公爵家
「立てるか? 見た感じ怪我はないがちゃんと医者にみてもらおうな」
言われて立ちあがろうとしたけれど、足が全く言う事をきかない。産まれたての子鹿のようで情けない。
「あ~、無理そうだな。少し触るけど、いいか?」
私がこくんと頷くと、イケメンさんはまた以外そうな顔をし、やっぱり何にも言ってくれなかった。
「じゃ、行くか。綺麗にしてもらおうな」
フワッと横抱きに抱き上げられてジワジワと顔に熱が集まる。赤くなっても、どうせ血まみれなんだけど。
「大丈夫だ、すぐ付く」
低音の声からイケメンさんの優しさが伝わってきて無意識に首に手を回して抱きついてしまう。
イケメンさんは一瞬ビクッとしたけれど私の好きにさせてくれた。私についた獣の血が彼についてしまった事に今更気がついて申し訳なくなる。綺麗な制服に血が付いてしまいたまらない気持ちになるけれど、イケメンさんは全く気にしていない素振りだった。
演技だったとしても、その優しさが嬉しい。
「怖く無いか?俺で悪いな」
なぜさっきから謝ってくれるのだろう。
嫌な事なんて何もないのに。
「あ、あれが怖いです。あなたは、怖く無い」
「………………気を使わせたな。あれはただの移転魔法だ。見た事ないか?」
ブンブン首を振る。
「見た事ない?へぇ。大丈夫、怖くはない」
「で、でも……あれに似たものを通って高いところから落ちたの……だからっ……」
ガタガタと身体が震え出す。イケメンさんが抱いた腕で器用にポンポンと身体をさすってくれた。
「目、つぶってろ。魔獣の血は体に良くない。早く落とすためには移転するしかない。大丈夫、落とさない」
イケメンさんが歩き出したので私はギュッと目をつぶってやりすごそうとしたけれど、カタカタとした震えは治らなかった。
「着いたぞ、もう大丈夫だ」
「坊ちゃま、用意はすんでおります。そのまま浴室まで運んで頂ければ。後はメイルにお任せを」
「あぁ、頼む。あと坊ちゃまはやめろ」
「さぁこちらです、坊ちゃま」
「…………チッ」
終わったの?またあの膜みたいなやつに通ったの?何かが割れた音はしなかったし、私はイケメンさんにくっついたまま。大丈夫。大丈夫だ。
自分に言い聞かせているのに、身体の奥から沸き起こる小刻みの震えは治らなかった。
「んまぁ~~~~、お可哀想に、今綺麗にして差し上げますわ。メイルにお任せくださいな!」
大きな声がかかるけれど、身体が重くて動かない。ぎゅうぎゅうとイケメンさんにしがみつく力ばかりは湧き起こるので生物の本能だろうか。この人は、安心だ。
「あらあらあらあら、シェイド様を離しませんねぇ。シェイド様、そのまま浴室へお願いしますわ」
「あぁ、一番広い浴室をつかってやれ、体温がさがっている。魔熱が出るかもしれない。血を早く落としてやりたい」
「承知しておりますわ。お任せ下さいませ」
浴室に入ったのだろう、湿度の高い暖かい空気に変わったのが分かった。
この人から離されるのが怖い。
もう、おかしな事はたくさんだ。
「シェイド様……もうようございますよ、といいたい所ですが、ガッチリくっついておりますねぇ」
「…………もう大丈夫だから綺麗にしてもらおうな」
力なくふるふると首を横にふる。
「お身体が強張ってるんですわ、ちょっと失礼しますね」
そぉっと優しい腕が私の顔を包み、メイルと名乗った人のあったかい胸元に顔だけ抱き込まれる形になった。メイルさんの胸元に獣の血がつく。
人の体温が心地いい。うとうとと瞼が重くなり力が抜ける。
その間に私は浴室におろされて、イケメンさんはいなくなっていたけれど、うとうととまどろんでいた私は気が付かなかった。




