学園祭準備
大学は学園祭の準備で賑わっていた。僕たちのサークルは自分たちの描いた絵を展示することが決まった。そして今、細かな仕事の役割分担を決める。
「ポスター制作チームを決めよう。誰かやりたい人いる?ポスティング作業とか大変なこともあるけれど、楽しいぞー!」
そう、だいご先輩が呼びかけると、僕は手を挙げて発言した。
「僕やりたいです。それとポスター制作チームに所属する二年生はえみ先輩を推薦します」
「え!?えみは無理だろ。えみは体力が無いからポスティング作業は無理だ」
「えみ先輩ならできます。それに、えみ先輩もポスター制作チームをやりたいと言っていました」
嘘だ。今、僕がえみ先輩はポスター制作チームが適任であると判断した。確かに、ポスティング作業は体力仕事でえみ先輩には不向きに思える。けれど、えみ先輩はか弱くないと証明するためにもポスティング作業はうってつけだ。それに
「てんかんは体力がなくなるわけではありません。現にえみ先輩はサークルを二年間続ける体力もありました。それなら、やりたいことをやらせた方が、サークルの雰囲気も良くなると思います」
だいご先輩は口を開きかけて閉じた。それを見たえみ先輩は
「絶対に迷惑かけません!」
力強いえみ先輩の声にだいご先輩は目を見開く。すぐに真剣な顔つきに戻ると
「分かった。無理するなよ」
えみ先輩は笑顔で答えた。
「はい!」
「まず、チラシのレイアウトを決めます」
僕とえみ先輩を含めて、ポスター制作チームは5人。僕たちは思い思いに話し合った。
「やっぱり、一番上には『何をやっているか』を描いた方が良いよな」
「その下にサークル名を描くのはどう?」
「それよりも、『イラストサークルが贈るイラスト展示会』とか、かっこよく言いまわすのがいいんじゃないか?」
えみ先輩も積極的に発言していった。
「それ、いいね!じゃあ、ポスターもかっこよく、金と紺を基調としよう!」
「では、文字自体は金、文字の縁は紺にしましょうか」
僕もえみ先輩に続く。そんなこんなで、ポスターが完成していった。
「じゃあ、次はポスティングしようか」
「「「「おー!」」」」
ポスティングは発作の恐れがあるえみ先輩以外は1人でポスティングすることになったのだが、一番てんかんに詳しいということで、僕がえみ先輩とペアになった。健康管理もしたかった僕には好都合だ。
「改めてよろしくね。かける君」
「よろしくお願いします」
僕も軽く答えると続けた。
「休憩は30分毎に取りましょう。重い束は僕が持ちますので、えみ先輩はなるべく体力を温存してください」
「分かった」
「さあ、行きましょう。ポスティングのターゲットは、SNSを使っていない、小さい子や高齢の方にしましょう」
「事前に去年、取っておいたアンケートから、年齢が分かるもんね」
「はい。僕は手が塞がっているので、えみ先輩に道案内をお願いします」
「任せて!えーっと、まずは清水さんの家から…」
そうして、僕たちはポスティングを始めていった。ポスティングをしては休憩をする。これは鉄則だ。心身が疲れていると、発作の確立が上がる。僕たちは休憩の度に雑談をしていた。それを2週間繰り返した僕たちは、学園祭前日を迎える。
「今日でポスティングも最後だね」
「はい。よく今まで耐えましたね。最後の学園祭まで気を抜かずに行きましょう」
「分かりました。先生」
えみ先輩は冗談ぽく笑うと、次のポスティングエリアまで歩いていく。この調子なら今日も大丈夫そうだと安堵する。
「えみ先輩、30分経ちました。休憩しましょう」
「うん。分かった」
えみ先輩は笑顔で返事をすると、何かに気付いたような顔をする。えみ先輩の視線は、僕の背後に向けられていた。振り返ると、地面にうずくまりながらすすり泣いている女の子が居た。えみ先輩は女の子にそっと近づくと
「大丈夫だよ」
と背中をさすった。女の子が落ち着くまで、何度も『大丈夫』『怖くないよ』『お姉ちゃんが居るからね』と声を掛け続けた。普通なら、『お母さんはどこ?』と声を掛けるだろう。けれど、えみ先輩は数少ない言葉だけで、人の心を救うのだ。女の子がやっと泣き止むと、えみ先輩は問いかける。
「どうしたの?」
「ママとはぐれちゃったの」
「そっか。ママとはどこではぐれたの?」
「公園」
「じゃあ、お姉ちゃんが公園まで送ってあげる」
「ちょっと待ってください。えみ先輩は休憩をしていません。僕が送ります」
僕が女の子に近づこうとすると
「やだ!お姉ちゃんが良い!」
と再び女の子が泣き出す。困った。子供の相手なんてどうすればよいか分からない。
「大丈夫だよ。私も一緒に行く」
「無理したら倒れます。明日は大事な学園祭ですよ?」
「私もここまで頑張ったんだから、学園祭には出たい。けれど、この子の事も助けてあげたいの」
「この子の事は僕が助けます。えみ先輩はここで休んでいてください」
「助けるって心の事だよ。子供って安心できる人と一緒に居ると、心が助かるの。お願い、かける君」
「それは、一理あるかもしれませんが…」
まいった、次の言葉が出てこない。僕はえみ先輩のお願いに弱いのかもしれない。
「分かりました」
僕はあからさまにため息を付く。えみ先輩に対してではなく、合理性の為なら感情を無視する覚悟が無い僕に向けて。
「ありがとう」
とえみ先輩は言う。それだけで、僕は不甲斐ない僕を忘れられる。こんな決断も良いかと思える。えみ先輩は女の子と手をつなぐと、歩き出した。えみ先輩は、女の子の好きな事、苦手な食べ物、幼稚園での生活、家族との過ごし方、たくさん女の子に話しかけ、女の子も答えていく。着実に公園に近づく一方で、えみ先輩の息も比例して上がっていく。
僕がいくら
「休憩しましょう」
と言っても、えみ先輩は
「早くお母さんを見つけてあげたいの」
と言った。
えみ先輩の無理する癖はどこから来たのか、無理をして良い結果になる事があるのか、僕は考えていた。考えた結果、僕も無理をした先輩に助けられたことがあると、痛感させられた。だって、発作直後に無理して言った『ありがとう』に救われたのは、紛れもない僕なのだから。そう考えている内に僕たちは公園に着いた。
「ママ居る?」
「うーん。居た!」
女の子がえみ先輩の手を放して、ママに駆け寄っていく。
「良かったね」
とえみ先輩が呟く。そうすると、えみ先輩に気付いた女の子のママは、お礼を言うと立ち去ってしまった。欲をいうなら、こんなに息を荒げているえみ先輩を気遣ってほしかったが、仕方ない。
「少し休みましょう。飲み物は持っていますか?」
「あ…空になっちゃったみたい」
「分かりました。そこで買っていきます」
僕はスポーツドリングを持って、ベンチに戻ると、えみ先輩は痙攣していた。すぐさま、僕は時間を測る。1分、2分、3分…5分、まずい…5分経過した。僕はすぐさま救急車を要請した。救急車が到着した。だが、今回は乗らなかった。僕には皆への説明責任がある。




