後日談
現在の話には大体、後日談というものが存在する。就職せず大学院に進んだ私には、ついに彼氏という存在が出来た。
今時珍しい(お互い様だが)全くの女性経験の無い彼は、生真面目過ぎて自由な人だった。行動は常に、十分前。何をするにも、綿密な行動を立ててから。しかしその一方で、私を縛ることもなく、デートはいつも自由だった。
彼も私と同じ院生で、それなりに忙しく会う機会は限られていた。年末はただでさえ研究や忘年会等に追われているうえ、彼にはバイトもあった。十二月初頭のデートにて、クリスマス付近にはどうやら会えないと直接言われた時も、なんとなく予想通りだったから残念ではあったがあっさりと現実を受け入れた。
しかし彼には、私が少なからず落ち込んでいたのが伝わっていたらしい。その日のデートは少し遠出して、美術館を訪れた後に中華街で夕御飯という定番といえば定番コースを歩いていた。お腹も一杯になり、早目だがそろそろ帰ろうという時。彼が突然私の手を取って言った。
「ちょっと寄り道して良い?」
「……え? 良いけど……」
これまで彼が予定を変更することは無かったから、少し戸惑いを覚えたものの私は彼の言うがままについていった。そもそもこの付近には、中華街以外に観るものも食べる物も無かったはずである。どこに行くのかも分からず、私はぼーっと彼の背中だけを見ていた。
ようやく彼が立ち止まったのは、特に何も無い街中だった。
「良かった。 丁度今日だったんだ」
「……何が?」
そこで初めて、私が何も見えていないことに気付いた彼は私を自分の前へと誘った。
「ほら、もう始まるよ」
「だから何ーー!」
言葉は途中で、不自然に途切れた。何故なら私は、目の前の光景に目を奪われたからだ。そこにあったのは、まさに光の洪水だ。色とりどりの電飾で出来た光の門が、私達を迎えている様だった。
「……え……何で……」
「試験点灯。 今日だったんだよ」
スマホ片手にそう言う彼は、得意げに微笑んでいた。
「もしかして初めて?」
「……うん」
「俺も」
近くといえば近くだけど、人混み凄いしあんまり来ないよなーと彼は笑った。
「知らなかったよ、こんなに綺麗だったんだね」
「……始まりが始まりだしな」
「……うん」
しばらくその場に突っ立っていた私達だったが、同じ様に突然の幸運に恵まれた人達と同じくより近くへと歩み寄っていった。
「◯◯、結構こういうの好きだもんな」
「だって、綺麗じゃん」
そう言った私に、彼はくつくつと笑った。同じ方向を向きながら、ゆっくりと歩いて行く私達。互いに直接顔を見ていない分、漏れ出す言葉はいつもより素直で、唐突だった。
そんな中彼は、ふっと結ぶ手に力を言葉を込めて言った。
「クリスマス、ごめんな」
「……良いよ、別に。 忙しいの知ってるし」
「だから初詣行こうよ」
「……初詣?」
「正月はさすがに大学は休みなんだ」
「なるほど」
「行きたいとこある?」
「うーん。 猿年だから、猿っぽい神社かな」
「……。 俺の大学の近くで良かったら、猿を祭ってる神社、あるけど」
「へー」
「めっちゃ小ちゃくって、多分正月でも人いないんじゃないかな」
「良いじゃん」
「……良いの?」
「だって、△△人混み嫌いでしょ?」
右上の彼の顔に向かってそう言うと、一呼吸間をおいて彼から言葉が帰ってきた。
「……ばれてた?」
「ばればれ。 だっていっつも、人と被らない様にわざと時間ずらしてるじゃん。 お昼ごはん十時ぐらいに食べたりとか、お土産先に見たりとか」
「……」
ついーっと視線をずらす彼に、私は思いっきり笑いながら言った。
「イルミネーションとか絶対無理だと思ってたから、来れて良かったよ」
「……おう」
再び前を向いた私は、彼に見えない位置でくすくすと笑った。
「絶対行こうね、初詣」
「……ああ」
そっと彼の方に身を寄せながら、私は頭上を見上げた。




