後悔
「お嬢様は最初からあの者が来ることを分かっていたとしか思えません。大切にしていらっしゃる物が数点、小さい物のみなくなっておりました」
ケイトの言葉に歯噛みする。
あの日、あの夜、接触があったのかとすぐに気がついた。
「初めから怯えておいででしたわ。同郷の方のようですが、不自然なほどに従順といいますか……小さい物のみお持ちになったのも、あの者から隠したいお気持ちだったのでしょう」
「ああ。リリが持っていった物を一応教えてくれ」
「手鏡のコンパクトと、琥珀のアクセサリー、それと公爵様の隊服のボタンですわ。大切にされていたクマの玩具から外されておりました故、すぐにわかりました」
「…………手鏡は何だ?」
「…………坊ちゃまの移糸画が入っております」
スランが渋々というように答える。
「わぁ~、妖精ちゃんめちゃくちゃ団長の事好きじゃ~ん!代わりとか言っちゃって、あのストーカー野郎は分かってなさそうだったけど~」
「クレッグ、あの変わった剣はどうだった?」
「う~ん、間合いが広くて戦いにくいけど、全く無理って訳じゃないよ~、パワー系じゃなさそうだったし」
「クリフ、何か分かったか」
「移転枠に不慣れなのか、わざとなのかは分かりませんが、簡単に追跡出来ました。例の診療所の持ち主の様ですね。領の記録によれば臣•橘と。大胆にも異世界の本名で医師として登録してありました。歳は二十九、納税等に不備はありませんが叩けば埃は出そうです」
「シェイド、公爵邸の外周に十体の人型魔獣の死骸が転がってた。奴らに無理やり防御壁をこじ開けさせたようだ。既に消滅しているが一体だけ瀕死の状態の物がいた。現在父上が封じ込めている」
アレックスの報告に立ち上がる。
「アラン!テオについていてやれ」
「いえ!弟は大丈夫だと先程医師による見立てがでました。僕も行きます」
それには答えずに外に向かう。
移転枠を見て、青い顔を更に青くしたリリの唇を噛んだ姿が脳裏から離れない。
代わりなんかじゃなかった事は、馬鹿な俺でも分かる。俺と似た顔に一瞬でも戸惑った事に後悔する。
こうなる事が分かっていたから俺に抱かれに来たんだと今更気がつく。
「クソが!」
抑えきれない殺気が公爵邸に響く。
◇◆◇
「リリ、起きて。熱があるね、薬飲めそう?」
「臣、くん、ここは?」
慣れ親しんだ畳張りの広い和室に驚いて身体を起こそうとしたけれど、うまく力が入らない。
「僕とリリのうちだよ。日本家屋にしたんだよ。落ち着くでしょ?この部屋は中庭に続く縁側もあるよ」
中庭、というには広すぎるお庭に目を見張る。普通ならばすぐに見えるはずの塀や外壁が見えず、見渡す限り遠くまでお庭の様相をたもっているので、相当広い敷地なのだということがわかる。
「リリ、疲れちゃったのか熱が出てねむっちゃったんだよ。りんご、擦ってきたよ食べれる?」
「あ、うん……」
頭がぼんやりする。
「ゆっくり休めばいいよ。もうずっとここにいられるんだから。僕ここで診療所やってるんだよ。この世界は日本ほど医療が発達してる訳じゃないから、評判なんだよ?沢山働かなくてもお金は入るし、リリはここにいれば僕との時間はたっぷりとれるから、看護師の夢はあきらめようか。ちょっとリリが人気者すぎて患者さんの前には出せないんだよねぇ。毎日患者だけじゃなくて、リリ目当ての貴族とか商人とか司祭とか……ほんとに掃いて捨てるほど来ちゃって困っちゃうよね」
「あ、そう、なの?」
「公爵邸にいた時も来ていたはずだよ。代理君がうまく追いやっていたみたいだね。代理君は駒が多くてうらやましいよ」
代理君?シェイド様の事?
臣くんはニコニコしているのに、目は笑ってなくて怖い。
「代理君達がここの警備をしてくれるって。さすが神の子だね、国の重要人物扱いで代理君自ら来るみたいだよ。大袈裟だよねぇ。僕の魔力が安定するまでの期間限定でしかさせないけどね。早く静かに暮らしたいね」
「臣君は、何で魔法がつかえるの?」
「何でだろ、こっちに来た時すぐに使い方が分かったよ?リリは使えないの?」
「わた、私は何も」
「いいんだよ。何にもできないリリが可愛いんだから、全部僕がやれるから大丈夫だよ」
「ど、どうやって、ここに?」
違う世界に入るには魂の状態でないとできないはず、臣君も病気とか事故とか何かあったのだろうか。
「リリが死んじゃってから、僕どうしようかと思っちゃって。外科医辞めて精神科に転科したんだよね。自分で自分を治そうとしたんだけど……やっぱり無理でリリの事追っかけてきたの。まさかこんな世界で二人でやり直すことができるなんておもわなかったよ」
「追っかけた……って……どういう……」
「リリの骨壷だいて、手首切った。僕の血と混ざる様に。そしたらずっと一緒にいられるかなって」
ヒュッっと喉から音が出たけれど、叫び声にはならなかった。




