帰国して
帰国して数日後、エドウィンは従兄弟のウィリアムに夜会に誘われた。
互い、いい大人になったというのに、彼も自分もまだパートナーは伴って居なかった。
隣国に居る間は忙しくて連れ合いを探すような暇はなく、従兄弟はまだ女達の間を渡り歩く生活をやめるつもりはないらしい。
留学前と変わらぬ流れでパーティーに赴いたが、時の流れはウィルと同等となった目線で知れた。
留学前に比べ、上背ある従兄弟にすっかり背丈が追いついていたのだ。
少年らしさを残していた体躯もこの五年ですっかり大人の男として出来上がり、背の高さは若干ウィルには勝てていないものの、筋肉の付き方はエドの方が勝っていた。
それもこれも留学先であるラジャタール共和国が、小国同士がひとつとなって出来上がった為に今だ内乱が頻発し、武力政治によって栄えていたからだった。平たく言えば、男は腕っ節が強くないと一人前として認められないお国柄なのである。それは隣国から来た商人に対しても同等だった。
留学したその日からエドはラジャタール流の剣技を学んだ。また、気候も自国より気温が高く、慣れるまでには時間が掛かり、体力づくりが必要だった。
もともと才能があったのか、そう時間を掛けずにエドは並みの冒険者(古代遺跡に残る遺産を探す流れ者たち)相手ならば引けを劣らぬ程度の武術を身に付けたのである。
どちらかといえば可愛らしい顔立ちで社交界の女たちを虜にしていたエドウィンが、商才と武才を兼ね備えた美丈夫となって帰ってきたのである。
エドがパーティーに赴けば、あっという間に女達に囲まれてしまった。
知った顔は多く、五年前は独り身だった者も多くは伴侶を連れていたが、結婚しても恋の相手を探すのが社交界の女たちである。女達のあからさまな色目を軽く受け流しながら、エドは嫌な顔ひとつせずひとりひとりと挨拶を交わした。
しかし、その中に自分が求めるただ唯一の人がいないことに密かに落胆する。
初恋の疼きは、心の奥底に残っていた。
あの夜会での出来事は、彼の中に苦さと鮮烈な光を浴びて焦げ付いた影のように染み付いたままだった。
アマンダ=アディソン――あの夜の失態を挽回しようと決意した翌日に父から留学を命じられた。それから一度も会うことは叶わず、五年もの月日が経ってしまった。
五年という年月は長い。
彼女はもうとっくに結婚してしまっているだろう。
それでも、大人になった彼女をひとめ見てみたかった。
彼女がいま、どうしているのか。
相変らずの気軽さで女達の間を泳いでいる従兄弟に聞けば早いかもしれない。
そうは言っても数年前のことをいまだ引きずっているのかと知られるのも、なんだか気恥ずかしく、挨拶を交わしながらもあの薄蒼色の瞳を捜していれば、その様子を見ていた従兄弟い誰を探しているのかを言い当てられてしまった。
まったく、この従兄弟には敵わない。
降参して素直に彼女がいまどうしているのかの情報を請えば、従兄弟から思わぬ言葉が返ってきたのでエドは驚いた。
「――え? まだ結婚していない?」
「ああ、アマンダ嬢はまだ独身さ。それも夜会に出てこなくなって数年は経つな」
「何か理由があるのか? 家になにかあったか、もしくは病気か――」
自らした嫌な想像に、エドは背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。
俄かに顔をこわばらせるエドに対し、ウィルは肩を竦めながら苦笑で返す。
「いいや、何も問題もなさそうだが。数年前までは彼女のご両親も彼女の嫁ぎ先を探していたようだし」
「結婚を申し込む者はいなかったのか?」
貴族社会における彼女の年齢を考えると少し嫁き遅れ気味だが、それでも彼女のような人を男達が放っておくとは考えられない。
「高嶺の花となり過ぎてしまったんだな」
「どういうことだ?」
高嶺の花であったのは五年前も同じだったはず。
「彼女の家は貧窮しているわけではないから金では釣れない。だからといって系譜を辿れば王族に繋がるお家柄、高い身分でも釣れない。社交界でのアマンダ嬢の態度を見るに、恋を楽しむタイプでもなさそうだから、見目が良いからといって頷くとも思えない」
「だが、誠意を持って結婚を申し込めば、彼女だってほだされるかもしれない」
「お前は五年前の事を覚えてないのか?」
呆れたような声音で従兄弟に切り返されて、エドは苦味を耐えるように奥歯を噛み締めた。自分が笑いかければたいていの女子ははにかむような笑顔を零すのに対して、アマンダは曖昧な笑みしか返さなかった。まったくこちらに興味を持っていないのが手に取るように分かった。
「口説けど口説けどほだされる様子がないから男達の方が挫けてしまう。ひとつの壁を越えれば彼女はこちらに興味を向けてくれるかもしれないが、その壁は高く強靭だ。彼女の見た目に興味を持って近付く男は数居れど、心の底から惚れて彼女を欲して結婚を申し込むような男は、今のところ現れていない」
だから彼女はいまだ独り身だと締めくくられ、すっかり彼女は誰かのものになっていたと思い込んでいただけにその衝撃はすさまじかった。
かつて恋をした。
その恋の炎は残り火となって心の奥底にあり、ふいに燃え上がりじりじりと焦がして痛みを与えた。
長い間、遠い国に渡っていた間も、心に甘い痛みを与え続けてきた人――あのアマンダが、まだ独り身。
従兄弟から与えられた情報がゆっくりと脳内を染み渡り、ぼんやりとしていた輪郭をはっきりとさせ、その正体を現した。
衝撃から立ち直った様子の従兄弟を見て、ウィルがにやりと笑う。
「エド、どうするんだ?」
その問い掛けに、エドも不敵な笑いで返した。
「――もちろん、すぐにでも結婚を申し込みにいく」
恋の残り火は簡単に煽られ、炎となって燃え上がったのである。