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48話目 そろそろ寝よう

家の中に入ろうとしたその時、実鳥の耳に、コップが割れたような乾いた音が響いた。森岡家のお隣さんまでは100メートル近く離れているので、そんな音がハッキリ聞こえた以上、実鳥以外にも誰かが家の周りに出ている事になる。


(誰だろ?……一寸怖いけど、念の為見ておこう……)


万が一にも、家族の誰かが倒れていたりでもしたら一大事なので、実鳥は戻る前に家の周りを歩いてみることにした。


更に、億が一にも物盗りだったら自分の身が危険に晒されるので、足音を立てないように、ゆっくりと壁に身を隠しながら様子を見ていく事にしたのであった。


幸いな事に、結局それは杞憂に終わったのであるが。


(あれは……お母さんと、お義父さん……それにおじいさんも?……三人で、まだ飲んでたんだ)


縁側に座る勇吾と、その隣で既に潰れているのか上半身を横たわらせている敏郎。敏郎が取り零したのか割れたグラスを箒で掃き集めている美鈴の姿があった。


「ああ、美鈴さん。暗いんじゃから大体でええよ。……しっかし、敏郎くんはだらしないのに美鈴さんは相変わらず強いのお、儂と同じくらい飲んどるだろ?」


「私、どうにも酔わないんですよねぇ。普段、そんなに飲まないんですけど。気分が少し良くなるだけで」


美鈴は勇吾の隣に座ると、勇吾のコップに日本酒を溢れんばかりに注いだ。


「ととっ!いやはや、今日の酒はとびきり旨い!ホレ、ご返杯ご返杯と」


「……ふぅ。とても美味しいです。こんなに飲むのは、本当久しぶりです……家では、飲む気になれませんから」


「そりゃまたどうして?」


美鈴は少しの沈黙の後、気まずそうに口を開いた。


「……前の夫が、お酒に酔って遥と実鳥に暴力を……それが離婚した理由の中でも大きな物でして……あの娘達、お酒にも悪い印象持っていると思うんですよね……」


「そういや、遥ちゃんはあんな容姿(ナリ)していながら、ちっとも酒に手を出しとらんかったな。高校生なら、ちっとは隠れて飲んでておかしくないだろうに」


因みに、他の高校生以上の面子であるが、剣は敏郎の体質を過度に受け継いでしまっていて、コップ一杯のビールで潰れる。なので、小学生の頃に一度飲まされてから一切口にしようとしない。


梓は逆に滅茶苦茶アルコールに強いのだが、剣が近寄ってくれなくなるので、基本飲まない。


光は普段なら人並みにいける口なのだが、妊娠中でつわり中なので禁酒している。


翼と希は……ちゃっかり勇吾秘蔵の日本酒をくすね、シレッと飲んでいたりした。


(そっか……それでお母さん、あまりお酒飲んでなかったんだ……確かに、私は飲む気になれないなぁ……あの臭い、嫌な思い出ばかりだもん)


「本当に、二人には私の所為で嫌な思いをさせて、苦労をかけて……私がもっと利口で、現実に向き合える強さを持っていればって……駄目ですね、折角楽しく飲んでたのに愚痴っぽくなっちゃって」


「ふむ……ま、酒を飲んでりゃそうなっちまうことだってあるだろうよ。過去を気にすんなとは言えんが、二人とも年々良い顔するようになってきとるんだ。現在を上手くやれとる証拠だろう?あんまり自分を卑下しなさんな」


勇吾の慰めに、美鈴の表情に微笑が浮かんだ。


「ありがとうございます……不思議ですね。実の両親にも、こんな素直になれなかったのに……」


「他人様の悪口言いたかないが、家名やら世間体を気にして娘を勘当するとか馬っ鹿だの~。ま、お陰で儂は義娘に、孫が三人も増えたんだから丸儲けだな!がっはっはっ!」


豪快な笑い声を止めると、勇吾はコップの縁まで注がれた酒を、一息で飲み干した。


「ぷはぁ~!……ありがとうなのは儂の方だよ美鈴さん。……敏郎くんは……ホレ、鈍感で……無神経だろ?普通は、新しい嫁さんを前の嫁の実家になんて連れて来れんだろ?今もこうして無様な姿を晒しておるし……こんなドアホな義理の息子の嫁になってくれて、感謝するしかないよ」


深々と頭を垂れる勇吾に、美鈴は恐縮した様子で膝を正し、負けじと美しい所作で御辞儀をした。


「こちらこそ……敏郎さんに出会えなければ、どうなっていたか……家の事も、夕樹さんが育てた子供達に甘えっぱなしで……」


「そう言って貰えると、夕樹の奴も浮かばれるってもんだ。そうそう!敏郎くんと夕樹の馴れ初め知っとるか?これまた敏郎くんのポンコツエピソードなんだが……」


「いえ!……聞きたいです!お願いします!」


実母の食いつき振りに若干引きつつ、実鳥は静かに物陰から去って行くのであった。




「……とゆう現場に遭遇していました」


勇吾と美鈴の会話は、実鳥によって緻密で詳細、正確に姉妹達へと報告が成されていた。


「……鈴ママは……ヘタレ萌え?」


梓の呟いた感想一言目に、(実の娘)さんは、思わず口に含んでいたコーラを気管へ吸い込みむせこんだ。


「げほっ!んふっ!べほっ!……ヘタレ萌えって、実母をそう言われる側の気持ちを考えろよ梓ぁ~!」


「落ち着きなってはるるん~。何気に口にしたけど……もう後悔してます。完全にブーメランでしたから、コレ」


「へ?」


事実、燕だけが頭に?を浮かべていて、他は苦笑いを浮かべていたり、床を見つめて暗い顔でブツブツ呟いたりしている。


みんな、ヘタレに惚れた嫁の娘だからだ。


「そ、そうだった……言われてみれば、お母さんはお父さんの駄目っぷりを笑顔で流しちゃう人だったわ……」


「母様も、面倒見甲斐があって楽しくて困ると生前に仰っていたことが何度かあったのです……」


「複雑だよ……自分の母親の好みを疑った事はあったけど……それを言葉で表現すると……ヘタレ萌えだったなんて……」


「梓ちゃん……何気で毒属性全体ダメージ止めて……」


「今日の梓ちゃん、舌好調である……」


揃いも揃って落ち込んでしまったものだから、そんなつもりもなく話を持ち込んだ実鳥は、当然狼狽える。


「ええっと!私が言いたかったのはそうゆう事でなくって……おじいさんが素敵なこと言ってたなぁ……と」


「そ、そうね。私も実の孫じゃないけど、とても可愛がって戴いてるし……私に子供が出来たの、知った途端に喜んでくれたし!」


妊娠と交際告白から森岡家に来るまで、最愛の弟からすら踏んだり蹴ったりな罵声を浴びせられたり、一番尊敬してくれていた(小町)から残念な人を見る視線で射ぬかれていた光にとって、先ず喜んで祝福してくれた祖父母の存在はとても有り難く嬉しいものなのだった。


「……ボクにした仕打ち、チクリましょうか?」


「止めてよ!剣にガッカリされたり、梓にビンタされたりしてとっても反省したんだから……」


「……まあ、ボクもネチネチ引きずるのは趣味ではないので本当にチクったりする気はありませんが。それはそうと、我が祖父ながら大した懐の深さであります!……美鈴義母様に格好つけたかったのでもありましょうが」


「鈴ママ美人さんだから仕方ないよね~」


「……でもまあ、家族関係が変に拗れるよりはずっといいと思うけどね。実際、お義母さんの実家について遥義姉さん達は何も知らないんだったよね?」


「ああ。母さんの両親の顔も名前も知らねえし、正直興味もねーな。マジで困ってた頃にすら関わり無かった訳だし」


感情の起伏を感じさせない返答だった。


「だよねぇ。お母さんの実家は由緒正しい名家らしいけど、実感無いもんね……」


「今の……フラグ?」


「相続ドラマルート?」


「な!何言ってんですか二人とも?有り得ませんって!」


双子の茶化しに、冗談っぽく笑顔で流す実鳥。考えた事も無いといった返しである。


「……ボクは、御嬢様スタイルな遥義姉様も悪くないかと。だが、メイドだ!」


「メイドですけど何か?てか、御嬢様なんてメイドよりガラじゃねえっての……自分で想像して鳥肌立つわ」


「はるるん、素材は良いのに残念さんだよねー。しかしながら、相続ドラマルートが確定したとして、あちらさんが強攻手段に出ないことを祈るばかりですよ、わたしゃ……」


くわばらくわばらと、合掌して瞳わ閉じて祈る梓に、遥と実鳥は怪訝そうに顔を合わせた。


「……なんだよ?そんなに、心配することか?」


「いや、本当になった場合、ばめたんだって連行対象になるじゃない?」


「それは……まあ、そうなりますよね」


「そうなったら、鈴ママの実家が崩壊します。物理的に」


あ~……と、双子と桜の口から同意100%の呻きが漏れた。


「兄様を本気で怒らせたら……生存不可能であります」


「魔人の妹に手を出してはならない……」


「憐れだけど、同情の余地は無し」


剣による蹂躙と呼ぶべき報復を想定して遠い目をする三人に加えて、光も苦笑いを浮かべていた。


「……あのさ、みんな剣の事ツエェーってよく言ってけどさ、実際どの程度なん?アイツが喧嘩してんの見たことねーから、ピンと来ねーんだけど」


「どの程度……かぁ。まぁ、小学生の頃に、近所で悪さしていた不良の中高生を一人で一掃した事があったけど?多い日だと、二十人ぐらいを一日で」


「けんちゃんなら、どんな格闘技でも日本最強の高校生になっちゃうね!」


「おにーちゃん、リアルに人間卒業してるレベル」


「15メートル級の巨人を単独撃破可能」


「連載終盤の子供先生と互角だと思うのであります!」


姉妹のトンデモ高評価に、遥はとても冷めた目をしていて、実鳥は喩えが理解出来ずに腕を組んで悩んでいる。


「なぁ……それは何処の団の兵長さんだ?雷と同じ速さで動ける化け物なのか剣は?」


さにゃえメイド長の徹底教育の結果、遥はそこそこのヲタ知識を有しているのである。


「いや、それはどうなんだろ……でもね遥義姉さん、光姉さんが言ったのは……実話なんだよ。少なくとも小学生の頃で、複数の不良学生を一方的に蹂躙しちゃえる化け物だった……」


「……マジかよ。つうか、何でそんな事態に!?」


全く尤もな疑問である。小学生が何をしでかしたら、二十人もの中高生の不良を殲滅する事になるのやらである。


「あれはねぇ……義母さんが亡くなって、しばらくたった頃だったわね。当時、桜がかなり精神的に参っててね……」


桜が?と、猜疑心溢れる視線が桜に注がれる。


「な!?何ですかその疑いの目は、遥義姉様!ボクだって人並みに落ち込む事はあるのですよ!」


「さっちゃん、普段の素行大事ね。イメージ大事!まぁ、それでね、けんちゃんもその頃ピリピリしてたから、可能な限り家族の安全を脅かすモノを事前に排除って思考になってて、小学校の通学路で目についたガラの悪い奴に片っ端から喧嘩を売り歩いて………って、訳!」


「八つ当たりじゃん……いや、小学生から喧嘩を買う連中も大人気ねぇな……」


「てかねぇ、他人事じゃないよはるるん。パパりん達の再婚当初、あからさまにけんちゃんを敵視してたでしょ?けんちゃんが心広いから問題にしてなかったけど、はるるんがさっちゃんやこまたんに間違ってでも暴力振るったりしてたら……いやぁ、良かった良かった」


「ま……待て!間違ってたら、一体……?」


「骨も残らない」


「よくても一生トラウマな恐怖を味わってた……的な?」


「兄様は身内に優しい方ですが、敵に対して容赦ありませぬからなぁ……コレ、ナイショでありますよ?」


桜は遥だけに聞かせるよう、耳打ちした。


「光姉様のモデル時代、ストーカーやパパラッチを何人かベッキベキに骨折って病院送りにしているのです。その時の脅し文句が……「肋と指、どっちを全部折られたい?」だったのであります。答えられないと……どっちも全部折られたのです……」


「い……いくらなんでも、嘘……だよな?」


ふるふると首を振る桜。


「ボクも同行して一部始終を目撃していたのであります。信じるか信じないかは……遥義姉様次第ナノデス」


当時の記憶を掘り起こし、敬愛する兄とはいえ、冗談抜きでドン引きした件であったと思い起こした桜であった。


「えっと……とにかく怒らすなって事だな?で……常識で測れる強さじゃねぇと?」


未だ半信半疑な遥であるが、剣を語る姉妹達の表情からは、遥を担ごうとしている態度が感じられないのも事実であった。


そこで、実鳥が口を開いた。


「でも……筋力だけなら光さんが上ですよね?」


「え?」


素頓狂な声で、光が反応した。


「だって……剣さんと翼さんと希さん。三人がかりでも……光さん止まりませんでしたし……」


皆の視線が光に集まる。光は笑顔を凍らせ平静を装うが、動揺は汗となり、ツーッと流れ落ちてゆく。


「……いつの間にか、ばめたんリタイアしちゃってるし、そろそろ片付けて寝よっか?」


「そうだね。お祖母ちゃんに朝食作るの手伝うって約束してるし」


「……田舎の村で早朝散歩すんのも気持ちいいかなー」


「え、えっと……歯磨きしてくるね」


「明日の朝の撮影スポットは神社と森と……」


「希、も一度シャワー浴びいこ」


「ん、熱くなりすぎた」


全員が、敢えて言葉にしないとゆう気遣いをしたことが、光さんの胸を激しく貫いた!


「ま……待って~!ゴリラ認定したまま終わりにしないで~!」


しかし、誰も聞く耳持たず。聖家のクイーンコングの慟哭空しく、旅行初日の夜は閉幕となったのであった。



敏郎さんにも見せ場をあげたい。

だが、当然二日酔いだ!

次回は主人公の目覚めからになります。

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