目の少女だったのが、すっかり大人めいて美しくなっていた。肌や髪は艶々と輝き、唇は赤く艶やかだった。顔つきが穏やかになり弾けるような健康さに目を奪われた。
何とか視線を合わそうと試みたが、顔を伏せたままでこちらを見ようともせず、彼女の兄のベルエールに睨まれただけだった。
「…イザベラ…」
レーベルはレーベルでイザベラにパートナー打診を断られたショックからまだ立ち直っていないらしい。
レーベルの中ではイザベラは彼に恋をしていて聖乙女の一件で怒ったのは、マリアベルに嫉妬してとの事になっていたらしい。
それがまるで歯牙にもかけられていないと知って大層落ち込んでいた。
そう、二人にはパートナーであるエスコート相手がいなかった。
そのため、貴賓席のような場所へ押し込まれているようなものだが。
会場を見れば、リア充の卒業生仲間が、キャッキャウフフといった風に浮ついている。(ように見えていた)
あのやらかし事件から「問題の人」として遠巻きにされている二人は親戚関係の女性からも避けられていた。
格下の爵位の者からも遠回しに断られる始末。普通は断ったりしない。断れない関係のはずなのだが。
「急病になった」という令嬢の数の何と多い事か。身に覚えがありすぎる二人にはそれを不敬と問う事さえ憚られた。
(身分を笠に着て好き勝手をするなと言われるからな。それにわたしについては廃嫡されるという噂でもちきりのようだ)
魔王討伐のための軍部に押し込まれる事が決まっているのだ。そう思われても違うとは言い切れない。
(父上にも「親子の情より国の安定だ」と諭されたしな)
軍部は実力主義だ。入った以上「王族」は免罪符にならないと聞いた。
卒業生の中でも今年は軍部へ徴用される者の数は多い。
王国は非常事態に入っているのだ。
明日をも知れぬかもしれない戦いに赴く身から言えば、待っている者がいない身は気楽かもしれぬが寂しい。
何故、友人達の口車に乗って、よく確かめもせずに婚約者を責めてしまったのだろう。
どうしてそんな事をしてもまだ自分が好かれているのだと根拠のない自信に浸っていられたのか。
今さらながら先人の格言が身にささる。
後悔先に立たず
初々しくも恥らいつつカップルが手を繋いでこっそりとテラスに出ていく様を睨みつけても空しい。
自分達には「待っていてくれるか」と問いかける相手もいない。
一度はその手に捕えていた宝物を自ら手放してしまったのだ。
救いようのない馬鹿がここに二人いた。
※主人公達は繰り上げ卒業していますので、卒業生仲間は一年前に入学した人達が多いです。
単位制なので、卒業生全体の入学年度が一緒ではない事が多いという設定です。
シルビアに対する周囲の扱いがそういう訳で同時期に入学した人達よりもちょっと薄いです。




