Ep.1 城塞都市のエクソシスト
「……あの、視えました。家具を乗っ取ろうとして、悪さをしようとしている霊たちが」
「まぁ、本当に!? じゃあ、お願いするわね、リーシェさん」
話をしているのは、リーシェと呼ばれた黒髪の少女と、彼女よりもいくらか年上であろう女性。
彼女たちがいる場所は、一見何も変わりのない、ごく普通の民家であるはずだった。
だが、この家には所謂ポルターガイストが憑いていた。彼らは毎日のように家具や家財を荒し回るために、この家の住人である女性は普段の生活に支障が出たと言う。
話を聞く限り、女性はこの家に引っ越してから、がたがたと動く家具を箒で叩いたりと、この悪戯な霊たちに直接干渉しようとしているようだった。
普通にしている限り、霊には人が手出しできない。だが、霊は人が為す事をよく見ている。そのことをよく知っていたリーシェは、意地を張って霊に対抗するようでは霊も面白がって、家の家具に悪戯を繰り返すのだろうと思った。
リーシェは生まれつき、“普通の人間には視えないもの”ーーすなわち霊を視る力を持っていた。
「あそこに、人が見えるよ。……迷子なのかなぁ」
そう幼いリーシェが問いかけても、両親は困ったように苦笑いをするだけだった。彼女が指をさした人物は、紛れもなく幽霊である。彼は行き場を無くして、街の中を彷徨い歩いていた所だった。
「父さんには、何も見えないがな」
「あなたにはそう見えるかもしれないけど、誰にだって見える訳じゃないのよ。いい、リーシェ。このことは人前で言っちゃ駄目」
「ごめんなさい……」
これは両親にも、霊にも宛てた謝罪だった。リーシェはちらりと霊のほうを見てから、両親の後を追う。
何度も同じようなことを言われて、リーシェは霊に深く干渉するべきではないと思うようになった。わたしたちと同じ場所に存在しているようで、彼らは違う世界にいるのだと。
けれども、霊の存在を否定したくはなかった。行く当てもなく彷徨う彼らに何も出来ないことが、リーシェにとってはたまらなく辛かった。彼らを視ることが出来るのが自分だけなら、なんとかして彼らと共に生きていたかった。
生きる者と死んだ者と、そのどちらもを知ることは、狭間の立場にあるということ。それは孤独であるということもまた、リーシェは知っていた。
けれども、この狭間の立場だからこそ、何か出来ることがあるのではないかと思った。リーシェが四年前にこの街、『ティル・ナ・ノーグ』に来てからのこと、人々から霊に関する相談を受け、時には幽霊が出ると言われる場所に出向くようになった。それは、いつの間にか彼女の生き甲斐となっていた。どうしてわたしだけがこの力を持っているのだろうという、常に心の奥底にあった疑問が昇華されたような気がして。それがリーシェにとってはたまらなく嬉しかった。
「ええと、わたしも手荒な真似はしたくないのですけど……あなたたちが人に迷惑をかける霊であるのなら、こちらも容赦はしません」
リーシェは、霊たちに向けて、十字をあしらった銀色の杖を構える。それは彼らに対する宣戦布告だった。
「クレン、お願いね」
名を呼ばれて姿を見せたのは、少年とも少女ともとれる中性的な外見の、子供の霊。
クレンと呼ばれた霊は、リーシェに向けてこくりと頷く。クレンが現れる前、この民家の中の霊たちはふらふらと民家の至る所を彷徨っていた。だが、クレンが現れた途端、彼らはクレンを避けようとおののき、逃げ出そうとしたのだ。
クレンは、普通の霊ではない。霊をあの世に還す、“浄化”の力を持つ精霊だ。
リーシェはそんな彼と『契約』をした魔法使いである。そのため、彼が持つ浄化の力を魔法として、限られた範囲の中では自在に扱うことができる。それは、リーシェが霊に対抗する力でもあった。
「まずはここね……!」
リーシェはまず、一番間近にいた霊に杖を突きつけた。それが合図となって、霊の周りには光が集まり始める。
これが、浄化の力。集まった光は霊を捕らえて、霊はまるで鎖で縛られたかのように身動きがとれなくなっていた。
「これで、とどめです。……在るべき場所に還りなさい」
リーシェの一声により、霊を取り囲んでいた光は無数の刃のような姿をとって、霊に突き刺さった。
その間に、霊も観念したのか、段々と姿が消えてゆく。無事に、浄化は完了したようだ。
だが、ここで安心はしていられない。まだまだ数が残っている。
今回出向いた依頼の霊はそこまで強い霊でないものの、やたらと数が多いようだとリーシェは思った。
あちら、こちらと霊を探しては、リーシェは同じように浄化の魔法を使っていく。
霊たちも黙って浄化されるような者たちではない。大人しく浄化されるのであれば、とっくの昔に成仏している。霊はクレンを避けようと、あちらこちらへと姿をくらましていた。そのため、リーシェとクレンは民家の至る所へと霊を追いかけていくこととなったのだった。
「他に霊の気配は感じられる?」
一通り霊の浄化を終えた所で、リーシェはクレンに尋ねる。
「もうここにはいないみたい。……きっとこれで、大丈夫」
「そっか……いつもありがとう、クレン」
「じゃ、ボクはまた眠るよ。おやすみ、リーシェ」
クレンはそれだけ言うと、瞳を閉じて段々と姿を消した。
霊がこの世で眠るというのも不思議なものだが、クレンは魔法を使うために、眠ることで力を蓄える必要があった。
これで、仕事は終わったのだろう。リーシェは報告をしようと、玄関で待つ女性のもとへと向かった。
「これで、何も起こらないようになればいいのですが……」
「本当に、ありがとうございます」
女性は、リーシェに深々とお礼をした。その様子は、感謝の想いがこもったものだった。
この人に、霊は視えない。だから、変化が起きたということは目に見えて分からない筈だ。なのに、どうしてこの場面で感謝されるのかということが、いつもリーシェは不思議で仕方が無かった。
でも、お礼を言われるのは素直に嬉しい。ありがたく受け取らなくては。
「また霊のことで何かありましたら、何なりと申し付けてください」
家の玄関を出る前に一度だけ振り返り、リーシェはにこりと微笑んだ。