第五話 神龍かく語りき
残り10秒。
それで、私は死ぬ。
もうここには私と神竜しかいない。
他の冒険者たちが全員逃げきれたのだ。
それだけは、本当に良かった。
体中に激痛が走り、立っていられなくなる。地面に片手をつく。
なるほど。これが魔力切れの痛みか。
生まれて初めての経験だ。
子供の頃には前衛職に憧れた。モンスターを斬って斬りまくる前衛職に。
はるか昔、魔王を倒したというおとぎ話の勇者。
絵本に描いてある、聖剣をかかげる勇者の姿。
子供ならあこがれないはずがない。
だが冒険者になった時、現実を突きつけられた。
攻撃スキルの一切が使えなかったのだ。使えるのは防壁作成スキルのみ。
戦えない人間。そう言われた。
そしてパーティーから追放され、一人ぼっちになった。
それでも
戦えない私でも
最後に意地をみせられたのだろうか?
<つまらぬな。それほどの力を持ちながら、ゴミのために死ぬなど>
突然、神龍の意思が心の中に響き、白い炎が消える。
助かった……のか?
神龍を見上げる。
なぜかその顔が苦笑しているように見えた。
<われの炎を止められる生物など、この世界に5人もいまい。ゴミのために使ってよい命ではない>
だがわずか2分だ。
それに私は戦えない人間だ。
<戦えない人間? 勇者と同じ能力を持ちながら、なおも自分の能力をさげすむとは>
神龍にあきれるような調子が混じる。
なんだ? 心が読まれている?
だがそれよりも…勇者だと!?
私は思わず叫んでいた。
「そんな馬鹿な! 勇者は聖剣を振るって魔王を倒したはずだ!! 私とは違う!!」
<それは人間どもが真実をねじ曲げただけのこと。そうだ、思い出した。勇者も戦えない人間などと言われていたな>
いまや神龍は明らかに楽しそうだ。
<だがそれでも、われを倒した唯一の人間だ>
混乱する。私が勇者と同じ能力だと。
この防壁を作ることしかできない能力が。
<お前にはわれと戦う資格がある。もっとその能力を誇れ。能力を磨き、仲間を揃えて、われを倒してみよ>
私の中でさまざまな感情が交差した。
これまでの人生が、細切れなまま心の中を横切っていく。
<なぜ泣くのだ? やはり人間とはよくわからんな>
私は震える手で自分の頬を触った。
濡れている。
ようやく自分が泣いていることに気が付いた。
嬉しかったのだ。
ずっと役立たずと言われてきたから。
このスキルを誇れなど言われたのは初めてことだったから。
たとえそれが自分を殺す相手だろうと。
私は嬉しかったのだ。
<いずれにしろ今はお前を殺す時ではないようだな>
神龍が洞窟の天井に向かって、白い炎を吐いた。
その直後、神龍に日の光が降り注ぐ。
山の天井まで、炎が貫通したのだ。
そして巨大な翼を広げる。
その全身が日の光を反射して、まぶしい程に輝く。
これほど美しい光景はかつて一度たりとも見たことがない。
「待ってくれ! これから私はどうすればいいのだ!!」
<勘違いするな。われはお前の師でも仲間でもない。敵だ。敵に教えを願うなど、恥だと思わねばならぬ>
私は立ち上がろうとした。
だが駄目だった。魔力が完全になくなり、体に力が入らない。
それでも最後に叫んだ。
「私たちには戦う理由などないはずだ!!」
<理由など関係ない。力を持ったもの同士の宿命だ。あるいは運命。お前は必ずわれと戦うだろう。そうでなければ、面白くない。では次に会うのを楽しみにしているぞ」
その瞬間、神龍は消えた。
いや、飛ぶ速度が速すぎて見えなかったのだ。
そこまでだった。
体を支えることすらできず、私は地面に倒れた。 指一本たりとも動かせない。
もう全てが限界であった。
そして何かを考える間もなく、意識が消えた。
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