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207年①田疇、無終へ呼ばれる

ついに【田疇】に話の主役が移ります。

【袁尚】兄弟を追撃する曹操軍と、これに与することを選んだ幽州の諸勢力。


そして、袁氏と結んだ烏桓。

その決着の一つが、後に【白狼山の戦い】と呼ばれる戦いです。

ここから二人は、再び戦乱に巻き込まれていきます。

 春。


 盤山の麓にも、春の気配が戻っていた。

 雪解けの水が細い流れとなって山を下り、村では畑を耕す音が聞こえている。

 【微】は厩で馬の世話をしていた。


「もう少しで暖かくなるね」


 馬の首を撫でる。

 その時だった。


「【田疇】殿はいるか」


 村の入口から声がした。

 【微】が振り返る。

 見慣れない男が、馬を降りて立っていた。


「【田疇】さんなら庵にいるよ」


「そうか」


 男は頷いた。


「曹操軍からの使いだ」

「……曹操軍?」


 【微】の顔から笑みが消えた。


 男はそれ以上詳しく話さず、庵へ向かった。

 しばらくして、【田疇】が外へ出てきた。


「何の用だ?」

「【田豫】殿より、急ぎの知らせを預かって参りました」

「【田豫】から?」


 【田疇】が表情を改める。

 使者は懐から書状を取り出した。


「曹操軍が北へ進んでいるとのことです」

「……そうか」

「【袁尚】兄弟並びに烏桓を討つため、軍を動かしているとのことです」


 【田疇】は黙って書状を読んだ。


「それで、俺に何をしろと?」

「北方の道を知る者が必要とのことです」

「それで俺を?」

「はい。【田疇】殿は無終の出身で、北方の地理にも詳しいと伺っています」


 【田疇】は黙った。

 無終。

 かつて自分が暮らし、名を知られた土地だった。

 盤山の麓に身を置く今も、そこは【田疇】にとって無縁の土地ではない。


「曹操軍は、無終を通るのか」

「そのようです。まず無終まで来ていただきたいとのことです」

「……分かった」


 【田疇】は短く答えた。


「いつ出る?」

「早い方がよいとのことです」

「なら、明日にでも出る」


 使者が去った。

 【微】は少し離れたところから、二人のやり取りを見ていた。

 使者の姿が見えなくなると、【田疇】のもとへ歩いていく。


「行くの?」

「ああ」

「無終へ?」

「ああ」


 【微】は少し考えた。


「私も行く」

「……お前は【力】と一緒に残っていろ」

「嫌」

「危険だ」

「分かってる」

「戦に巻き込まれるかもしれん」

「それも分かってる」


 【田疇】は【微】を見る。

 【微】は静かに続けた。


「私も草原で育ったもの。北の道なら、あなた一人より私の方が分かることもあるでしょう?」

「……」

「それに」


 【微】は馬の手綱を取った。


「あなたが行くのに、私だけここで待っているなんて嫌だもの」


 【田疇】はため息をついた。


「昔から変わらんな」

「そう?」

「ああ」


 【微】は笑った。


「じゃあ、決まりね」


 その日の夕方。

 二人は旅支度を始めた。

 必要な食料をまとめ、馬具を整える。

 村の者たちも、何が起きているのか少しずつ察していた。


「戦になるのかい?」


 村の女が尋ねる。


「北で大きな戦が始まると思う」


 【微】は答えた。


「軍隊が近くを通ることになるかもしれない。しばらく警戒していてほしいかな」

「気をつけておいで」

「うん」


 【微】は頷いた。

 少し離れたところでは、幼い【力】が二人を見ていた。


「父上、どこへ行くの?」

「無終だ」

「母上も?」

「ああ」

「いつ帰ってくる?」


 【微】は一瞬だけ言葉に詰まった。


「……できるだけ早く帰ってくるよ」

「約束?」

「約束」


 【力】は頷いた。



 翌朝。

 まだ村に朝靄が残る中、二人は馬に乗った。

 【微】が振り返る。

 村の家々。

 畑。

 厩。

 そして、庵。

 そこには【力】が立っていた。


「家を守ってね!」

「うん、頑張る!」


 小さな声が返ってくる。


 【微】は笑った。


「帰ってきたら、また馬に乗ろうね」

「うん!」


 二人は馬首を北へ向けた。

 まずは無終へ。

 かつて【田疇】が暮らしていた土地。

 そして今は、曹操軍が北へ進むための道筋となる場所。


 その先には、烏桓の勢力圏がある。


 【微】にとっても、そこは自分が暮らしていた土地ではない。

 けれど、草原で育った彼女には、北方の遊牧民がどのように土地を移動し、どのような場所を通るのか、漢人には分からない感覚があった。


 その知識が、この先で役に立つことになる。

 【微】は前を向いた。


 春の風が、二人の背を押していた。

ついに三国志が出てきますが、明確に絡むのはこの年が最初で最後です。

物語の都合上、字は書かずに進めます。


【田豫】

【鮮于輔】の長史。後の魏の護匈奴中郎将・振威将軍・并州刺史。

魏の地方長官になる人だが、今は地方長官の役人。

隣町の役人だが、彼の上司である【鮮于輔】が幽州牧【劉虞】の臣下でもあり、同僚であった事から隠居後も交流があった。


207年

【袁紹】に勝利した【曹操】は冀州を制圧し、【袁譚】を討ち、さらに袁氏の残存勢力を追って北へ進出。

【袁尚】【袁熙】兄弟が烏桓の勢力圏へ逃れたことで、【曹操】は自ら北征に乗り出します。

幽州方面でも、【曹操】に従う者と袁氏側に残る者に分かれていました。


【鮮于輔】は【曹操】に従う道を選び、【田疇】も同調。

そして【田疇】は、北方の地理に詳しい人物として【曹操】軍の道案内を担うことになります。

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