#48 激突
つかの間の、静けさが訪れる。
我々は交代で、戦艦サン・ティエンヌのドックに入港し、主砲のエネルギー粒子の供給を受ける。
供給にかかる時間は30分ほど。300隻あたり1隻の戦艦で、各戦艦の収容艦艇数は35~40隻ほど。入れ替えの時間を含めれば、全て終えるには6時間近くかかる。
で、4時間ほど経ったところで、ようやく我が艦の順番が回ってきた。
「戦艦サン・ティエンヌより入電! 第7ドックに入港許可!」
「了解、第7ドックに入港開始」
「取舵20度! 両舷前進微速!」
この間、僕は3時間ほど仮眠を取っただけだ。他の乗員も交代で睡眠をとっている。が、いつ敵が攻めてくるか分からない。皆、のんびり寝てなどいられないのが実情だ。
「繋留ロックまで、あと30……20……10……接続!」
「両舷停止!」
ガシャというけたたましい音とともに、ドック接続が完了する。直ちに、補給が開始される。
「急いで! あまり時間がないわよ! エルマー少尉は、すぐに機関の保全に回って!」
「はっ! カーリン中尉殿!」
補給中の主計科は大忙しだ。それにしても、立て続けに走り回っていてよく身が持つな、主計科は。カーリン主計長以下、主計科のタフさには感心する。
無論、主計科だけではない。みんな、ギリギリまで頑張ってるんだ。なればこそ、この艦を沈めないよう、僕も奮闘せねば。
ところで、僕はこの時間のうちに立ち寄りたいところがあった。今、まさにそこへ向かっている。
「あ、艦長殿!」
ここは砲撃管制室。そこにいた4人は僕を見るや、一斉に敬礼する。
「ああ、いい、楽にしててくれ。それよりも砲撃長、ちょっと話がある」
「はっ! 何でしょうか?」
「今度の戦いは、おそらく未だかつてないほどの激戦になる。となると、おそらくエーリク少尉の異常行動の起きる可能性は高い」
「……例の、精霊というやつですか?」
「そうだ」
「自分はまだ、その現象というものを見たことがありません。本当に起きるのですか?」
「危機的状況に陥れば、間違いなく起こる。その時少尉は多分、操艦レバーと主砲発射レバーの両方を握ることになると思うが、その時は僕に報告し、そのまま追認してくれ」
「はっ! 承知しました!」
僕も過去にやらかした事だ。おそらく今回、エーリク少尉にも同じことが起こる可能性は大きいだろう。
どう考えてもこの戦いは、悪い予感しかしない。
このブラックホール宙域には、無数のワームホール帯が存在する。
だが、その数が多すぎて、どこがどこに繋がっているのか、その大半は未解明のまま放置されている。下手なワームホール帯に入り、ブラックホールに突っ込んでしまってはたまらない。そのため、無難なルートのみが記録されている。
しかし、おそらく敵は何かの偶然で、我々の懐に飛び込めるあのワームホール帯を見つけたのだろう。それゆえに、攻勢に転じてきた。
だが、連盟があれほど深く我々の領域に入り込めるルートを見つけた以上、その入り口の宙域を奪うまでは、我々連合側は引き下がれないはずだ。なにせその先には、我々の地球853がある。この星の防衛上、看過できない事態だ。
それゆえに行われる戦力の逐次投入、エスカレートする増援要請……一体、ここで何日間、戦う事になるのやら。
すでに2日前の敗走の時点で、周辺3惑星へ緊急招集がかかっている。地球187も、防衛艦隊の一部を駆り出してまで戦力を増強しつつある。我々、地球853も3千隻の内、2500隻を投入している。
補給完了から半日ほど経ち、続々と艦艇が集結する。その数、すでに3万を超えた。だが一方、敵方も3万隻以上が確認された。
数が同数なら、練度の低い地球853艦隊がいる分、こちらが不利だ。さらに増援を要請し続ける我が司令部。
だがそこに、強力な助っ人が現れた。
地球001、第4遠征艦隊の艦艇3千隻が、救援のために馳せ参じたのだ。
地球001といえば、この宇宙でもっとも最先端の技術を保有する星。その艦隊が、救援に駆けつけてくれた。
ところで、地球001艦隊の主砲は我々とは異なるようだ。威力も射程も、我々の主砲以上だと聞く。そんな艦隊まで繰り出し、連合側は持てる最大兵力を投入しブラックホール宙域決戦に挑む事になる。
そして翌日には、ついに艦艇数は4万を超える。敵もほぼ同数まで増えつつある。
だが、敵はまだ動かない。まだ増援が到着する予定なのだろうか? それとも、こちらが動くのを待っているのだろうか?
そんな情勢の中、連合側はこの時点で敵の懐に飛び込むことになった。4万隻の艦隊は、あの連盟軍の切り開いたワームホール帯へ、逆に飛び込むことになった。飛び込んだ先には、敵の4万隻の艦隊がひしめいている。飛び込めば、双方合わせて8万隻の決戦が始まることになる。
「司令部より打電! 『全艦、前進せよ!』、以上です!」
「来たか……」
司令部の号令を受けて、ついに地球853艦隊は動き出す。
「よし、両舷前進半速! 駆逐艦0256号艦、前進せよ!」
「前進はんそーく! ヨーソロー!」
艦隊の他の駆逐艦と共に、前進を開始する我が艦。目指すは、あの敵の目の前につながるワームホール帯だ。
哨戒艦の偵察によれば、ワープ先の前方50万キロの地点に敵艦隊が集結しつつあるとのことだ。飛び込めば、10分以内に戦端が開かれる。
「ワームホール帯まで、あと3分!」
「砲撃戦用意! ワープ後、すぐに戦闘を開始する!」
『砲撃管制室、了解! 砲撃戦用意!』
砲撃管制室から復唱が返ってくる。でもみんな、昨日の前哨戦からあんまり寝ていないんだよな……早くこんなロクでもない戦いを終わらせて、さっさと星に帰りたい。
「ワームホール帯に突入します! ワープ開始まで、あと5……4……3……2……1……ワープ!」
カウントダウンが終わり、一瞬、あたりが真っ暗になる。超空間ドライブを起動して、ワームホールに突入した証拠だ。
すぐにあたりが明るくなる。超空間を抜け、通常空間に戻ってきた。
そこは、敵の支配地のど真ん中だ。目の前には、4万隻の敵艦隊がひしめいている。
すでに敵艦隊は我々の進撃を察知して前進を開始しており、距離は45万キロまで迫っていた。
我が方も地球853艦隊の到着で4万隻が揃った。地球853艦隊は、4万隻の艦隊の左翼に移動する。連合側の4万隻もじわじわと前進しつつ、横陣形に展開する。
「連盟艦隊、射程内まであと15分! 距離、40万キロ!」
敵艦隊を射程に収めるまで、あと10万キロとなった。その時だ。
突然、我々の艦隊の一部が、発砲を開始する。
「味方艦隊の一部、砲撃を開始しました!」
「なんだと!? 射程まであと10万キロだぞ!」
僕は思わず聞き返した。だが、確かに右手の方に青いビームの筋が走っているのが見える。
その発砲を開始した艦隊は、地球001のあの3千隻だった。
なんてこった、地球001の駆逐艦の主砲は、我々よりも10万キロも射程が長いのか? この4万隻のほぼ中央に位置する地球001艦隊の攻撃が続く。
連盟艦隊の中央部は、この長射程攻撃によって反撃することもかなわず、陣形が崩される。
しかし、なんという恐ろしい相手だ。地球001が敵でなくてよかった……あの砲撃では、精霊だってかなわないだろう。
だが、強力な駆逐艦は4万隻の内のせいぜい3千隻だ。それ以外は通常通り、30万キロまで接近しないと撃ち合えない。
「前方の敵艦隊、あと2分で射程内!」
「操艦を砲撃管制室へ」
「了解! 航海科、操艦系を砲撃管制へ移管します!」
『砲撃管制室! 操艦系、受け取りました!』
いよいよ、こちらでも戦闘が開始される。
戦闘まであと30秒というところで、突然司令部からの暗号電文が飛んでくる。
「司令部より入電! 『新たな敵艦隊出現! 距離60万キロ! 数、およそ1万!』、以上です!」
このタイミングで新たな敵の増援がきた。その数、1万隻。つまり、敵は5万隻ということになる。
だが、遠くの敵より、目の前の敵だ。
「敵艦隊、射程内に入ります!」
「主砲装填! 目標、正面の敵艦隊! 照準をナンバー38901へ! 撃ちーかた始め!」
『主砲装填、撃ちーかた始め!』
新たな敵の増援も気になるが、目の前の敵をやらねばやられる。我々も、戦闘を開始する。
4万隻同士の戦闘となると、もはや全体を把握できない。1万隻でも多すぎるというのに、4万隻もいる。
さらに敵は1万隻が加わろうとしている。が、ここにあと1万隻増えたところで、あまり変わらないような気がする。
双方とも、艦隊規模が大きすぎて、統制が取れていない。敵も味方も、ある艦隊は前に出過ぎており、別の艦隊は後退しすぎている。各艦隊の司令部が各々の艦隊を動かしているために、そうなってしまう。陣形が乱れたまま、互いに撃ち合っている。この戦いの行く末は、どうなるんだろうか? このまま撃ち合っていたら、とても収拾がつく気がしない。
さらにややこしいことに、味方にも1万隻の援軍が到着した。
「司令部より入電! 地球228より援軍! 数、1万隻! あと10分で合流します!」
この報を受けて、艦橋内は歓喜の声が上がる。が、味方が1万隻増えたところでかえって混乱が増すだけのような気がする。だから僕は、あまり喜ぶ気にはならない。
もはや、何が何だか分からなくなった戦場で、撃ち合いが続く。
双方の援軍も合流し、ついに総勢10万隻の撃ち合いとなっていた。
この混沌とした戦場で、撃ち合いを始めてから2時間が経った。
我が艦で、ついに動きがあった。
『砲撃管制室より艦橋! エーリク少尉、異常行動!』
ついに、エーリク少尉の精霊が発動した。
その直後に、3本の敵の砲撃が到達する。エーリク少尉の操艦で間一髪、ギリギリその光の束を避ける。
『バリア展開!』
エーリク少尉の叫び声が聞こえてくる。それに合わせ、バリアシステムを展開する砲撃科。直後に、ビームが飛んでくる。
まるでグラインダーで金属を削る時のような不愉快な音が、艦内に鳴り響く。今度もまた、複数のビームが飛んできた。光学観測班によれば、どうやら3隻の敵から狙い撃ちを受けているらしい。
だが、狙った相手が悪かった。
バリア解除と同時に、放たれる主砲。直後、光学観測手が報告する。
「敵艦に命中! 1隻撃破!」
艦橋内では歓声が上がった。だが、おそらく砲撃管制室では、手放しでは喜べない驚愕の光景に言葉を失っているところだろう。
照準器も覗かず、2つのレバーを握りしめて敵を狙い撃つ砲撃手の姿。おそらく今ごろは、そんな非常識な光景を見て、砲撃管制室内にいるエーリク少尉以外の3人は唖然としていることだろう。いや、エーリク少尉自身も、自分の後ろで唖然としているに違いないだろうが。
次々に3隻を撃破する我が艦。最初は喜んでいた艦橋内も、2隻目以降はむしろ静まり返ってしまう。あっという間に3隻を撃破したが、2時間撃ち続けて1隻も沈められなかった艦が、どうして急にこの2分の間に3隻も沈められたのか? あまりの落差に、さすがに皆はその異様さに気づいてしまったようだ。
まあ、精霊のせいだと知っているのは、この艦橋内でも僕とエックハルト大尉、それにセラフィーナさんくらいのものだ。他の皆は、精霊のことはまったく知らない。
もっとも、その1人であるセラフィーナさんは僕の脇の椅子の上で震えながら座っている。さっきから立て続けに鳴り響くバリア作動時のあの不快な音に、恐れおののいているところのようだ。
ところで、今回からヘルヴィさんはいない。エーリク少尉の奥さんになってしまったため、軍の庶務係を辞めて専業主婦になった。どのみち、万一を考えて呪術師を危険な戦場に連れ出すのは避けたい。
だから、戦闘が終わるまで地球853に帰れない以上、精霊のカードは2枚しかない。すでに1枚は今、使っているところだ。
残るは、僕の精霊のみ。これを使ってしまうと、後がない。
しかし、3隻を沈めてもなおエーリク少尉の無双は止まらない。今度はその周辺の艦艇に向けて狙い撃ちを続けている。たちまち、さらに3隻を沈めた。
正面の敵艦隊の一角、およそ100隻の艦艇が後退を始める。連盟側は、以前僕がやらかしたあの時の惨劇を思い出したようだ。
エーリク少尉の操るこの艦の攻撃に、恐れおののいてしまったようだ。そういえば僕は連盟の捕虜に、精霊使いは何人もいると言ってしまった。だから、彼らは過剰に反応したようだ。
こうして我が艦は、5万隻の敵艦隊の中のごくわずかではあるが、混乱状態に陥れることには成功した。一旦、混乱に陥ると、その艦隊は連携が取れず脆くなる。
味方の艦隊には、混乱した敵艦隊を撃破しつつある様子がデータリンクされた戦況図から読み取れるはずだ。その混乱部分に砲火を集中させる連合側の艦隊、一気に10隻以上を撃沈する。敵の混乱ぶりが読み取れる。
『エーリク少尉の異常動作、終了!』
多分、ここにいる大多数が何のことだか分からないことを、砲撃長が報告してきた。それを聞いて僕は応える。
「バリア展開! 通常体制に戻り次第、バリアを解除し、砲撃を続行せよ!」
まだ戦闘は続いている。おそらく、この宙域にいる敵艦隊を追っ払うまでは、戦闘が続くだろう。
だが、5万隻の内、地球001艦隊と我が駆逐艦0256号艦が、敵の一部を混乱させただけに過ぎない。大多数の敵艦隊は健全なまま。一向に撤退する気配がない。
このまま正面からの撃ち合いでは、雌雄は決しない。ただいたずらに消耗戦を続けるだけだ。
どうすれば、いいのか?
そんなことを考えている矢先に突然、もう一枚の残されたカードが発動する。
僕の耳の奥で、あのピーンという音が、鳴り響いた。




