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第七話 サムライとアーヴィン

 初対面の女が土下座した。そして私に死ぬまで仕えるという宣言をする。

 そんな話、誰が信じられる? 笑い話にもならない。

 

 私はその女を無理矢理立たせると、ギルドの隅のテーブルへ引っ張っていった。

 

 女は抵抗もせずに、大人しくついてくる。


 ギルド中の冒険者たちが私と女に注目している。それはそうだろう。こんなことをして目立たないはずがない。


 今は自分自身の苦境を打開するので、精一杯なのだ。これ以上の面倒ごとは勘弁して欲しい。せめてどこかのパーティーの参加が認められてからにしてくれ。


 

 私は女をテーブルに座らせる。そして私も反対側に座る。 

 女はきょとんとした表情で私を見ている。なぜ私がテーブルに引っ張ってきたのか理解できないという表情だ。


 この女は頭がおかしいのか?

 

 いや、それにしては服装が古いものの清潔に保たれている。それにカタナの手入れもきちんとされているようだ。


 ならば直接問いたださねばなるまい。

 

 「あなたは誰なのですか? それになぜ冒険者ギルドにきて、いきなり土下座を? いくらなんでも非常識ですよ」


 女はようやく納得したような表情になる。


 「ああ、そうですね。少し興奮しすぎました。すみません。自分の道が決まったことが嬉しくてつい…」


 少しだけ言葉のなまりがある。外国人なのだろうか。

 

 女は姿勢を正す。


 「わたしはニホンからきた、ムラサキと申します」


 ニホン。一度も聞いたことがない単語だった。

 国名か。それとも街の名前だろうか。


 ムラサキは窓の方を指さした。


 「この大陸の東の果て。小さな島にニホンという国はあります」


 やはり聞いたこと記憶がなかった。それほど遠い国なのだろう。

 

 カタナは東方の武器だと聞いたことはある。

 そうなるとムラサキは東方からきた剣士ということになるのだろうか?

 

 「わたしはその国のサムライなのです」


 サムライ?

 わからん。さっぱりわからないが、そういうものがあるのだろう。それはそれでいい。

 今私が問いただすべきことは、なぜ土下座したのかだ。


 「わかりました。ムラサキさん…ですね。そのサムライのあなたがなぜこの国に?」


 「はい。実はわたしの妹がニホンを飛び出してしまったのです。わたしは家族とともに妹を国に連れ戻しにこの国にきたのです。さらに妹がAクラス冒険者となってるとの情報を掴み、この街にきました」


 ムラサキは身を乗り出して続ける。


 「しかしこの街に到着した時には、すでに妹は行方不明になっておりました。なんでもドラゴンを狩りに行ったまま洞窟から帰ってこないとか」


 なるほど、私が洞窟で助けたAクラス冒険者の中にムラサキの妹がいたらしい。もちろん顔は憶えてはいない。あの時は、それどころではなかった。


 「その行方不明だった妹の命を助けてくれたのが、ギネス殿であったと聞きました」


 つまり私はムラサキの妹を救った恩人ということになる。別に恩を着せるつもりはないが、お礼の言葉くらいは言われてもよい立場ではある。


 だが土下座して、死ぬまで仕えるなど恩の返し方としてありえない。誰もそんなことを求めてはいないのだ。


 「わかりました。私は一応はあなたの妹さんの恩人ではあるらしい。お礼の言葉はありがたく受け取ります。それで終わりでいいではないですか?」


 「そうはいきません! 妹は今回のクエストで心が折れてしまい、もはや戦えません。今頃は家族とともにニホンに帰る道の途上でしょう。ならば姉であるわたしがギネス殿への恩を返さねばなりません!」


 その顔は怖いくらいに真剣そのものである。

 

 「命の恩には、命で返す。それがサムライの流儀なのです!!」


 そして私の手を握る。


 「ですから、どうかわたしがギネス殿に死ぬまで仕えることをお許しください!!」


 「土下座したのは?」


 「あれは……私のくせです」




 駄目だこれは。文字通りお話にならない。


 私とてパーティーを追放された身である。仲間は欲しくてたまらない。

 だが力量は高くとも、最低限の常識がないとさすがに駄目だ。


 この女の頭がおかしいのか、サムライとやらの流儀がおかしいのかわからない。しかしこのムラサキとうまくやっていける未来がみえない。

 損得が計算できない人間は危険だ。私自身もとても上手くやってるとは言えないが、冒険者は損得を見極めることが一番重要な資質なのだから。

 

 

 もう一度パーティーを追放されたら、もう耐えられそうにない。



 私が欲しいものは死ぬまで仕える人間ではなく、共に冒険者として働ける仲間なのだ。


 

 どうにか問題を起こすことなく、この女の申し出を断らなければ。

 だがこの女はとてつもなく頑固そうだ。

 さて、どうやって断るべきか…。





 その瞬間、それまで騒がしさに満ちていた冒険者ギルドが静まり返った。

 奇妙な静寂であった。冒険者の宴会が続いてるはずなのに。

 


 その静寂の中、声が響いた。


 

 「よぉ、ギネス」



 そ…の…声は。 



 私を追放したパーティーのリーダー。 

 


 私は振り返る。



 アーヴィンがギルドの扉の前に立っていた。


 「お前をパーティーに連れ戻しにきたぜ」


 そう言って、アーヴィンはニタリと笑った。

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どうかよろしくお願いします。

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