迎え
「…………朝…………?」
「…………はよ」
「私、シェイド様と…………」
「まってろ、今水やるから。無理させた自覚はある。悪かった」
「シェイドさま、大好き」
「…………俺の妖精が朝から俺を煽る……」
「ふふふ、身体、全然うごかないや」
「………………………………メイルを呼ぶ」
「ばあや、びっくりしちゃうね」
「……………………」
シェイド様は無言でベット脇の石を触るとどこか遠くの方でチリンと音が鳴った様な気がした。
程なくして控えめなノックと共にばあやが入室して、驚いたばあやによって室内はお祭り騒ぎになってしまい、シェイドさまが呆れていたのが楽しかった。
ベットから起き上がれない私にシェイド様が手ずからお世話をしてくれて、ずっとこのまま時が止まればいいのにと思う。
夕方になって、やっと起き上がれた私は準備を始める。
もっていける物と、置いていかなければならない物。
公爵邸は私の誕生日パーティーを内輪で開くために上へ下への大騒ぎだ。
シェイド様の移糸画が入ったコンパクト鏡
持っていけるものはこれだけ。
テディベアからボタンを外して、琥珀のピアスとネックレスと一緒にコンパクトの鏡裏の小物入れに隠す。
お気に入りのエンパイアドレスに着替えてコンパクトをポケットに入れる。
臣君に見つかったら何でも取られて捨てられてしまうだろう。目立つものは持っていけない。
幸せを貰いすぎて満足したのか、涙は見せなくて済みそうだ。昨夜の思い出だけで一生を過ごせる気がする。
「姫様!公爵様がもう少しでいらっしゃいます!パーティー会場は一階のホールです!」
「ふふ、テオくんありがとう。テオくんは立派な執事さんになるね」
室内はテオ君と私とケイトさんだけだ。
一人ずつ、さよならが言えないのが心残りで悲しい。
窓は空いていないのに風が通り、その時が来たのが分かる。
——————「リリ、迎えに来たよ」
「お嬢様っ!!!!!」
ケイトさんの悲鳴の様な叫び声でぼんやりしていた思考が現実に戻る。
私の肩を抱いた臣君は先日と同じ萌葱色の着物に濃紺の羽織り姿が薄明かりに映えて美しい。
「じゃあ行こうか、リリ」
微かに頷く私を見て、ケイトさんが顔色を変える。
「お嬢様っ!!お待ち下さい!!どなたかは存じませんが私もお連れ下さいまし!!後生でございます!!」
「リリに従順な者はいらないんだよね。リリを可哀想に思うのは僕だけでいいんだ」
その瞬間すごい勢いで亜麻色の髪の少年が突っ込んできて目の前で回転したような気がするけれど早すぎて、よくわからない。
ガキーーーーーーーンッと金属音が鳴り、次の瞬間にはもう亜麻色の髪の少年が臣君に剣を振り下ろし、臣君が日本刀でそれを受け止めていた。
「クレッグ、引け!!」
シェイド様の怒号が飛ぶ。
「わぁ~本当に可愛いねぇ。団長、コイツ一応受け止めたね~そこそこやるんじゃない?」
「リリが怪我する、引け」
怪我?と思ったら臣君が左手に持った短剣を私の首に突きつけていた。
亜麻色の髪の少年が大きく後ろにジャンプすると、剣を構えたシェイド様が見えた。
「ヤァ遅かったね。今日は駒を配置してないから、ここにいるんじゃないかなと思ったよ。ふーん、成る程君か。僕と雰囲気がにているね?リリの初恋は僕だから、僕の代わりにした?ならもう必要ないね?君、僕の代わりにリリを守ってくれたんだってね?」
「何を……?」
シェイド様の困惑した声が胸を突く。
やめて、やめて。
「シェイド、さま……」
「リリ?僕の前で他の男を呼ぶのは良くないよ?」
臣くんはにこっと笑って短剣を私の首に添えたまま刀をしまい、何でもない風にテオ君を——撃った
ズパーーン!!という大音量と、臣君から伝わる反動。火薬の匂い。
うずくまるテオ君と床に広がる血。
「あ、あ、やめ、やめて、もうやめて、お願い臣君!」
「リリ?僕なら治せるよ。僕の職業、知ってるでしょ?」
皆何が起きたのか分からず唖然としている。
この世界に銃はない。
「魔法って便利だよね?人体の事わかってれば、外科手術も簡単だ。外科医の僕ならすぐにできるけど、どうする?リリが僕とくるなら、なおしてあげる」
「あ、あぁ、テオ君、ごめ、ごめんなさい。臣君、私ちゃんと行くから、お願い、お願いだからテオ君を助けて、おみ、くん……」
足がガクガク震えて涙が止まらない。
私のせいだ。
「よく出来ました。じゃあすぐ治すね」
臣君はにっこり笑って手から魔法陣を出すとテオ君がフワリと浮いて、金色の糸の様な物がテオ君の傷口に集まり始めた。
傷口がみるみる縫合されていく。
「はい、出来たよ。あとは三週間ほど安静にね。お大事に」
「お前、俺の婚約者から手を離せ」
シェイドさま、もう名前も呼べない。
「あれ?婚約者なんて、僕らには関係ないよね。生きる世界が違うもの。天使とか妖精とか言われてるの知ってるけど……リリはリリなのに。分かってないなぁ。あぁ、これでもリリは君の妖精かな?」
臣君が私の髪を一房持ち上げてキスを落とすとそこからザーーーッと潮が引くように黒く染まっていった。
「あ、あぁ…………」
シェイド様がみてる。どんなお顔で?確かめるのが怖い。
「あれ?言ってなかったの?ぼくらは元々この姿だって。言えなかった?大丈夫だよ、僕は元のリリの方がすきだよ。銀髪なんてリリらしくないよ。
僕だって黒いままだし、これで全部元通りだ」
顔色の悪い私を見て臣君は楽しそうに笑う。
「代理君、諦めてないって顔だね。別に攫っていくわけじゃないし、リリの希望だよ?ふぅん、ほんとに僕と似ているね?ちょうどいいや、君達がうちでリリの護衛につけばいいんじゃない?僕はかまわないよ」
そう言い残すと臣君は私を連れて移転した。




