療養
シェイド様は私をベットまで連れてくると、そのまますぐに部屋を出ていってしまった。
あまりの変わり様に言葉が出ない。
突然突き放された様で呆然とする。
ベットに連れてこられたけれど、横になることもできず、ぺたんと座り込んだままだ。身体が重いのに、寝るのが怖い。
あぁわたし、何でかはわからないけれど、元の世界で眠った拍子に、こちらにおちたんだ。
だから、眠るのが、怖い。
「失礼致します」
メイルさんだ。心なしか青ざめて見える。
「リリ様……数々のご無礼、お詫び申し上げます。メイルと申します。何なりとお申し付け下さいませ」
どうしよう、ずっと頭を下げたままだ。
「皆んな……元に戻って…………お願い……」
涙が後から後から流れてきてシーツにパタパタ吸い込まれていく。
熱がまた上がってきてるのが自分でもわかる。
「リリ様——」
「助けて頂き、ありがとうございました。メイルさんが優しくしてくれた事、覚えております。シェイド様も急に変わってしまわれました。なぜっ——!」
「リリ様それは……リリ様が尊いお立場の方だと分かったからですわ」
熱が上がったせいか、また思考が溶けていく。
悲しい、眠い、怖い。
「リリ様、どうぞ横に——」
フルフルと首を振るだけの人形になったみたいだ。涙腺が壊れたかの様に涙が出て止まらない。
パァーーーン っと乾いた音が響いた。びっくりして見るとメイルさんが自分の顔を両手で叩いた音だった。
「お嬢様、いつものメイルはここにおりますよ。あらあら、お可哀想に、シェイド様のせいですねぇ。お嬢様を不安にさせて、ダメですねぇ」
「めいる、さん……」
「メイルは今からお嬢様のばあやになりますわ。えぇえぇ、そうですとも、ばあやなら多少の不敬は許されるというものです。お嬢様をお育てする義務がありますもの!我が公爵家にはお嬢様のじいやもおりましてよ。後で紹介しましょうね。わたくしの夫なんですの!」
優しい思いやりが暖かい。
熱が高く、言葉がうまく紡げない。
「ばあ、や……嬉しい。シェイドさまに、会い、たい…………」
「っ——!お嬢様、後で一緒にシェイド様をとっちめましょう!ばあやにおまかせ下さいな。今はお身体を休ませましょうね」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてもらい力が抜ける。そこで私は気を失った。
◇◆◇
「お心が弱っていらっしゃる時に、何てことを!それでもシェイド様に会いたいと健気におっしゃって……」
「っ……!眠る事に恐怖を感じている節がある。スラン、もう一度医者の手配を」
「既に手配済みでございますよ。
坊ちゃま、下手を打ちましたな。か弱き乙女を気を失うまで追い詰めたなど、先代に何と報告したらよいか」
「墓場のジジイになんぞ何とでも報告しとけ。落ちビト様だぞ。我が国では神話に出てくる聖女のことだ。王族と同じだ。いやそれ以上か」
「あんなに憔悴させてしまって!!」
「リリ様の事はメイルに任せる」
「何という事を!!それでも男ですか!!」
「そもそも俺なんかの所にいていいお方じゃないんだぞ。異例だが聖教会自らこちらに来るそうだ。待てができん奴らだ。今ごろお祭り騒ぎだろうよ」
「そんな事分かっております!それでも、公爵家にいる間は心安らかにお過ごししてほしいのです!!」
「…………一人にしてくれ」
スランとメイルの二人が出ていった部屋の扉が閉まるのをため息をつきながら見守る。
「くそっ……!」
魔獣の血で容姿さえもわからない時から惹かれていた少女が、本格的に手が届かない存在になった。
「元々俺のものじゃねぇのにな」
それでも公爵家にいる間は健やかに過ごしてもらいたい。
王城に上がった後も、後ろ盾になってやりたい。
いや、後ろ盾になりたい奴らなんか五万といるだろう。
「俺に何ができるってんだよ」
◇◆◇
「おはようございますお嬢様 庭のスイートピーが見頃ですのよ。お庭で朝食にいたしましょう!」
「ばあや!うん、そうする」
公爵家に来て一週間が過ぎた。
その間にお医者さんに診てもらって、強めの睡眠剤をもらって飲んでいる。
眠る事ができる様になって魔熱も出なくなってきたし体力も戻ってきた。
シェイド様には全然会えていない。
避けられてる……様に思う。
館の主人に避けられているのにここに居座っていいのかなやんでいたら、ばぁやにめっちゃ叱られた。
それに王様と会って、王城で暮らす事が決まっているそうだ。
私の体調が悪いからとそれを待ってもらっている状態なんだそうだ。
自分の人生の事なのに、外部が行き先をきめていく。
私の人生はいつもそうだ。
十二歳の時に両親が事故で亡くなって、私は親戚の家を転々とした。誰も私を引き取りたくないと言ったので親戚が持ち回りで私を見る事になったのだ。一年ごとに、転校だった。
十六の時、見かねた母方の祖父が引き取ってくれた。
年頃になっていたし、歓迎されない家庭での居候に限界を感じていた私を助けてくれたのだ。
祖父は高齢なのと、祖母が亡くなっていた事で最初の話し合いの席にいなかったそうだ。
引き取ってもらった時まで会ったこともなかった祖父だったが、優しくて穏やかな人だった。母がなぜ祖父と絶縁していたのかは分からずじまいだ。
祖父の重荷になりたくなくて高校卒業と同時に就職した。
私の就職先が決まった矢先に祖父も亡くなって、やっぱり私は一人になった。
就職先に慣れることなくこちらの世界に来る事になってしまったけれど、あちらの世界にも、こちらの世界にも、私には何もない。




