52 内緒話
少し短めです。
シェリアは、ただひたすら本のページをめくった。といっても、フィデルがよく読むような難しい学術書のではなく、街の若い女性の間で流行っているような恋愛小説だが、それでも気は紛れる。それに読書に集中している間は、恥ずかしいことも忘れられた。例えば、またフィデルに泣きついてしまったこととか。シェリアは思い出すだけで赤くなりそうなことを忘れようと、次のページに手をかけた。そのとき。
「ふーん、シェリアはそういうのが好きなんだ」
突然横から聞こえてきた声に、シェリアはあわあわと本を閉じた。振り向くと、そこにいたのはこの数日間ですっかり見慣れた少年だった。
「ク、クリューさん。いつの間に」
「ごめんね、フィデルに内緒で話したいことがあったから」
ノックはしたけど、聞こえてないみたいだったし、とクリューは申し訳なさそうに笑う。シェリアは、クリューが来たことよりも読書に集中していたのかとも思ったが、それよりも。
「フィーに、内緒?」
シェリアが隠し事をされる側ならわかるが、する側というのが引っ掛かる。なぜ違和感を感じるのかと考えて、シェリアはクリューと二人きりで話すのが初めてだということに気づいた。
「うん。だから、念には念を入れて結界を張るね」
クリューが言った瞬間、この部屋を息苦しさのようなものが包んだ。けれど本当に一瞬だけで、あとには何事もなかったかのような静けさが残る。
「これが、結界ですか?」
会話が漏れないような結界は上級魔法なのでシェリアには使えないし、そもそも結界を使わないといけないような内緒話なんてしたことがない。だから、初めて体験する魔法にシェリアは目を瞬いた。
「うん。シェリアは初めて?」
「はい。あんまりフィーに隠し事とかしないから」
へえ、という声が聞こえたかと思えば、クリューはグッと顔を近づけてきた。
「ク、クリューさん......?」
「うん、やり直し」
「?」
クリューの言葉の意味がわからず、シェリアは首を傾げる。何をやり直せというのだろうと。
「シェリア、僕のことはクリューって呼んでって言ったでしょ?それに、敬語もいらない。ほら、もう一回」
「ク、クリュー?」
「よくできました」
クリューはその言葉とともに、なぜか迫力を感じた笑顔から無邪気な笑顔に表情を変えた。クリューの顔が離れたことで、感じていた緊張が少しおさまる。
「さん、なんてあんまり呼ばれないからさ、恥ずかしくて」
えへへとクリューは頬を掻いた。その子供らしいしぐさに先程の迫力なんて嘘のように思えて、シェリアは少し肩の力を抜く。
「それで、クリューはなんの話を......?」
彼は昼間、シェリアが魔法が使えない理由を的確に見抜いてしまった。だからその話だろうかと思うが、それならフィデルに隠す必要はない。すると、クリューは笑顔を消して真剣な表情になった。
「クリュー?」
シェリアはなにか予感を覚えて、思わずクリューの名前を呼ぶ。けれど、クリューはそれを遮るように言った。
「シェリア」
立ち上がって、シェリアに手を差し伸べて。え......?とシェリアは戸惑った声をあげた。
「僕に、拐われてくれない?」
シェリアは状況を飲み込めず、ゆっくりと目を瞬いた。




