アナザーサイド~クノイチという価値~
あたしが生まれ育った里は、東の、東の、ず~っと東にある。
里の名前は『ホムラの里』。
この里で生まれた人間は、初期クラスが『ニンジャ』として生まれてくる。
かくいうあたしも初期クラスは『ニンジャ』だ。
これといった特産物のない里は、諸外国に『ニンジャ』を貸し出すことで潤っていた。
こっちでいうところの『傭兵』みたいなものだ。
有能な『ニンジャ』ほど高額で貸し出すことができたから、里では『ニンジャ』の育成に余念がなかった。
……でも、それは男の『ニンジャ』に限った話だ。
女の『ニンジャ』――里では『クノイチ』と呼ばれていた――は、ただの消耗品だった。
せいぜい、権力者に取り入り、寝所で1人殺せれば上出来、と考えられていたのである。
なぜか?
単純に、男女の身体能力の差だ。
こっちと違い、身体を強化する魔法のないあっちでは、男女の身体能力の差が、そのまま任務の達成率に直結していていたため、どうして『クノイチ』は下に見られていたのだ。
そんな『クノイチ』にもひとつだけ欠かせない重要な任務があった。
次代の子らを産むことだ。
能力の低い『クノイチ』は捨て石にされが、能力の高い『クノイチ』はそうではなかった。
彼女らは『孕み組』と呼ばれ、有象無象の『クノイチ』とは別に扱われたのだ。
地位の低く『クノイチ』の中で、彼女らの地位は最上位といっても過言でない。
けど、その仕事は最悪だ。思い出しただけでもトサカに来る。
彼女らは『孕み所』と呼ばれる長屋に軟禁され、日がな一日、有能な『ニンジャ』の相手をさせられるのだ。そして、有能な『ニンジャ』の子種をいただき、有望な次代を生むことを義務づけられていたのである。……まったくどうかしているとしか言い様がない。
あたしは……自慢じゃないけど、有能だった。
任務の達成率だって『ニンジャマスター』に引けを取ったことはない。
でも、所詮は『クノイチ』だった。
どんなに有能であろうと、男の『ニンジャ』とは同等に扱ってもらえない。
――そう。
あたしもまた有能であるが故に『孕み組』に入れられてしまったのだ。
まったく……まったくだ!
好きでもない男の相手をさせられ、好きでもない男の子を産む。
家畜同然に、孕んで、生んで、孕んで、生んで、また――その繰り返し。
同僚の中には、危険な任務から解放されるせいか、『孕み組』の仕事をよしとする者も少なくなかった、けれど、あたしはダメだ。好きでもない男の相手をさせられるくらいなら、危険な任務で殺されるか、任務に失敗して強姦された方がマシとさえ思えた。
どっちも「あたしの実力不足だった」と納得できるからだ。
顔も見たこともない里の上役に、自分の人生を決められるなど、業腹以外の何者でもない。ふざけるなっ、って話だ。
だから、……だから、あたしは里を抜けた。
上忍から『孕み組』への編入を告げられたその日に。
目指したのは西の国。
なぜ、西を目指したのか?
西の国では「好きな男と結婚して、好きな男の子供を産み、温かな家庭を築くことができる」というファンタジーを、旅の吟遊詩人から聞いて事があったからだ。
女性蔑視と男尊女卑の煮こごりのような里にいては、まず信じられないような出来事だ。
同時に、それはすごく良いもののように感じられた。
あたしもそんなファンタジーを味わってみたい、と心底思えた。
結論から言ってしまえば、ファンタジーはやっぱりファンタジーだった。
幾度となく追っ手を振り切り、西の国に辿り着いた。……そこまではいい。
好きな男を探す、ってのもそれほど難しいことでもなかった。あたしくらいの器量好しともなれば、言い寄ってくる男は数限りないから、好みの男を選ぶだけでよかったからだ。
あとは好みの男と懇ろになって子供でもこさえれば……。
実行していればファンタジーの3分の2は容易く達成できたことだろう。
あくまで「実行していれば」ね。念のため。
しかし、最後の「温かな家庭を築く」という段になって計画段階でつまづいた。
そもそも何をもって「温かな家庭」と豪語できるのか?
お金があること? 地位と名誉に優れること? 見た目がいいこと?
――ひょっとしたら全部ではなかろうか?
お金があっても、卑しい身分では安穏と生きることはできない。
地位と名誉に優れていても、見た目が悪ければ誇らしく生きることはできない。
見た目がよくても、貧乏では心に余裕もって生きることができない。
せめて二拍子が揃っていれば……ううん、妥協は、できるだけしたくない。
けれど、この三拍子を完璧に備えた人物なんて本当に存在するのだろうか?
故郷で言うところの将軍様なら? こっちの王様ならどうだろうか?
……なんて考えたけど、
お高くとまったあいつらが、田舎の泥臭い小娘になびくとは思えない。
……あっ!
あたしは田舎者でも、泥臭い小娘でもないですけどぉ!
まあいいわ。
あんなお高くとまった連中はこっちから願い下げよ。
もっと庶民感覚を共有できて、さっきの三拍子揃った人物……。
この国に辿り着き、三ヶ月が経ってもその答えに辿り着くことはなかった。
そのうち路銀がつき、『ニンジャ』のスキルを利用して、暗殺稼業でも始めようか、と本気で考え始めた頃、あたしは冒険者ギルドのマスターに拾われた。
天啓だった。
神様なんて信じちゃいなかったけど、このときばかりは信じてもいいと思った。
あたしが三ヶ月も答えにたどり着けなかった難問の答えが、冒険者ギルドで受付をやっているだけで、自ずと転がり込んできたのだから。
――そう、冒険者だ!
もちろん、ただの冒険者じゃダメだ。
お金持ちで、地位と名誉もあって、おまけに見たも良い冒険者。
英雄。
そう呼ばれるくらいの冒険者があたしにはぴったりではなかろうか?
こうして……。
その日からあたしは冒険者ギルドの受付嬢をやりながら英雄の到来を待った。
来る日も来る日も待った。
……そんな矢先だった。あいつがやってきたのは。
フィルメア・メイクイーン。
女みたいな顔をした貧乏人の田舎者っ!
常に首元に女の子を侍らせる気障な男っ!
きっと女の子をアクセサリーか何かと勘違いしているに違いないわ!
嫌ね、どこの世界も女を道具に見てさ!
――トサカに来る!
あいつのせいで! あいつのせいで、あたしは!
あ~! 思い出しただけでも腹が立つ!
今こうしている間にもカウンターには英雄の団体さんが列を成しているかもしれないのに! あたしは! 木の上で苦内を飛ばして! 鎖鎌を振り回して! ゾンビ退治!!
せっかくあの厄介者から解放されたというのに!
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ……、たまにスケルトン!
体を独楽のように高速回転させながら、怒りの《炎鎖鎌》を、縦横無尽に振り回す。
「――《烈波・炎独楽》!」
たちまち数十体のゾンビが炎に巻かれて灰となる。
けれど、ゾンビに退却の二文字はない。
まだ燃え盛る仲間を器用に避けて、1㎜でも1㎝でも近くにと熱烈に近づいてくる。
英雄もこれくらいあたしに熱を上げてくれたら良いのに……。
――っと馬鹿なことを考えている場合じゃない!
「《炎大蛇・乱舞》!」
鎖鎌にこっそりと油を継ぎ足す。一時的に火力を増し、《炎鎖鎌》が轟々と燃え盛る。
炎の大蛇となったそれを振り乱し、ゾンビの群をかき乱す。
燃えろ燃えろ! この腐乱死体どもっ!
「あはははははっ!」
――ギシッ!
「……は?」
何の音? と音は木の根っこの方を見下ろすと、
「――なっ!」
ゾンビだ。ゾンビが木を登ろうとして木にしな垂れかかっている。それも一体や二体じゃない。数十体単位で、しな垂れかかっているのだ。そんなことをしたら、当然、
――ギシギシギシっ!
あ~、遅かった。壊滅的な音を響かせながら、あたしを乗せたまま木が傾き出す。
眼下には、やっぱりゾンビ、ゾンビ、ゾンビ……、たまにスケルトン!
あたしを抱擁して良いのは英雄だけと決まっているのだ。
お前らの腐った肉と骨に抱かれるなんて冗談じゃない! 気色悪い!
咄嗟に、隣の木の枝に鎖鎌の鎖を巻き付けて、
「さら――」
そのとき、何かがあたしの左の足首に引っかかた。
ほとんど跳躍した状態だったため、左の足首に引っかかった何かに引きずり下ろされるようにして地面が……というか、ゾンビが近づいてくる。
このままではゾンビと接吻を……やめて!
グーパンでゾンビを退かす、と同時に、受け身も取れずに地面に強かに落ち、
ぱりぃん、と絶望的な音を聞いた。
まさか、と咄嗟に体を起こすと、装束の胸元がどろどろとした液体で濡れていた。
胸元に忍ばせていた油壺が割れてしまったのだ。液体は、言うまでもない――油だ。
「しまった!」
わらわらとゾンビが近づいてくる。……まずい、わね。
んくっ、と唾を飲み込む。
隣の木の枝に巻き付けたままだった鎖鎌を引き戻す。
鎖鎌にはもう、ちろちろとか細く燃える炎しか残っていなかった。
1回でも鎖をぶん回せば、それだけで消えてしまいそうな炎だ。
あたしが持っている炎……いや、火を警戒してか、ゾンビの歩みは遅いけど、火が消えた瞬間、我先にと襲いかかってくるのは、想像に難くないわね。
――やれやれ、ね。
胸元から2本の筒を取り出す。
こんなこともあろうかと残しておいた爆薬……というのは嘘だ。
里にいた頃、持たされていたものだ。
任務が失敗しそうになったら、これで抹殺対象者ごと自爆するために。
ちろちろと燃える炎が風に揺れ、ゾンビどもと爆薬の導火線を交互に照らし出す。
「……つまらない人生だったわね」
爆薬を使えばゾンビの包囲網に穴を開けることがくらいはできるかもしれない。
けれど、その可能性はかなり低い。
未だ濃厚に漂う腐臭はゾンビの存在がどこまで続いていることを物語っているからだ。
仮に失敗した場合、……ああ、最悪だわ。
あたしはゾンビに囓られ、惨たらしい死体を晒すことだろう。
肌だけでなく、中身まで見られて……誰に弔われることなく、晒され続けるのだ。
女の子としてその死に様は容認できない。
……女の子。
大人しく孕み組に入って子供でも産んでいれば、ちょっとは幸せだったのかな?
少なくともこんなことには、
「――らしくないわね……ははっ」
導火線に火を付け、
「り~り~ん~か~!」
……ようとした、そのときだ。
森の奥から聞き覚えのある声が木霊した。
同時に。
あたしの数十メートルほど先を赤い閃光が同じ色の稲妻をまき散らしながら駆け抜けた。
何が起こったのか、理解する間もない。
理解する間もなく、ゾンビ、木々が、ただそこにいたというだけで消し飛んだ。
「な、なに、これ……」
腰が抜け、ぺたんっ、と地面に座り込んでしまう。
迂闊だ。まだゾンビが残っているというのに……。
音に反応してゾンビが千鳥足であたしに近づいてくる。
鎖鎌の火は、赤い閃光が巻き起こした暴風に吹き消されていた。
これでは爆薬に火を付けることもできない。
なら、いっそ苦内で喉を突いて……
「――はぇ?」
変な声ができた。だってしょうがない。
目の前のゾンビの顔面に突然、大剣が生えたのだから。
顔面から大剣を生やしたゾンビは後ろのゾンビを巻き込んで倒れ込む。
後ろから、ざっざっざっ、と草花を踏み潰し、荒々しい足音が近づいてくる。
「酷いじゃないか、リリンカ!」
まさかの声。
声に反応してゾンビが一斉に駆け出す。
「……!」
立ち上がろうとしたけど、足腰に力が入らない。
ゾンビが凄い勢いで近づいてくる。
いや、ゾンビに踏み潰される!
お尻で地面を擦りながら必死に逃れようとすると、入れ替わりにあいつがあたしの前に立ち塞がった。まるであたしを守るみたいに、どっかの騎士様みたいに。
上段に構えたあいつのショートソードに赤い稲妻が駆け抜け、そして――
一撃。
上段から振り下ろされた一撃が赤い閃光を解き放ち、有り余る破壊の余波が赤い稲妻となって駆け抜け、世界の終わりのような轟音を打ち鳴らし、嵐のような放風が吹き荒れる。
あとには、ただ夜空があった。
ゾンビと森の木々に閉ざされていた視界を綺麗にくり抜いた夜空が。
「……英雄」
頼りないその背中に、無意識にそう口走るあたしがいた。
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