他にいいよう、なかったの?
「…信じられません。本当に、ソータ様がこれを?」
急を受けて駆け付けたレティは、新たに設えられた医療テントで、横たわる男性を診察して驚きの声を上げた。
「『穢れ』が完全に祓われています。相当熟練した司祭か、高位の小聖女でもなければ、ここまで完全に祓うことは困難です。しかも……この方は魔物化しかけていたのでしょう?」
「ああ。ほぼ魔物化していた。俺では『穢れ』を出させないようにするだけで手一杯で……もう少しでエリアルドが介入するところだった」
少し離れたベッドに腰を下ろし、腕の傷の治療を受けながらアルが答え、壁際でエリアルドも重々しく頷いた。
「勇者様が浄化を行ってくださらなかったら……私はあの子の前で父親の首を刎ねていたでしょう」
『穢れ』により魔に取り込まれた者は、魔物と化す時、あたりに『穢れ』をまき散らす。
『穢れ』に浸食されて隠れ潜んでいた者が、一度は沈静化したと思われた場所で魔物化し、二次被害を起こすことも珍しくはないのだ。それを防ぐには、完全に魔物となる前に対象者の命を絶つしかない。むしろそれは慈悲の行為とされてはいるのだが。
「勇者様には、感謝のしようもありません」
まだ意識の戻らない男性のベッドの横に座り、手を握る子供を見やって、エリアルドは深く息をついた。
「それにあっちだ」
アルはもう一人の重傷者だった、女性が眠るベッドを親指で示す。
魔物化に巻き込まれかけた女性は、あの時の青い光に包まれ、失った右手と右足を再生させていた。体の壊疽も跡形もない。
「あの女性は右半身が溶けて全身が壊疽しかけていた。二人ともベッドまで腐食しちまうんで、地面に寝かすしかない状態だった。どうも、浄化と再生を同時にこなしたみたいだな」
「…それで、颯太は?」
「向こうで寝てる。いきなり力を使った上に初陣だからな。さすがに疲れたんだろう」
アルはしみじみと続けた。
「本当によく頑張った。勇者の名に相応しい勇猛果敢さだった。……見られなくて、残念だったな?」
「一言余計!!」
からかうように笑われて、依那は口をとがらせる。
颯太の初陣、あたしも見たかった!
「…ところで、エナ様。一つお伺いしたいのですが」
退出しようとしていたエリアルドが、ふと思い出したように振り返った。
「勇者様が斬撃の際に叫んでいたのですが。『イタイノ イタイノ トンデケ』とはどういう意味ですか?」
「はぁ?」
実直なエリアルドの青い目と。
興味津々といった緑と菫色の瞳に注視され、依那が説明に一苦労したのは言うまでもない。




