48.
【☆★おしらせ★☆】
あとがきに、
とても大切なお知らせが書いてあります。
最後まで読んでくださると嬉しいです。
休日くらい、誰にも邪魔されずに自作の最高傑作である『雲布団』でぐーたらしたい。
それが、ここ最近の激務と姑の襲来によって疲労困憊のリリアナが抱く、唯一にして最大の切実な願いだった。
しかし、そのささやかな願いは、すぐ横から鼓膜を突き破る勢いで響き渡る甲高い声によって、無惨にも打ち砕かれていたのである。
「ああもう、信じられませんわ! 公爵家の嫁たるもの、休日の過ごし方も雅でなければいけません! そのように昼日中から布団で丸くなるなど、貴族社会への反逆も同義! 言語道断です!」
「…………」
「聞いておりますの!? お茶会の作法、領地の歴史、刺繍の技術! あなたが学ぶべきことは山のようにありますのに、そのような自堕落な姿を……ああ、わたくしの教育係としての血が騒ぎますわ!」
バサッ、バサッ!
エレオノーラが真っ赤な扇子を激しく揺らしながら、まるで機関銃のように延々と小言を並べ立てている。
リリアナは心底うんざりして、ふかふかの布団に顔を深く埋め、ぷくっと頬を膨らませた。
(うるさい……。さすがにもう早く帰ってほしい……。なんで休みの日にまで、こんな説教を聞かされなきゃいけないのよ……)
もはやお経のように響く姑の説教をBGMにしながら、リリアナは死んだ魚のような目で虚空を見つめていた。
だが、ふと顔を上げた彼女は、ある違和感に気がついた。
エレオノーラの説教のテンポが、先ほどから妙にずれているのだ。
口では厳しい言葉を並べているものの、その視線が、リリアナではなく別の場所をチラチラと向いているのである。
(……ん?)
リリアナは布団からわずかに顔を出し、姑の視線を追った。
その視線の先。
日当たりの良いポカポカとした窓辺で、ポチが気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。
太陽の柔らかな光を反射してキラキラと輝く、美しく豊かな銀色の毛並み。
引き締まった筋肉を包み込む、極上のモフモフ。
エレオノーラは、そのフェンリルのしなやかな体を食い入るように見つめていた。
扇子を持つ手が小刻みに震え、無意識のうちに空いている方の手の指先を、わきわきと怪しく動かしているではないか。
(ははん。なるほど、そういうことか。お義母様、意外とチョロいところがあるじゃない)
リリアナの目に、いたずらっ子のような光が宿る。
彼女はゆっくりと雲布団から這い出すと、ニヤリと口角を上げて指摘した。
「お義母様。さてはポチを、思う存分もふもふしたいのですね?」
「ちちちち、違いますっ! 何を馬鹿なことを!」
図星を突かれたエレオノーラは、顔を茹でダコのように真っ赤にして激しく動揺した。
パシッと音を立てて扇子を取り落としそうになりながら、ガタガタと震える手で必死に言い訳を並べ立てる。
「わ、わたくしはただ、希少な魔獣の生態を学術的な観点から観察していただけで……! 決して、そのフワフワな毛に顔を埋めたいなどと、そのようなはしたない欲求を抱いたわけでは……!」
「ふーん。別に素直になってもいいんですよ? もふってもいいわよね、ポチ?」
「ワフン(もちろん姐さん。レディの望みとあらば)」
リリアナの問いかけに、ポチはダンディなイケボ(犬だが)で低く頷いた。
彼はのっそりと立ち上がると、エレオノーラの目の前まで優雅な足取りで歩いていく。
そして、ごろんっ、と。
重厚な音を立てて仰向けになり、もっとも柔らかく温かい、無防備な腹部のモフモフを惜しげもなくさらけ出したのだ。
まるで「さあ、俺の胸に飛び込んでおいで」とでも言わんばかりの、見事なファンサービスである。
「ひゃうっ……!」
エレオノーラの口から、誇り高き貴婦人らしからぬ、ひどく間の抜けた変な声が漏れた。
彼女の目はすでに、ポチの腹部の毛並みに釘付けになっている。
呼吸が荒くなり、今にも飛びつきそうな勢いだ。
だが、リリアナの追撃はこれで終わらない。
さらにダメ押しとばかりに、彼女は指先に莫大な魔力をギュッと込めた。
「えいっ」
空中にさらさらと、蒼く輝く『雲』の漢字を描き出す。
それは空気を震わせながら、ポチの銀色の毛並みへと真っ直ぐに吸い込まれていった。
ポォンッ!
コミカルで軽快な破裂音と共に、ポチの毛並みが爆発的に膨れ上がった。
付与魔法の力により、ただでさえ極上の毛並みが、まるで本物の雲布団のように、信じられないほどの柔らかさとボリュームへと劇的な変化を遂げたのだ。
部屋の中に、ふんわりとした温かい空気が広がる。
日向のようないい匂いが、エレオノーラの鼻腔をくすぐった。
「さあ、どうぞ。思う存分、堪能してくださいな」
リリアナは目を輝かせ、悪魔のような、それでいて天使のような微笑みを浮かべた。
目の前に広がる、暴力的なまでの圧倒的モフモフの誘惑。
ぷるぷると震えていたエレオノーラの理性は、ついに音を立てて崩壊した。
「あ、あああ……もう、どうにでもなりなさいっ!」
ついにエレオノーラは、公爵夫人としての長年の矜持を盛大に投げ捨てた。
彼女は両腕を大きく広げ、ポチの豊満な腹部へと豪快にダイブしたのである。
ボフゥンッ!
「ふぉおおお……なんていう、ふわふわなの……! 天国ですわぁ……!」
エレオノーラはポチの雲のような毛並みに顔を深く埋め、完全に骨抜きになっていた。
頬をすりすりと擦りつけ、手足をバタバタと動かしながら、だらしなく相好を崩して身悶えしている。
もはや、そこに恐ろしい姑の姿はない。
ただモフモフの奴隷と化した、一人の幸せな女性がいるだけだった。
そのあまりにも劇的な陥落劇に、部屋の隅で暗殺の機会を窺っていたルナが、ポカーンと口を開けてミスリル包丁を取り落とした。
「……信じられない。あの姑ババアが、ただの犬ころ一匹で陥落するなんて……」
「ワフ、ワフン(フッ、大人の魅力というやつさ)」
ポチはエレオノーラに激しくもふられながら、ルナに向かって前足で器用にサムズアップを決めてみせた。
「よし、これでようやく静かになったわね」
リリアナはガッツポーズを作り、満足げに深く頷いた。
厄介な姑の相手を、ダンディで包容力のある魔獣に丸投げすることに見事成功したのだ。
彼女は大きく伸びをすると、再び愛しの雲布団へと潜り込む。
今度こそ、誰にも邪魔されることのない、平和で至福のぐーたらタイムを心ゆくまで満喫するのだった。
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