表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
携行糧食研究部 - 野戦飯には負けられない! -  作者: 泉井 とざま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/15

第15話:温かい野営飯、冷たい恐怖

――ザクッ。

静かな夜気の中で、土を掘り返す鈍い音がひとつ響いた。


その音に焚き火の向こうをのぞき込むと、しゃがみこんだロークが、浅い穴から小さな包みを持ち上げていた。


 パンパンと乱暴にロークが土を払う。

包みはホカホカと湯気が立ちのぼらせ、香草の爽やかな匂いが夜風に混ざって流れてくる。


 小川沿いを少し進んだ先の、灌木がまばらに茂る草地。

そこが今夜の野営地だ。


 焚き火の橙がタープの裏側をゆらりと照らし、灌木の影が長く伸びては、風にたわんで形を変えた。

小川のせせらぎが遠くで絶えず響き、草の青い匂いに湿った土の香りが混ざっている。

夜の空気は頬に触れると、ひやりと冷たかった。


「よし、できたぞ」


 ロークが包みを開きながら短く言うと、焚き火に身を寄せていたオリヴァーが、勢いよく身を乗り出した。


「やった! 待ってました!」


 開かれた包みから立ちのぼる湯気に、私も思わず喉が鳴る。

香草の匂いに混じった兎肉の匂いに、胃の奥がじんわり温かくなる気がした。


 “兎肉の地面蒸し”とロークは言っていた。

香草を揉み込んだ角兎の肉を大きな葉でしっかりと包む。

浅く掘った穴に熾火を移し、その上に包みを置いて薄く土をかぶせ、

最後にてっぺんへ小さな空気穴をあける。


 弱火を保ちながら、地面の中でじっくり蒸す――そんな調理法、私は初めて見た。


 熱気のこもった葉包みと野草のスープ、それと黒パン。

大きな葉を皿代わりに並べられた夕餉を前に、そっと手を合わせる。


「……いただきます」


 葉包みを開くとしっとりとした兎肉が顔をのぞかせる。

ふわりと立ちのぼった熱気が頬を撫で、さっきよりも濃い香りが広がった。


 ひと口、そっとかじる。


――やわらかい。


 歯を立てた瞬間、繊維がほどけていく。

角兎特有の淡白さに、香草の香りと葉のほのかな苦みが重なって、噛むほどに甘い肉汁が舌に広がった。


「あつっ……うまっ……!」


 オリヴァーが素直に声を上げる。

その気持ちは、私もまったく同じだった。


 ふと横を見ると、ロークが満足そうに口の端を上げていた。

焚き火の橙がその横顔を照らし、まるで「どうだ」と言わんばかりだ。


……悔しい。

けれど、美味しいのは事実だ。


 噛むたびに広がる温かさが、胃から体へ、じんわりと全身へ満ちていく。

私の作った保存食では、こんな“温かさ”は得られない。


「湯煎缶詰なら……でも、あれもまだ高いしなぁ」


 思わず小さくつぶやく。

ロークがこちらをちらりと見たが、私は知らんぷりをして、もう一度兎肉にかじりついた。


 悶々としながらも、葉包みを食べる手は止まらない。

合間にピリリと生姜の効いた野草スープをひと口。

甘い肉汁の余韻がすっとほどけて、また兎肉の旨みが鮮やかに戻ってくる。


 わずかに汗ばむほどに体が温まり、水を一口飲んで一息ついた時だった。


 ロークが剣を抜いた。

シャン……という金属の擦れる音が、焚き火のはぜる音を断ち切る。


「後ろだオリヴァー、いそげ」


 ロークの低く短い声に反応して、オリヴァーがグイっと私を引き寄せた。


「きゃっ……」

「ごめんアニー!」


 オリヴァーが空いた手で地面を叩く。

すると背後で土がうねるような低い音が響き、何かがせり上がる気配がした。


 その直後、オリヴァーは大盾をドンと地面に突き立てるように構えた。


「だ、大丈夫……ま、守るだけなら、できるから……」


 震えているのは声だけじゃない。

盾を握る腕も、足元も……震えが、すぐ後ろにいる私にまで伝わってきた。


 「わ、私も戦える――」


 何かしなきゃと、杖を握りかけたところで――


 小さな土壁の向こうで、獣の咆哮が重なった。

ひとつじゃない。

何匹も、何十匹もの獣の声が耳の奥がビリビリと震わせた。


 驚く間もなく、土壁にドンッと衝撃が走る。

ドンドンッ…ドンッと続けざまに土壁が揺れ、砂がぱらぱらと頭に落ちてくる。


 息が止まった。

胸がひゅっと縮んで、杖を握る手が勝手に震えだす。


――無理。

こんなの、戦えるわけがない。


 気づけば私は、へたりとしゃがみ込んでいた。

視界は盾と土壁に塞がれ、何も見えない。

ただ、外の音だけが容赦なく押し寄せてくる。


 どれくらい、そうしていたんだろう。

十秒か、十分か、一時間か……時間の感覚が、ぐにゃりと歪んでいく。


 必死にこん棒を振り、戦うオリヴァーを見たような気がする。

獣の咆哮か、誰かの悲鳴か――何かが聞こえた気もする。


「……アニー? 大丈夫?」


 はぁ、はぁ、と息を切らしたオリヴァーに声をかけられるまで、その間のことは、ほとんど覚えていなかった。


 オリヴァーに手を引かれて土壁の外へ出ると、少し離れた場所でロークがしゃがみ込んでいた。

何をしているのかは、暗くてよく見えない。


声をかけようとしたその瞬間、雲が割れ、月あかりが差し込む。

淡い光に照らされて、ロークの腕や胸元が赤黒く染まっているのが浮かび上がった。


「ロークさん! 大丈夫ですか!」

「来るんじゃねぇ!」


 慌てて近寄ろうとした私を、大声で制す。

いつにない剣幕に、ビクリと体が固まった。

それでも、なんとか声だけ絞り出す。


「で、でも……血が……」

「俺のじゃねぇよ。全部、返り血だ。」


 ロークは短く息を吐き、こちらを見ずに低く言った。


「そこらに触るなよ。こいつらの血、毒が混じってやがる」


 月明かりに照らされて、ようやく周囲が見えた。


――そこら中に、狼の死体が転がっていた。


 闇に溶けるような黒い毛並み。

子供ほどの大きさのものが、何体も、何十体も。

その奥には、ひときわ大きな銀色の毛並みの個体もいた。


 咽かえるような濃い血の匂いが、あたり一面に重たく漂っている。


 足が震えた。

こんなのが……あの土壁の向こうに、押し寄せていたんだ。


「オリヴァー、解毒薬をくれ。」


 ロークは返り血を拭いながら、息を吐くように言った。

オリヴァーが慌てて袋を探り、瓶を取り出す。

ロークはそれを受け取り、一気に喉へ流し込んだ。


「荷物をまとめろ。すぐに移動するぞ」

「え……?」

「血の匂い他にも集まってくるかもしれねぇ。それに……いや、とにかく急げ」


 言い淀むロークが、銀色の狼をちらっと見たような気がした。

急かされるままに、オリヴァーと二人、バタバタと荷物をまとめる。


 風に紛れて、ロークが何か小さく呟いた気がした。

けれど、言葉までは聞き取れなかった。


「……肉が無駄になるのが気になるだけだ」


 ロークの言葉に、私はただ素直に感心した。

命を無駄にしない、その姿勢がちょっと格好いいとさえ思った。


 おかしいなんて、少しも感じなかった。


――ダンジョンの奥深くにいるはずの銀色の狼が、どうしてこんな浅い場所に現れたのか。


 そんなこと、私が知る由もなかった。

☆や感想を頂けましたら、これ幸い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ