198年① 微、家族を考える
春。
村では、今年も畑仕事が始まっていた。
【微】は朝の仕事を終えると、厩へ向かった。
馬の世話をしながら、村の様子を眺める。
家々からは朝の煙が上がっている。
畑では夫婦が並んで働き、子供たちはその周りを走り回っていた。
【微】は、ふと足を止めた。
以前なら、そんな光景を特に気にすることもなかった。
けれど、村で暮らすようになってから、少しずつ目につくようになっていた。
「【微】!」
声をかけられて振り返る。
村の女だった。
「今日、時間ある?」
「あるよ」
「なら、昼から手伝っておくれ」
「分かった」
女は笑って去っていった。
【微】も笑って見送る。
こういうやり取りも、もう珍しくない。
村へ来たばかりの頃は、頼まれるたびに少し戸惑っていた。
今では、頼まれれば自然に手を動かす。
その時、近くで子供の声がした。
「お母さん!」
小さな子供が、母親のところへ駆けていく。
母親は笑いながら、その頭を撫でた。
【微】はその様子を眺めていた。
「……家族か」
小さく呟く。
「何がだ?」
背後から声がした。
【田疇】だった。
「ううん。なんでもない」
「そうか」
【田疇】はそれ以上聞かなかった。
【微】は少し迷ってから、口を開いた。
「ねえ、田疇さん」
「何だ?」
「私って、もう子供じゃないよね?」
【田疇】は【微】を見る。
「今さら何を言っている」
「だよね」
【微】は苦笑した。
「村の女の人たちを見てたら、ふと思ったの」
「何をだ?」
「私も、そろそろ家族を持つ頃なのかなって」
【田疇】は少し黙った。
「そういう年齢ではあるだろうな」
「やっぱり?」
「ああ」
【微】は腕を組んだ。
「でも、今まであんまり考えたことなかった」
「交易をしていた頃は、それどころではなかっただろう」
「そうね」
【微】は笑った。
あの頃は、どこへ行くか。
何を売るか。
何を買うか。
そればかり考えていた。
村へ来てからも、最初は同じだった。
何を覚えるか。
何を手伝えるか。
どうすれば村の役に立てるか。
気づけば、それから何年も経っていた。
「……でも、今は違う」
「何がだ?」
「明日のことを考える時に、この村のことが最初に出てくる」
【田疇】は黙って聞いている。
「朝になれば仕事がある。
馬の世話をして、村の人たちと話して、子供たちに乗馬を教える」
【微】は村を見た。
「夕方になれば、ここへ帰ってくる」
少しだけ笑う。
「だから、これから先のことも考えていいのかなって」
「好きに考えればいい」
「相変わらず素っ気ないなあ」
【微】は笑った。
「でも、そうね」
しばらく村を眺める。
「結婚するなら、この村がいい」
【田疇】が【微】を見る。
「ほう」
「だって、ここなら知らない場所へ行かなくてもいいでしょう?」
「それは相手次第だな」
「……それもそうか」
【微】は少し考えた。
「でも、できればここがいい」
その言葉に、【田疇】は何も答えなかった。
昼過ぎ。
【微】は村の家で仕事を手伝っていた。
そこには幼い子供がいた。
「【微」おばちゃん!」
「おば……」
【微】の手が止まる。
「今、何て言った?」
「【微】おばちゃん」
「まだお姉ちゃんでしょう?」
子供は不思議そうな顔をした。
「でも、お母さんがそう呼んでた」
「……お母さん、後で話があるわ」
周囲の女たちが笑った。
【微】も苦笑する。
けれど、嫌な気はしなかった。
以前なら、「おばちゃん」と呼ばれることなど考えもしなかった。
今では、自分も村の大人たちの一人なのだと思える。
仕事をして、子供たちの面倒を見て、誰かに頼られる。
それは、昔の自分にはなかった暮らしだった。
夕方。
【微】は庵へ戻る道を歩いていた。
山の向こうには、かつて暮らしていた草原がある。
父も、家族も、そこにいる。
故郷は今でも故郷だった。
けれど、ここにも帰る場所がある。
「……不思議」
【微】は足を止めた。
「帰る場所が、二つあるみたい」
しばらく考えてから、小さく笑う。
「だったら、家族が一つ増えてもいいのかな」
まだ相手はいない。
いつになるかも分からない。
けれど、以前のように「遠くへ行くこと」だけを考えてはいなかった。
ここで生きていく。
その先に、家庭を持つことがあってもいい。
【微】はそう思いながら、庵へ向かって歩き出した。
山の中には、春の風が吹いていた。
微、25歳。
当時から考えても婚期すぎてるんですよね。
まぁ、生業立てれているからと言うのもありますが。




