49話目 旗を折った
ギリ、一週間で更新。
午前四時四十五分。
薄暗い和室に敷かれた布団で、規則正しく連続していた呼吸音がピタリと止まった。
毎日の習慣通りに、剣がパッチリと目を覚ました。
(……じいちゃん家来てたんだった)
寝惚けた様子もなく状況判断を終えると、毛布を払い除けようとして上体に少し力を込めたのだが、妙に毛布が重い。……とゆうか、色々重い。
この時、剣の右腕と脇の間に黒猫のシュバルツが。左腕と脇の間にロシアンブルーの姫が。足元に柴犬のこだちが。そして胸の上にメインクーンのおもちが寝そべっていたのであった。
(……コレでよく、夢見が悪くならなかったな……)
寝返り打てない状態でよくと、剣は自身の頑丈さと図太さを自画自賛しつつも呆れながら、大きく欠伸をした。
「こだち、散歩行くぞ」
その一言で、こだちはパッと起き上がり、嬉しそうに尻尾をブンブン振り始めた。
そして剣は、猫達の眠りを妨げないように……なんて配慮はしないで、強引に起き上がった。その反動で、おもちは毛布の上を転がされた。
猫は満足するまで二度寝でも三度寝でもするし、食後にだって直ぐに寝る。だから、剣は起こして可哀想とは思わないと考えている。
事実、剣がいなくなった毛布では、早速猫三匹が集合して互いの体を暖めあって、改めて眠りについていた。……図太い。そして図々しい。
そんな逞しい?猫達を横目に、剣とこだちは、まだ薄蒼さに包まれている夜明けの散歩へと出発したのであった。
「やっぱ、こっちの空気は……特に朝の空気は澄んでて心地がいいな~」
徐々に朝日で白んでゆくのどかな風景の中、剣は朝の新鮮な空気を大きく伸びをしながら肺一杯に吸い込みながら、のんびり歩いてゆく。こだちも普段のアスファルトで舗装された道路とは違う土の地面や砂利道、草の感触等を珍しげに楽しんでいる。人口が少なく早朝でもあるため交通量も少ないので安心して安全に散歩を楽しめるのも普段とは大違いであった。
しかし、農村ならではで、早朝だからこそ農作業している人はいるのである。
「おんや?勇吾さんとこの剣ちゃんかい。久しいなあ!いつ来たんだい?」
「おはようございます。昨日からです。また、一家全員で来ました」
ゆく先々で、農作業中の御近所さんに声を掛けられる。幼い頃から何度も来ている為、皆さん顔見知りなのであった。だが、農家の皆様の関心は、剣以上に、その姉妹達に向けられているのであった。
「お姉さん元気かい?ウチの倅の嫁に来てくれんかねぇ?」
「……いや~、難しいかな……」
高齢化、少子化、嫁不足……地方の過疎化は深刻なのであった。そこに、毎年帰省しにやってくる若い姉妹達は、どうしても狭い村では注目を集めてしまうのである。
(姉さんが売約済みだと知れたら、ガッカリする人多いんだろうな……)
特に、二十歳を過ぎている上に、そんじょそこらにいないレベルの美人である光を狙っている者は一人や二人ではなかった。しかしながら、互いに牽制しあってしまい、誰一人として直接的なアプローチには踏み切れず……知らぬ間に持っていかれてしまったのであった。
だからって、同情なんてしないけどね!と、剣さんはお考えである。むしろ、その矛先が妹達に節操なく向こうものなら、身の程というものを徹底的に(無属性物理で)知らしめてやろうとさえ、選択肢のかなり上位に入れていらっしゃるのでありました。
通りすがりに農作業中の方々と挨拶程度の言葉を交わしつつ、剣は足の向くまま気の向くまま、こだちの気分を汲みつつ適当に散歩を続ける。
(当然だけど、誰も犬の散歩してないな)
周辺で犬を飼っている家は幾らかあるが、殆ど農家なので早朝は農作業を優先している為、散歩は後回しにしているのである。……まあ、休日の五時から散歩をしている剣が早すぎるだけとも言えるが。
「あれ?」
そんな稀有な行動をしている希少生物な剣の目に、同じく犬の散歩をしている人物が映った。映った……のだが、何だろう……あまりにも、周囲の田畑と似つかわしくない。
犬は、小型犬である。茶色のトイプードルだ。プロにトリミングをされたかのように、特徴的なプードルカットが為されていて、幾つものリボンでコーデまでされている。
そして、そのリードを握っている飼い主であろう人物は、更に早朝の農村に相応しくない姿をしていた。
(翼と希が読んでたファッション雑誌に、そっくり同じ感じなコーデが載ってなかったっけ?つか、この辺りにあんな娘いたか?)
田舎の早朝に、流行りのギャルファッションをした、トイプードルの散歩をする女子……剣の脳裏に疑問が盛大に渦を巻き、結果『見なかった事にしよう』が決定されたので、くるりと方向転換しようとしたのだが、トイプードルの方がこだちを見つけたのかキャンキャン吠えてきた。
(……これで無視するとか、犬を飼う者として礼儀知らずが過ぎるよな)
剣は正直、何かを勘違いしていそうな少女にほんの少しでも関わると面倒そうなので凄く嫌だったが、仕方なくトイプードルに引っ張られている少女の方へと歩く事にした。挨拶だけしてさっさとすれ違えばいいかと思って。
まもなく、剣は少女の正面5メートル程まで接近したので、挨拶を交わそうと口を開こうとしたが、一瞬戸惑い機先を制された。
「おはよう!剣兄ちゃん!」
更に困惑。相手は自分を知っているみたいだが、剣には覚えが無い。……とゆうか、目前の少女は朝からバッチリ気合いの入ったメイクをしているので、近所に住んでいる誰かではあるのだろうが、判別なんて出来る訳がなく……
「えーと……誰?」
と、なるのは仕方なかろうなのであった。
嬉しそうに剣に挨拶をした少女は、いまや呆然として立ち尽くしている。トイプードルが、こだちを威嚇して吠える鳴き声だけが、しばらく木霊するのであった……
「酷くない?いや、絶対酷いよね!」
「いや……三年会ってなくて、そんなに化粧してたら、女の子なんてまるっきり別人だっての……」
田舎に場違いな最先端ファッションの少女は、剣の知り合いで間違い無かった。だが、一目で気付けるかと問われれば、否と答えるしかない変わりようであったのも事実であった。
「別人……そ、そんなに変わったかな?どんな……風に?」
こう言われた場合『可愛くなった』『綺麗になった』と答えるのがテンプレートなのであろうが、剣さんは、そんな社交辞令はしないのである!
「……馬鹿っぽくなった。こんな早くからミニスカの生足で出歩くとか……寒いだろうに何で?って思った」
ずっと感じていた疑問の方が重要なのであった。少女のファッションは、雑誌に載っていた初夏のオススメコーデ特集の一例そのままであり、足だけでなく二の腕まで露出しているのだから、まだ御天道様が顔を出したばかりの冷えた空気の中でするべき格好ではないのである。
「俺的には、やっちゃんは真面目な娘だったのになぁ……」
なんで、こんな残念ギャルに……とまでは言葉にしない優しい剣さんなのでありました。
「ああぁ……うぐぅ……そんなにディスらなくっても……てか!生足とかじっくり見てんじゃない!剣兄ちゃんのエッチ!」
「あ?見えるようにしてんのは自分だろうが。見えるようにしておきながら見たら人を性犯罪者扱いとか、逆セクハラだってーの。何の意味があって、んな格好してるんだよ?」
「……す、好きなカッコしてるだけよ!べ、別に誰かさんにアピールしたくてやってる訳じゃないし!」
鈍感系主人公な剣であっても、露骨な態度すぎて察してしまった。なので、余計な期待は抱かせない。
「そうだなー。アピールするなら、もっと分かりやすくしないとだしな。俺なんて、梓が分りやすすぎるから、他の女子からの好意とか、大したことなく思っちまうんだよなー」
「確かに……梓姉ちゃんって、他人の目や外聞全然気にしてなかった……そっか、まだ続いてるんだ……」
肩をガックリ落とした様子で、やっちゃんはトボトボ去って行ったのでありました。
補足 トイプードル(チャコちゃん ♀ 1歳)は、最初こだちを威嚇してか甲高い鳴き声で吠えていたのですが、こだちの『其方如き、我が主の脅威になどなり得ぬ!』とでも言いたげな、威風堂々とした態度で無視され続けた結果、格の違いを思い知らされたかのように、しょんぼりしていたのでした。
小一時間程して、剣が森岡家の離れに戻って来ると、布団の中には当然のように梓が寝ていた。
剣にとっては当然過ぎる事なので、無理に起こそうとはしたりせず、平然と着替えを始めた。朝食までの一時間、農作業をする為である。
「ふぁ……おはよ~けんちゃん」
「起きてたのか?」
「セクシーな着替えシーンを逃すまいとする本能で起きた」
本能が歪んでいます。
「んじゃ、俺は健全に肉体労働してくっから。朝飯に遅れるなよー」
「うん。そだ、散歩で何か変わったこと……あるわけないか」
「まあ、ごく普通な……ああ、久し振りにやっちゃんに会ったよ」
「やっちゃん?……もしかして八千穂ちゃん?あたし達より1コ下の?」
「そのやっちゃん。三年ぶりってのを加味しても、大分変わっていたなー。俺の自信過剰でなければ、かなり意識されてたように感じたなあ」
「そっかあ、確かにやっちゃんはけんちゃんの事が好きだったからなあ。まだ思い続けていたとか見所あるなあ……て、三年ぶり?そんなに会ってなかった?」
「ああ。一昨年は受験勉強で忙しいとか、去年は部活の合宿と重なったとかで……会えるタイミングが無かったんじゃ?ま、わざわざ会おうとする程の仲でもなかったワケだし」
やっちゃんが知ったら、号泣ものですね。
「うわー……けんちゃんにとっては、帰省先で遊ぶ同世代の中の一人に過ぎない間柄とはいえ、本人にはとても聞かせられない冷徹な台詞」
「変に希望を持たせておくよりマシじゃないか?それに、簡単に心が折れる女は好きじゃないし」
「やっちゃんは……折れちゃうかそうでないか、どっちかなあ?私、あの娘嫌いじゃないんだけどな」
「梓が気に入ってるからって、俺にはその気ねーからな?」
剣は前世の記憶から、現代地球で主流となっている一夫一婦制を絶対的な価値観としていない。何百年も王族や貴族、富裕層が後宮を所持しているのが当然な世界にいたが故の考えなのである。
だからと、無闇に自分に気の有る女性に手を出す訳ではない。言うまでもなく、剣にとっての基準となる女性は梓なので、梓と同等級の本気を感じさせない女性は門前払いしてしまうのだ。
そして、これは多くの姉妹を持ったが故に培った価値観『軽い気分で女遊びする奴は死罪』を旨としているので、正妻が許容していながら、他の女性との関係は一切無いのであった。
「さて、そんじゃ畑に行ってくるわ」
麦わら帽子に軍手、首にタオルを巻き、黒ゴム長靴を履いて、すっかり農家スタイルとなった剣は、鍬を担いで楽しそうに畑へと小走りで駆けていった。
剣の耕し速度は重機要らず。
次回は朝食後から始まる……かな?




