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タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する  作者: 雨香
第2章

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正体 リリside & シェイドside


「施術中だよ?リリ、だめじゃないか。ネズミに(そそのか)された?」


施術中という割に和装のままの臣君が切れた扉の向こうに現れて中の暗さに怯む。


入り口から差し込んだ月明かりのおかげで見えた処置台には人が乗っておらず、何か赤黒い塊がのっていて、声にならない声が出る。嫌な汗がダラダラと流れて目がチカチカする。

黒い塊にみえたそれは、人だったものの肩から手までが袈裟懸けに切り取られた部分。大きさから言って子供のような


——臣君の口元におびただしい血。


臣君の口元から胸元にかけておびただしい赤黒い血がついている。


「わ~もしかして、もしかしなくても食べてたか~気配がおかしいと思った~」


え?人を?子どもを?臣君が?


「臣、くん、何を……?」


「何って、魔力、取り込まないと僕仕事できなくなっちゃうよ?」


「取り、こむ……?」


「体から魔の魂は沢山溢れてくるのにさ、僕、悪意が無いから僕の中じゃ育たないんだよねぇ。だから他人に入れて育ててもらったの。一日一人一番高額な謝礼金を出した奴だけ治療するって言ったら、喧嘩に賄賂に恐喝にって、培養に必要な触媒がすぐあつまったよ。みんな浅ましいよね」


「魔獣を、作っていたの?人で?」


「うん、魔獣にまで育った奴はリリのちからで弱まるし楽に仕留めて僕の魔力の糧になってもらったんだよ」


臣君は何をいっているの?


「わ~薄々気づいてたけど、やっぱりそうか~下衆いなぁ~」


「本当は魔力の高いそこのネズミ達に植え付けて食べようと思ってたのに、バレちゃった。まぁ、別に一生懸命隠そうとしてたわけじゃないけど……。食べちゃえば一緒だし。僕はリリと穏やかに過ごせればそれでいいんだよ」


「あ、何で、あれ、子ども?殺して、食べ……」


「リリ、こっちにおいで」


臣君はそれには答えず口元を(たもと)で拭いながらわたしの手をぐいと引っ張った。


とたんズンっと地震のような揺れを感じ、空気が一瞬重くなって、私達の周りで風が渦を巻いた。土ぼこりが舞って周りが灰色になっている。


「な、何?」


見ると処置室の壁がぐるりと一周腰ぐらいの高さで切り取られ、天井ごとなくなっていた。土煙の中から夜空の星がキラキラ見えて唖然としてしまう。



————「俺の妖精に(さわ)んなよ?」


いつもよりすごく低い、大好きなあの人の声。


振り返ると剣を抜いたシェイド様が臣君を見据えている。


「団長~遅い~あと証拠が無くなっちゃうよ~」 


え?これ、シェイド様がやったの?

建物半分無いけど、上半分はどこへいったの?

臣君の拘束が外れてぺたんとその場に座り込んでしまう。


————「おまえ、部下がつけた手の傷はどうした?」  


「あぁ、あれ?治したよ?僕、医者だから」


「のわりには縫合痕(ほうごうこん)すらねぇな」


シェイド様は億劫そうにゆっくりと近づきながら話す。

後ろに三人立っていて、そのうち二人はクリストフさんとアラン君だと気付く。

館の周りがザワザワと騒がしいので騎士団も沢山配置されているのかもしれない。


「腕がいいんだよね。何でもできちゃうんだよ、僕」


「喰って修復してんのか」


シェイド様の目に光がない。

声に怒りと殺気がこもってるのがわかる。


「クレッグ、アレックス、リリを守れ」


「もうやってるよ~」

「あまり暴れるなよシェイド」


気づくとクレッグ君が左手で魔法陣を出して、私の周りに透明な膜を作ってくれていた。

これのおかげで瓦礫に当たらなかったんだと分かる。多分、シェイド様の殺気も。


焦茶色の短髪のお兄さんが大きく飛躍してグルッと上空で回転し、私の前にトンッと着地して剣を構えた。


「アレックスさん~僕上と背後ね~」


「分かった。傷一つつけるなよ。シェイドがキレる。ただでさえここんとこ機嫌最悪なんだ」


「知ってた~」


「な、何?」


「妖精ちゃんはさ~、団長が戦ってるのちゃんと見ておいた方がいいと思うよ。自分が誰に守られてるのかちゃんと分かった方がいい」


「……どう、いう意味?」


「ん~見てればわかるよ」


一瞬で私の前から移動した臣君の刀とシェイド様の剣が打ち合う音がする。

カキーンッ、カキーンッと聞きなれない金属音と風圧が数メートル先で現実にあり、恐ろしさで涙が出てきて止まらない。


シェイド様が後ろにどんどん押されて行って、彼を失う恐ろしさもあいまって、悲鳴の様な声が出た。


「やめ、やめて!臣くんお願い!やめてぇ!!」




◇◆◇

◇◆◇





「ほら、いつもリリは僕にお願いするんだよ。代理君は引っ込んでて欲しいんだけど」


「リリの考え方の癖はお前のせいか」


無意識に自分が我慢する方を選ぶ。

すぐに人に合わせようとする。

迷惑をかけることを極端に怖がる。


「リリの(おも)い人がお前なら——俺の妖精はなんでわらってねぇんだよ」


打ち合いながらわざと後退して、リリから十分に距離をとってから軽く足払いすると、思った通りすぐに尻餅をついた。


「お前の剣技は形稽古(かたげいこ)みたいだな。わざとか?それとも舐めてんのか?」


俺の言葉に顔を歪めた臣が袖内から兵器を取り出し構える。

目の端でリリが息を呑んだのが分かった。


ズパーンッ、ズパーンッ、ズパーンッと三発の兵器が放たれて俺に向かう。


リリの恐怖の原因がこれなら、拭い去ればいい。


頬をかすめるように一発目を避け、二発目と三発目は剣で叩き落とす。

怯んだ臣の襟首をつかみ、首元に剣を振り下ろした。


「なんで俺らが兵器を使わないかわかるか?んなもん、自分でできっからだよ。それにお前、その剣使いこなしてねぇだろ。振り回すだけじゃただの棒なんだよ下手くそが!」


「あはは!…………僕を殺しても、僕の中の魔の魂が分裂するだけで意味ないよ?君らは殺せば消滅してると思ってるでしょう。そんな訳ないよ。戻るだけだよ?一つに集まればまた僕になるんだよ」


今にも首と胴が離れそうな状態の臣が、カクンと不自然な方向に垂れた首の切り口から大量の黒いモヤを吹き出しながら何でもないように喋る。


「……チッ、めんどくせぇ体だな?」


「さあ、動き出すよ?どうするの?あの人達、みんなまだ生きてるよ?」


周りの気配を確認し、ため息がでる。


「はぁ、ほんと、めんどくせぇ」


人型魔獣が一帯をとりかこんでいた。


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