11話「互恵的利他主義者(ゴケイテキリタシュギシャ)が語る彼女を助ける方法1」
(合成写真かよ)
晴れた空を背景に、2つの人影がビルとビルの隙間から飛んでは現れて建物同士の間に落ちて消えの繰り返しをしている。舎人歩との待ち合わせに下りた街中で、ありえない現象が起きていた。
異常な光景を視界に収めた皇真は周りを伺う。
街を往来する人々はスマホを手に俯いていたり、歩く先にいる他人を避けるのに前へ視線を向けていたり。至って普通に過ごしている。
もう一度上空を見れば、やはり人影が飛んでいて。
あたかも空を見て考え事をしてましたと装い。さりげなくその光景から視界を外した皇真は歩道を抜けて。比較的人にぶつからない位置、駅改札口の端に寄った。
そしてカメラ袋のポケットに入れたワイヤーレスイヤホンを装着し、スマホを弄る姿はいかにも待ち合わせをしている風に見える。
だから彼が不愉快とばかりに整った顔を大層歪めスマホに語りかけていようとも、誰も不自然には思わなかった。
「おい。おい。オッさん。アレはなんだふざけんなよ人前で大勢いる前で堂々と厨二ってんぞおいコラ」
「申し訳ありません。わかりません」
「テメェ嘘ぶっこいてんじゃねぇぞ。今のアレはなんだって聞いてんだ」
「申し訳ありません。ワタシには仰ってる意味がわかりません」
「だからっ」
「アレとは、なんの事ですか」
叶空の言葉にチラリ上空に視線を向け、既に終わったのか建物の隙間から出てこなくなった人影の方向へスマホのレンズをやった。
「今さっき人があそこら辺で飛んでたんだよ。これはアレの影響なんだろ」
声を潜め問いただす。叶空は皇真の言う事を理解したのか。「ああ」と心得た感じに相槌を打ち説明した。
「普通の人の視界に入らなければ超能力は使用出来ます」
「人の目沢山あるが⁇」
「誰も、見ていなかったのでしょう」
叶空が画面の中、瞳を上に動かす。そうして改めて周囲に注意すると、確かに誰もかれも忙しなく動き続け空を見ている者などいない。都会らしい光景だ。
一応の納得をした皇真も約束の喫茶店を探し遠くに視線を彷徨わせてなければ、気づかなかった筈だ。
何はともあれ今後ああいう光景が日常風景と化すのかと思うと皇真の口から長いため息が吐かれた。
これから自分が関わる世界の一端を垣間見てしまい、足取りが重くなる。それでも行かねばならない。
彼女の命がかかっているのだ。
なるべく前だけを見てメモに書かれていた住所に着いた場所に、皇真の沈んでいた気分が僅かに上昇した。
喫茶店「ラファエル」名前からしてどんな厨二店かと身構えていたが、そこはドラマによくある不良のたまり場と言って差し支えない風貌であった。
大通りを一つ外れ人もまばらな道。隣接する建物同士の空間。メニュー黒板が立ってなかったら見落としてしまいそうな、人一人分の狭い通路があった。
コンクリート詰めの階段が地下へと誘い。左右設置してある赤いファンシーな光を放つ蛍光灯が照らす壁には、至る箇所にチョークもしくはスプレー缶の絵やメッセージが施されている。
ラクガキではなくアートに近いそれは下品さを感じさせずオシャレだ。
「いい趣味してんだな」
歩への評価を見直して店に入る。ドアを開けたと同時に頭上で小気味良いベルの音が振った。
店の中は昼の混み合う時間帯でも客が少ないのもあるだろう。狭い出入り口からの想像より広い。入って直ぐにカウンター席があり、通路を挟み壁際に二人がけと四人がけの席が交互に店内をエル字に囲み並んでる。
地下なので窓がないが、あえてコンクリート剥き出しの壁と床に寂しくない程度に飾られている観葉植物が解放感を放っている。
「いらっしゃいませ。お1人様ですか」
ハスキーな声に視線をやった皇真は。相手を見た瞬間、体を硬直させた。それは人生で初めて身体に稲妻が走ると言う表現を体感した故に。
謂わば一目惚れだ。恋愛の意味でなく漢として。
綺麗に後ろに撫で付けた黒髪、顎に生えるちょび髭が妙にワイルドさを醸し出している。ジーンズが見るからにヴィンテージ物なのも渋くカッコいい。
腰にエプロンをつけていなかったら飲食店よりバイク屋にいそうな出で立ちのイカつい男が、軽く腰を折り微笑んでいた。
昔は不良だった奴が丸くなり、自立して店を建てました。そんな店員が小首を傾げ再度問うてきた。
「お客様⁇」
「あぁははい。そうです」
上擦った声に恥ずかし気に俯く皇真を店員は馬鹿にした感じもなく、自然な動作で席へ案内しようと一歩を踏み出したところで「待った」の声が店の奥から発せられた。
「マスター。その人僕の連れです。こんにちは、五宝様。全く目的をお忘れですか」
カウンター席の影に隠れ見えなかった席から、既に来ていた歩がひょっこり呆れ顔を覗かせた。
「わりぃ」
「しっかりして下さいませ。大事なお話しをって。五宝様」
席に着いても始終、カウンターへ戻った店員もといマスターばかりに視線を固定する皇真を歩が咎める。
「まず、注文するのが店への礼儀ではありませんか」
メニュー表を開いた状態で目の前に置かれ、皇真はそれもそうだとようやく歩に向き直った。
先に来店していた歩の手元には、不思議の国のアリスを連想する紫とピンクのボーダー柄カバーが着けてあるスマホ。それとミルクが二つ。内一つだけミルクが空で置いてあった。匂いからしてコーヒーであろう。美味しそうに飲んでいる。
目を滑らせ考える内に、お冷やとおしぼりを置きにきたマスターにまた見惚れそうになるのを我慢して悩む。
「お前のそれ何」
「ブレンドコーヒーです。ここはどのコーヒーも絶品なんですよ。豆の種類によって個人の好み分かれはしますけど。ブレンドかシンプルな水出しコーヒーもオススメです」
適当に返事してメニューを閉じた時、タイミングよく注文をとりにきたマスターに「ブレンド」と告げ息を吐く。
「なぁ」
「はい。なんでしょう」
「マスター実は元伝説の族だったりしねぇか」
「しませんね」
キッパリ否定した歩に皇真も本気で聞いてはいなかった。「だよな」とだけ返す。
そのまま「学校はどうですか」と歩が世間話を始め、皇真は「それよりもさっき」と駅前で見た光景を話し。頼んだブレンドコーヒーが運ばれた頃合いに、歩が飲み途中のコーヒーを置く。シーサーとカップが触れる軽い音がカチャリと鳴る。
「本当はこの場に希愛来さんもいて欲しかったんですがね」
ピクリと皇真の眉が反応する。彼女が居ないのは皇真が事前に「あのガキは連れて来るな」そう連絡しておいたからだ。拒否されるかと思いきや、歩は電話口越しにすんなりオーケーしたのだ。
今さら文句つけるを気かと睨む皇真に、歩は肩をすくめた。
「どっちにしろ僕の話しは変わりませんから構いませんよ」
睨み返す、訳ではないが観察しているかのように皇真を見つめる歩の視線とかち合い。皇真は首を傾げた。
初めてと前回に感じた違和感がない。視線がしっかり合う。いや以前も合いはしてたのだ。
自分でも上手い言葉が見つからず、皇真は「まぁいいか」とコーヒーにミルクを注ぎカトラリーで回す。
「今何を言っても貴方は希愛来さんと森口華恵さんをイコールで結びつけられないでしょう。ですから現状起きている事実のみ、ご説明します」
コーヒーを一口。舌を湿らせ歩は語り始めた。
「始めに、希愛来さんには森口華恵さんの記憶がある。これが前提です」
「……続けろ」
「そしてそれには『3DPL』が関わっている」
「なんでそう言える」
「彼女、能力者でないにも関わらず能力を見ることも聞くことも。近くで能力者が超能力を発動することが出来るんです」
「待て。一つずつ聞くぞ。あのガキが能力者でない保証は⁇」
「彼女が身元不明の子供なのが証拠です」
目を見開き皇真は質問を重ねる。
「そもそも、あのガキはなんなんだ」
歩に森口華恵と紹介され、本人もそれを否定しなかった。今は新しい名前として希愛来と呼ばれている。どう見繕っても五歳ぐらいの少女。
大人の保護なしに生きていける訳がない。であれば、当然保護者がいる。華恵が入院したのは1年前。それより前は何をしていたのか、誰と居たのか。様々な疑問が浮き上がる。
「僕にもわかりません」
歩の答えに皇真の目尻がピクリと動いた。そして少しの間を置き皇真はハッキリと否定した。
「嘘だな」
その声色は確信を持っていて。歩が目をパチクリさせ黙る。
「俺は嘘には敏感でな」
その表情は何かと鼻につく、道化師の仮面がズレた感覚で。小気味よくなった皇真は片方だけ器用に口角を上げニヒルに笑った。
「お前と仲良しこよしする気はねぇよ。けどな」
右肘をテーブルに威圧感たっぷりにつけて歩の方へやや乗り出す。
「お互い利用し利用される関係になるんだ。秘密は合っても嘘は無しにしようぜ」
歩の目が更に丸くなる。童顔故に幼ささえ感じる顔に、皇真が耐え切れないとばかりに吹き出した。
「利用し合う関係ですか。利害が一致してる点で言えば、間違っていません。僕は貴方とは良好な関係を築きたい」
「だったら」
「ええ。希愛来さんが何者か。大方検討は付いています」
「遠回しな言い方すんな」
「確信に至るまでは秘密です」
「このやろう。そこわからなきゃ話し進まないだろうが」
「まぁまぁ。僕としてはもう少々仲を深めてからお話ししたい内容でして」
軽い調子で宥め、優雅にコーヒーへ口をつける歩に皇真の眉間にシワが寄る。ここは譲れないと皇真は、仲良しこよしはごめんだと歩の言葉に噛みつく。
「お互い目的を果たす。そんだけだろ」
「これから協力して彼女を救うんですよ。仲良しこよし、いいではありませんか」
また皇真は目尻をピクリと反応させ尋ねる。
「……本音は⁇」
「秘密です」
両者共テーブルを挟み口だけの笑みで笑い合う。
「で、あのガキが身元不明ってのはどういうことだよ」
「そのままの意味です。色々探ったのですが親はおろか名前さえ不明」
「あのガキ問いただせば済む話しだ」
「それでわかれば楽だったんですけどね」
引っかかる物言いだ。純粋にあの子供が口を割らないのか。バス停での様子から、歩は子供を過保護に扱っている印象があった。無理強いは出来ないのかもしれない。
もしくは──
「まさか」
嫌な予感がして前を見れば、正解と言いたげに歩が目を細めた。
「記憶喪失」
「森口華恵さんの記憶はあるので、正しい表現かは微妙ですけどね」
厨二御用達の便利な言葉が、話し合いのテーブルに乗っかってしまった。皇真は頭を抱え唸った。