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第12話 麗しの次期監督官

 ぽんっ、とちゅるるが小鳥に戻る。


 ……あ、やばい。


 地上までは、数メートルほど。

 次の瞬間、足の裏に何かが当たり、ぐしゃっ、と嫌な感触を残して潰れた。


「……やっちゃった」


 足下を見れば、ヘドロみたいな腐った肉が、あちらこちらに散乱している。

 人の形を残した部分も多々あるから、これって……アレだよね。ゾンビだよね。

 ……ううぅ、気持ち悪い。ゾンビ、踏み潰しちゃったよ。


「なんだ、貴様等はっ!」


「――おぅ?」


 うっかり変な声ができた。

 顔を上げると、銀色の鎧を着た騎士っぽいお兄さんお姉さんと目が合う。


 軽く周囲を見渡してみると、まず横転した馬車が目についた。

 横転した馬車を囲うようにして騎士っぽい人たちが、5人。


 彼や彼女らを囲うのは、ゾンビゾンビゾンビ、またゾンビ……。


 馬車を護衛する数人の騎士っぽい人たちを除いた数十人のお兄さんお姉さんが防壁となってゾンビの進行を食い止めている。


「なるほど……」


 状況は理解できた。


 ゾンビに襲われ、馬車が横転。馬車を捨てて逃げようとしたところ、ゾンビに分厚い包囲網を敷かれ、逃げるに逃げられず、やむを得ずこんなところで応戦、って感じかな?


「ど、どこからやってきた貴様たちは!」


 ちょび髭を生やしたお兄さんがロングソードを突きつけ、けんもほろろに問いかけてくる。

 見た感じ、周りの人たちよりも年長っぽい。この人がリーダーさんかな?


「落ち着いてください、ぼくはヒトです」


 両手を上に上げて無抵抗をアピール。


「し、死んでないのか?」


「幸いに」


「空から落ちてきたように見えたが?」


「少しなら空を飛べる従魔を使役しているので」


「従魔を使役しているだと? 魔獣使いか? それとも召喚魔法使いなのか?」


「いえ、ただの村……冒険者です」


 嘘は言っていない。


「冒険者がどうして……いや、察しはつく。大方、依頼か何かで森に入ってゾンビに襲われたのであろう?」


「そんなところです。あなた方は?」


「我らはデウス教会騎士団だ」


「騎士様が……こんなところで何を?」


「新任の監督官様の護衛し、フレイルの街に向かっていたのだが……ゾンビに襲われてな。ゾンビごときと侮ったが、フレイルの街に近づくほどにゾンビは増え、これいかんとジルタスに戻ろうとしたのだが、馬車が大岩に乗り上げてしまい、転倒してしまったのだ」


「なるほど」


「馬車の修理は終わったのだがゾンビに人手を取られて馬車を起こすことができぬのだ。頼む、力を貸してくれ!」


「馬車を捨てて逃げればいいのでは?」


「貴人を馬に乗せるわけにはいかん! それに、馬車には重要な書類や貴重な一品が詰め込まれているのだ。ゾンビなどに恐れを成して、それらを捨て置いて逃げたとなっては一生の物笑い、騎士の名折れ。……頼む! 我らの面目のためにも手を貸してくれ! 謝礼は弾むから! なっ! なっ! なっ!!」


 ちょび髭に泣きつかれた。必死すぎてドン引く。猫の手も借りたい状況らしい。

 命よりも大事なことなのだろうか、と思ったけど……まあ謝礼は美味しいね!


「わかりました」


 とりあえず馬車だ。


「ありがたい! 今、人で集めるから――」


「結構です。ざおー、馬車を起こして」


「うほほん!」


「《真価を示せ!》」


 ざおーが元のアンゴルモアトロールの姿に戻ると、周りにいた騎士のお姉さんお兄さんはロングソードの切っ先を一斉にぼくらに向けた。


「だ、大丈夫で~す」


「うほっ!」


 ぼくを倣い、万歳するざおー。


「な、なんだ、その魔物は?!」


「ぼくの従魔です。力持ちなので彼に馬車を戻して貰おうかと……」


「お、おお! そうだったのか、先にひと言――いや、時間が惜しい、やってくれ! ただし、そーっと、そーっと――」


「ざおー」


 うほっ、とざおーは応え、横転した馬車に手をかけてる。

 ちょび髭が何か言っていたようだけど、その頃には、よ~いっしょ! って感じに、 


「きゃ!」


「――んん?」


 馬車を元に戻したら、中から、ごろんごろんっ、と何かが転げ回るような音がして、悲鳴が聞こえてきたんだけど……も、もしかして、ぼく、やっちゃいました?


「だ、誰か……中に?」


 ぼくの問いに、騎士のお兄さんお姉さんは苦笑い。

 ちょび髭はかーっと顔を真っ赤にさせて、


「貴人がおると言ったではないか!」


 ……中にいるとは聞いてませんが!?


「すっ、すみません! 中をろくに確認もせずに……」


 とりあえず謝っておく。謝礼のために。

 うう、嫌な予感。ちょっと中を確認してみよう。そ~っと馬車の中を覗くと、


「――あっ!」


 ひっくり返ってペチコート丸見えの女の子と目が合った。

 慌てて女の子は正座して居住まいを正す。

 綺麗な女の子だった。

 光り輝くような銀髪を長めに切り揃えた、笑顔が似合う、優しそう女の子。

 年は、ぼくと同じくらい。14才か、15才。

 彼女が貴人ということは貴族の令嬢か何かなのだろうか?

 でも、着ている服装が……修道服だ。

 教会での一件を思い出し、ちょっともやもやしてくる。

 なぜ、こんな綺麗な子があんなとこの服を? ドレスの方が似合うのに。


「団長、ダメです! ゾンビ共の包囲が厚すぎて打ち破れません!」 


 騎士のお兄さんがちょび髭に怒鳴りつけるように言った。

 ちょび髭は「ぐぬぬぬぬぬっ!」と唸り、


「総員、騎乗! これより突撃を駆ける!」


 ちょび髭の命令に一帯がざわめく。

 無理もない。

 馬で突撃を駆けるにしたって速度を出すための助走距離さえないのだ。


 このままではゾンビの群に、ただ馬で入り込むだけ。結果、馬から引きずり下ろされるか、馬ごと押し倒されて、あとはゾンビの胃袋で消化もされずにただ腐っていくだけだ。


「ちょび……いえ、団長さん」


 呼び止めると、団長さんは横顔をぼくに向け、革袋を投げて寄越した。


「少ないが、我が輩の今の手持ちの全財産だ」


「あっ、ありがとうございます」


 謝礼っぽい。うんうん! じゃらじゃらとなかなか羽振りの良い音がする革袋だ!


「ジルタスでよければ馬車の屋根にでも乗っていくがいい」


「団長さんは? 本当に突撃を?」


「うむ! この栄誉をもって騎士墓稜に迎えられるだけよ!」


 勇壮に言い放つと団長さんは馬に跨がり、パカパカと一団の最前列に並んだ。


「死を美徳にする馬鹿はどこの国にもいるものね」


 呆れたように言ったのはリリンカだ。


「死んだら冥府に行くだけって神父様が言ってたけど?」


「そんなの死んでみなければわからないじゃない!」


 確かに……。


「勇者様、勇者様」


 ん?


「勇者様、勇者様」


 勇者様? ここに勇者様がいるのかな? 凄い、見てみたい!


「勇者様、呼んでいるわよ」


 リリンカが、……ん? 誰のこと?

 ふん、とリリンカは面白くなさそうに鼻を鳴らして馬車を顎で差した。


「ぼく?」


 勘違いだったら恥ずかしいな~、とドキドキしながら馬車を覗くと、


「勇者様、お願いします!」


 車内の令嬢が祈るように腕を組んでガラス越しにぼくに懇願してきた。


「ぼく、勇者じゃありませんけど……」


「どなたでも構いません! 彼らを死なせないでください!」


 彼ら、とは十中八九、団長さんや騎士団の皆さんのことだ。

 どうしよ、とリリンカと顔を合わせると、リリンカはふんっと鼻を鳴らした。


「死を覚悟した連中の邪魔をしたらあたしらが無礼打ちされるんですけど?」


「わたしが命じたことにすればそうはなりません!」


「へ~……あんた、偉いんだ?」


「フレイルの街にあるデウス教会の監督官を仰せつかっております」


「成金趣味の神父がいたはずだけど?」


「本部の勧告を再三無視し、不当な額のお伏せを受け取っていた咎で、彼は破門になりました。わたしが彼に代わりにその任につく予定だったのです」


 ぴゅ~、とリリンカは揶揄するように口笛を鳴らした。


「いい話ね。あたしたちはあいつのせいでジルタスくんだりまで行くハメになったのよ」


「それは……心中お察しします」


「それで? 次期監督官様のご用命を聞いたら何かあるのかしら?」


「もちろんです。お布施の免除をお約束します」


「他に負けてはくれないのかしら?」


「スキル習得費用を勉強させていただきます」


「クラスチェンジ費用も安くしてもらえると助かるんだけど?」


「気が回らず済みません……それも、また勉強させていただきます」


「決まりね。……フィル!」


 リリンカは気取ったようにゾンビに向けて顎をしゃくった。


「あっ、ぼくがやるのね……」


「当然!!」


 ……そりゃそうか。


「んじゃ、ちゅるるでちょっくら行ってくるよ」


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