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the past episode・1 決意のはじまり

 これは今から4年前の出来事である。15歳になるリーシェ・マリエットは、町の図書館から帰路につこうとしている所だった。

 日中両親が仕事に出かけている間、図書館は彼女の居場所の一つでもあった。

 リーシェの両親は旅商人で、リーシェも彼らについて国中を転々とする生活を送っていた。

 持って生まれた霊感と、リーシェ自身が内気だったことから、なかなか同年代の子供たちとは打ち解けられず、やっと仲良くなれたと思っても、その頃には住んでいる場所を去らなければならなかった。

 本当はそれが、寂しかった。けれども、両親の都合というものもあるし、下手に何か言うことで彼らを困らせたくなかった。

 でも、いつまでわたしは両親についていき行動し続けるつもりなのだろう? それがリーシェを悩ませた。

 この年齢だと、中には既に働き始めている人たちもいる。

 リーシェは「働く」ということに関して何も考えていない訳ではない。ただ、自分に何ができるのかがわからなかった。

 ぼんやりと帰り道を歩き続けていると、いつの間にか家へ向かう曲がり角を通り過ぎていた。

 こんなこと、珍しい。わたしはどうかしたのだろうか? そう、リーシェは考えた。

 元の道へと引き返そうとしたが、たまたま、路地のほうに目が向いていた。

 路地の入り口に見えるのは、たった一人で泣いている子供。

 通りを歩く人たちは、彼を気にせずに通り過ぎていた。だが、それをリーシェは見過ごせなかった。

 もしかしたら、幽霊なのかも。理由はないけれども、リーシェにはそんな確信があった。

「どうして泣いているの?」

 リーシェは恐る恐る、彼に近づいてみる。笑顔を作ろうとしながら。

 自分の顔は自分で見ることができないものなのだから、どんな表情かなんて、実際問題分からないものだ。けれども、笑顔でいることで彼が安心できたならと思った。不安げなこの子供の幽霊を、どうしても放っておくことは出来なくて。

「ボク、ずっとひとりぼっちなんだ」

 幽霊というものは、概して孤独な存在である。彼もまた、例に漏れないようであった。

 俗に言う怖い話で、霊が生きている人間をあの世に引きずり込もうとするのも、彼らの孤独ゆえ。霊たちはただ、仲間を欲しがっているだけ。

「ボクが仲間を捜そうとしても、ボクの魔法のせいで、みんなは苦しむんだ。でもふしぎ、キミはボクが視えるのに、苦しんでいない……」

「え?」

 リーシェは、霊の言葉に一瞬言葉を失った。もしかして、彼は魔法使いの霊なのであろうか。それにしては若すぎる。

 精霊と契約して魔法使いになるためには、精霊が要求する代償を対価として受け入れなければならない。その代償は、厳しいものが多いと聞く。しかし、果たしてこんな小さな子供にそれを受け入れられるだけの覚悟はあったのだろうか。もしかしたら何か事情があるのかもしれないが、それが不思議で仕方なかった。

「あなたは、魔法が使えるの?」

 知らずのうち、リーシェは子供の霊にそんなことを尋ねていた。

「ボクは、妖精だったんだ」

 妖精。それは、この国で広く信仰されている存在だ。しかし、人間の前に滅多に姿を見せることはないという話を聞いたことがある。そんな彼が何故、人里に現れているのだろうか?

 霊体であるとはいえ、妖精に会うことができるなんて、リーシェは思ってもみなかった。

 信心深いリーシェは、妖精の霊を目にしたことで何も感じなかった訳ではない。だが、ここは街の中だ。妖精を目にした感動をリーシェは必死に押さえ込もうとした。

「でも、どうしてここにいたの?」

 落ち着こうと心に言い聞かせながら、リーシェは尋ねる。

「仲間が、欲しかったんだ」

 彼も、普通の霊と変わらずあちらの世界にわたしをいざなおうとしているの?

 一瞬、リーシェの心にはそんな疑いが生まれた。

 けれども、彼からは悪霊に見られるような怨念が感じられない。

 この妖精の霊は、何に対しても恨みを感じておらず、ただ、自分が置かれた境遇に泣きたくって仕方がないだけだった。

 そんなことをリーシェが知る由もないが、ただ、彼を放っておくことはできなかった。

「わたしもね、普通の人には見えないものが見えたりするの。例えば、『あなたのような存在』をね」

「そうなの?」

 首をかしげるクレン。

「……でもね。わたしは生きているし、霊じゃないから、あなた達の世界には深入りできないの。けれども、わたしの生きる世界でも、この力は奇妙で、やっかいなものなのよ」

「ボクたち、似た者同士なのかもしれないね」

「そうね……」

 リーシェも何故だか、この妖精の霊が自分とどこか似ていると思っていた。

 妖精という存在は、わたしたちとは遠いはずであったのに。寧ろ姿を現していなくても、身近に存在しているからこそ、広く信仰されるようになったのだろうとは考えているけれども。

「そういえば、名前、なんて言うの?」

「わたしはリーシェ。リーシェ・マリエット」

 リーシェはクレンの問いにはっとした。そういえば、名前を聞いていない。

 先にクレンから名を問われたため、まずはリーシェ自身が名乗った。

「ボクの名前は、クレンって言うんだ。よろしく、リーシェ!」

「よろしくね、クレンくん」

 クレンとリーシェは互いに笑い合った。

「でもボク、そろそろ眠らなくちゃ。また会えるといいね」

 だが、気がつくと、いつの間にかクレンは姿を消していた。

 リーシェはしばらく、路地に立って途方に暮れていた。姿を消していても、クレンがそこにいるような気がしてならなくて。

 この出会いは、ある少女が後に胸に秘める決意のはじまりだったーー。

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