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ジャクシン  作者: 初瀬川渚
夏編
15/15

見えない存在、そして孤独

 ヤツはゆっくりと神社へと近づいて来ている。目を閉じヤツの妖気に集中していると、ふと、嫌な予感に首筋が疼いたのだ。何がそう予感させているのか、探るためにさらに集中力を上げてると、近づいて来ているからではなく、別の要因で妖気が徐々に強くなっていることに気がついたのだ。もしやと、目を開けて空を見上げると、茜色に染まっている空が緩やかにだが、暗くなっていっていた。

「そうか、日が沈むのを待っているのか」

 私はポツリと呟いた。

 妖気は闇が深ければ深いほどに、強力になる。日が沈む前に攻勢に出るべきではないだろうか。神社から離れることにはなるが、戦うのに十分な神気の元になる信仰が得られない程に離れるわけではない悠長に待つより攻めるべきか、どっちが最善だ。

 ――攻めだ。

 私の直感がそう答えた。

「おい、待ち伏せするんじゃないのかよ」

 と、イタチが戸惑うような声で言う。

「想定していた状況と違ったら、別の作戦に変更する。それが戦いだろう」

 そう言う否や、放たれた矢のように、私は飛び出した。

「俺との約束はどうなるんだ。まさか反故にしようってんじゃないだろうな」

「心配するな、私が生きていたら解放してやるさ。それより今は無駄話している暇はない。黙ってろ」

 それを聞いたイタチは露骨に不服そうに舌打ちをしたが、これ以上は何も言っては来なかった。

 妖気を辿りしばらく走ると、今の時間帯なら子どもたちが元気に駆け回っているはずの公園へたどり着くと、そこには人の弱い野生の本能すら刺激し近寄らせない程に強い瘴気を放つ九尾が寛いでいた。

 気配や殺気を押し殺している私には、まだ気づいていないようだった。仕掛けるなら今だと思い距離を詰めようとしたところで、イタチが声を上げた。

「気をつけろ。九尾のヤツはとっくに気づいているぞ」

「なぜだ、気配も殺気も感じさせるようなものは何も出していない」

「獣型の妖怪の厄介なところは、そういう気配を感じ取る能力に長けているだけじゃない。特にヤツの嗅覚も恐ろしい武器だ」

「確かに嗅覚は武器だろうが、お前は私のニオイを知っているのか」

「そうだ、確かに雀神、様からはニオイというものを感じたことがない」

 イタチは少し思い出すように間を置いてから、驚いた声で答える。

「そうだろう。私にはニオイというものが存在しないんだ。それと、呼びづらいなら雀神か鈴愛すずめで良いぞ」

 雀神様と言いよどむイタチが気になり、付け足して言った。

「……雀神。だけどよ、そんなことがあるのか。肉体のない存在でも何かしらニオイと呼べるものがあるはずだ」

 私はニッと得意げな笑みを浮かべる。

「ま、仮にニオイがあったとして、どうして感じることができないかは、教えてやらないがな」

 そう言うと、私は九尾へと斬りかかった。

「――来たか。思ったより早かったが、雀神、お前と戦うには十分な妖気が蓄えられたぞ」

 不意を付いたつもりだったが、九尾は目を覚ましヒラリと、私の斬撃を回避する。

 しまった。殺気が抑えられてなかったか。

「良く俺に気づかれずに、ここまで近づいてこれたな。さすがは神と言ったところか。だが、詰めが甘いな。斬りかかる瞬間に殺気を出してしまうなんて、未熟だと自分でもそう思わないか」

「……思うさ。思うよ。自分自身を未熟だと思うことは、何度だってある。けど、それを悔いるより、次にどう動くかが大事だろうが」

 私はすぐさま次の攻撃を仕掛ける。九尾はそれを読みきったように躱し続ける。

「どうした、そんな太刀筋じゃ俺の毛一本斬れやしないぞ」

「それはどうかな」

 私は瞬間移動によって、ヤツの背後を取り素早く後ろ足を目掛けて刺突を繰り出す。九尾は今までの私の太刀筋に慣れてしまいすぐに対応できず半歩遅れて動き出しすが、九尾の動きを追うようにして、刃を動かす。

 結果的に、九尾は回避が間に合わず、後ろ足に浅いが確実な切り傷を負わせることができた。

「厄介な力だ。その瞬間移動は……。一瞬、姿と気が消えたと思ったら急に現れやがる」

「まだ、本気ではないがな。そういう、お前だって使っていない能力が多々あるだろう」

 九尾の能力は幻術と火術の二つが代表的だが、その威力がどの程度かは目の当たりにするまでは分からない。体力を温存しつつ上手く立ち回らなければ、足元を救われてしまうだろう。しかし、相手に何かさせる隙を与えるわけにもいかない。

 先程と同じように私が攻め、九尾が避けるという状況になった。

 だが、これは九尾が意図的に、私に攻撃を仕掛けさせるような動きがあったからで、最初とはまた同じようで、全く違う結果が生まれることを予想し、攻撃の手を緩め一歩後ろに下がる。

「おっと、さすがに露骨だったか。だが、どっちにしても、俺に反撃のチャンスが来たことには変わりはないぜ」

 そう言うと、九尾の周りに火の玉が現れたかと思うと、私へと一斉に飛来してきた。

 これくらいどうということはない。私は走りながら火球を避けつつ避けきれないものは刀で弾き飛ばす。

「ほう。瞬間移動で躱すかと思ったが、弾くとは随分と器用なことができるんだな。なら、もっと面白いものを見せてやろう」

 九尾は感心したように言いながら、妖気を高める。

「これは――」

 私は思わず驚き完全に足を止めて、防御に徹する構えになった。

 なぜなら、飛来して来る火球が目前で分離したからだ。

 避けきれないか。いや、瞬間移動でなら――私は即座に場所を思い描きその場へと移動し九尾に向き合おうとするが、目の前にはまるで、私が現れる場所が読まれていたように火球が飛来してきていた。咄嗟に、身を投げ出すようにして飛んで避けた。

 今のは場所が読まれていたのか、それとも偶然か。いや、偶然なはずはない。何か仕掛けがあるはずだ。

「今のはヒヤッとしたぞ。いったいどうやって、私の現れる場所に目星をつけたんだ」

「さあな、自分から戦術をバラすバカがいるかよ」

「それもそうだ」

 私の動きを読めるとなると、攻勢に転じるのは難しくなった。さて、どうする。

 次の手を考えながら、なんは無しに、私に当たるはずだった火球が当たり焼けたであろう地面へと視線をやると、そこには何の痕跡も残っていなかった。もしや――一つの可能性のかけて、私は九尾の懐へと瞬間移動をして鋭い刺突を見舞おうとした。すると、当然のように火球が、目の前に現れ私に襲いかかって来たが、気にも留めずに突貫した。

それを見た九尾は驚きつつも、身軽なステップで攻撃を躱してくる。

飛来していた火球は私の体に当たった瞬間に霞のように消え去っていた。

やはり、これは九尾の幻術だったようで、あくまでも私が幻を見ているに過ぎず位置を読まれていたわけでは無いということが分かったのなら、攻撃の手を緩めず一気に片を付けることもできた。だが、あえて私はここで提案を持ちかけた。

「九尾、お前の作戦は一瞬だったが、なかなか良かったぞ。だが、私は九尾ではなかったが、若い妖狐と対峙したことがあるんだ。お前の仕掛けも戦術も見切った。大人しく退けば良し。退かないのなら容赦はしないぞ」

「見切ったか……。なら、これならどうだ」

 九尾がそう言うと、途端に目の前が歪んだと思うと古い記憶の中にある映像が現れた。

 昔、私が生まれ育った『あの家』の中に私はいた。

「お姉ちゃん、どうしたの」

 急に背後から声をかけられ後ろへと飛び退いて、刀を向けるとそこには妹の鈴花がキョトンとした表情で立っていた。

「お姉ちゃん、危ないよ。お屋敷で抜き身で持ってるの見られたら、お母さんに怒られるよ」

「なるほど、幻術でこういうこともできるのか。流石にこの規模で幻術を見せられるとは想定外だったが、この程度でどうにかなるとでも思ったのか、九尾」

 私はそう言うと、鈴花の形をした九尾に容赦なく刃を突き立てた。瞬間、風景は元に戻った。

「こんな幻術子供騙しに、私が引っかかるとでも思ったのか」

 急所こそ逸れているが、致命的な刺し傷を負った九尾は、苦しそうに言葉を絞り出す。

「なぜ……そんなに無情に……」

「おかしなことを言うな。存在していないものを傷つけることに、ためらう必要がどこにあるんだ。私の妹はとっくの昔に逝ってしまったんだからな。私の良心や道義心、倫理に訴えかけようとでもしたのだろうが、無駄なことだ」

 私の言っていることが聞こえているのかは分からないが、九尾は息も絶え絶えになり痛みに苦しんでいることは瞭然だった。

「苦しいだろ。今、楽にしてやる」

 そう言い、九尾に刺さったままの刀を抜き取り、止めを刺そうと振り上げた――その時だった。

「雀神様やめてください」

 目の前に現れて九尾に覆いかぶさり、庇っているのは小田原灯だった。

「九尾、もう良いでしょう。あなたじゃ雀神様には勝てないって分かったでしょ。だから、もう止めて。雀神様も」

「灯、どうしてお前が」

 私は呆気にとられ思わず、グラリとうしろに下がった。

「今、傷の手当を――少し痛みますよ」

 灯は私の質問を無視して、九尾の傷の手当をしていく。さらに強くなった痛みに九尾は顔をしかめる。

「お前……お前らは一体なんの目的があって、私に近づいたんだ」

「本来は、雀神様の監視が目的でした。でも、それ以上に、様々な面で私達は雀神様に興味がありました。ですから、近づいたんです。けれど、それが間違いでした。ごめんなさい……」

「だったら……だったら、『あの願い』は演技、嘘だったのか」

 動揺し震える声で問う私に、灯は残念そうにうつむきながら答える。

「そうです、私の願いは嘘だったのです。……ごめんなさい」

「そうか、それなら良かった。これで、読を依代にしなくて済むしな。用が無くなったなら早く私の目の前から消えてくれないか」

 善意を裏切られた悲しみと怒りに体を震わせつつも、精一杯に強がりを言い続けて、

「――でないと、殺意を抑えきれなくなってしまうから」

 彼女らに背を向けて言う私の両目からは、不思議なほどに自然と涙が溢れ流れていた。

「……本当にごめんなさい。これだけは、覚えておいてください。『ヤタ衆』は雀神様を見ています」

 灯はそう言い残した瞬間に、彼女と共に九尾の気配は消えた。

 彼女が言うヤタ衆とは何なのか、彼女たちはヤタ衆と関わりを持っているのか、今の私にはそれらが、今回の出来事にどう関係してきているのかも分からない。

 ただ、今言えることは私はそれを考えていられる程に、冷静ではないと言うことだった。

 私の中でイタチが恐怖で震えているのが伝わってくる。今までヤツにやってきたことを考えれば当然だろう。私は腹のあたりに手をやると一層にイタチの魂の震えが強くなった。しかし、構わずにイタチの魂を自分の中から取り出すと、そっと手放してやる。これで、イタチは自由だ。

 イタチは私の行為に意外で戸惑っているのか、すぐに離れずにそこに留まっている。

「本当にこれで、俺は自由で良いんだな」

 ためらいがちに、イタチは聞いてくる。

「私は約束は守る。だが、気が変わる前に早くどこかに行ってしまえ」

 私は壊れた蛇口のようにポロポロと流れ落ち抑えのきかない涙を流しつつ、吐き捨てるように低い声で言う。

 それを聞いたイタチは無言で遠くへと離れていく……。

 私はそれを感じながら、みんなに置いてけぼりにされて、独りになっていくような寂しさを感じ、思わず叫んだ。

「みんな、みんな。消えてしまうなら、最初から私に構うんじゃない」

 と、誰に言うでもなく天へと叫んだのだった――。

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