47話目 結婚しません
「翼、希……これ見よがしにぃ~」
スタイルの違いをまざまざと見せつけられ、光は恨みがましくジト目を双子に向けた。
「お姉ちゃんこそ、何したの?」
「小町がハリセンで居合い切りとか(笑)」
希の台詞に我に返った小町は、ササッとハリセンを背中に隠した。光を諌めるとか、遥をレスキューとか、燕の教育上とか総合的に判断しての行動ではあったが、ハリセンでとは言え、長女様の頭をぶっ叩くのは、やはり恐れ多かったのである!
「恐怖に耐えてよくやった!感動した!」
妹の勇者っぷりに、賛辞を惜しみ無く贈るのは梓だ。
「……梓姉様も、こないだ光姉様をペチったのであります!」
「あの時の梓さん、凛々しかったです!」
敬うように、梓を見つめる桜と実鳥。むしろ、貴女こそ勇者です!と言わんばかりに。
「あの時の話は、恥ずかしいから止めてぇ~」
光にとって、一生で最も恥ずかしかった出来事を語る妹達に、狼狽するしかない御姉様は……彼女を強く尊敬している小町ちゃんから見ても、滑稽でした。
「はは……あの話……ホントだったんだ……」
「そう、最大の功労者は梓ちゃんだった」
「私達とお兄ちゃんの三人掛かりでも猛進するゴリラがいた」
「だからやめてってばー!」
姉達のフォローもあり、小町の中から〝やっちまった感〟は薄れ、肩の力も抜けつつあった。と、そこへ助けを求める声が一つ。
「だ……誰か燕を引き剥がしてぇ~」
「……あ(×7)」
「えーと、飲み物行き渡ったわね?じゃ、かんぱ~い!」
改めて、光の音頭でパジャマパーティーが開幕した。布団の上にはジュースやお菓子が規則性なく並べられている。決して、カロリー計算してはいけない世界である……が、それでも気にしてしまうのが女子である。
「ん?どったのこまたん」
寝そべりながらポテチを重ね食いする梓が、お菓子に手を伸ばせずにいる小町に訊ねた。
「うん……今日は昼間にも沢山甘いの食べたから……絶対、太るだろうなって思うと……」
その言葉に、遥と実鳥の手も止まった。
「ふ~ん?あ、さっちゃんそこのチョコクランチ頂戴」
「梓姉さんは気になんないの!?」
「別に~健康なら多少太くなってもいいじゃな~い」
実際、梓は痩せてはいないが健康体である。ストレスフリーこそが梓のライフスタイルなのだ!
「おにーちゃん、女の子の体型気にしないもんね。グミ美味しい」
「健康第一って言ってたもんね。マシュマロ美味しい」
双子も迷い無くパクついている。この双子が食べて体脂肪となった物は、大半が特定部位に着くので、これでいいのだ!
逆に、いくら食べても大半がどこにも着かない御方も、恨めしそうに双子の双丘を眺めつつメロンソーダをごきゅごきゅ飲んでいた。
「ぷはっ!小町、そんなに気になるなら運動して消費すればチャラになるわよ。桜なんて普段から夜更かししながらスナック食べてるのに太らないのは、ダンスしているからよ?」
「そういえば……桜姉さん、肌荒れはしてるけど、スタイル悪くはないよね……」
「趣味の為に手抜きをしない結果なのであります!……好きなキャラと作品のイメージ保全の為なら血も汗も涙も尿も流す覚悟でありますからして!」
拳を掲げて力説するさっちゃん。二度目の人生だからこそ、失敗を怖れずヲタ道を突き進むのだ。
「さておき、ならば明日は運動しましょう!じい様の畑仕事を手伝うも良し。空気の良い野山で駆け回るも良し。ボクの動画に参加して踊ってみるも良しなのです!」
「最後のは却下で。後、尿はトイレだけにして」
「むむぅ~。上手く乗っかってくれないであります……」
「今の、誘導尋問にすらなってないから。引っ掛からないから。でも、運動はするべきだよね。適当に散歩してみようかな」
「それなら、けんちゃんと一緒にこだちの散歩すれば?早朝五時からだけど」
身に染み付いた習慣。剣は目覚まし時計がなくても五時前に起きてしまうのだ!当然明日も!
「帰省してまで……兄さんってば品行方正」
「昔から早寝早起きなんだけど、こだちを飼い始めてから輪をかけて規則正しい生活してるのよね~。学校じゃ悪名ばかりが先行しちゃってるみたいだけど」
四年間毎日(学校行事等、特別な場合を除く)欠かさずである。犬の飼い主としての責任感と義務感が計り知れない。
「剣さんって、小さな頃からあんな感じですか?」
「うん!会った時から、ずっと素敵❤」
「……てか、コレもそんな感じか?」
「梓ちゃんも、昔からスタンス変わらず」
「ずっとラブメーター振り切れてる」
「だってぇ~運命だしぃ~一目惚れしちゃったんだもん~」
「……よくまあ四歳だか頃の気持ちが持続してるもんだ。もう剣も十八になったんだし、さっさと結婚しちまえば?」
「しないよ?」
一瞬、室内から燕がお菓子を貪る咀嚼音以外が、消えた。
「あ……梓、それは今はって事よね?結婚って、時期も大切だものね?お姉ちゃん、ビックリしちゃったわよ……」
「だから、しないって」
再び、しんと静まり返った。梓と、お菓子に夢中な燕以外の全員が表情を強張らせて、狼狽えている。
「え?……あれ?梓姉さん、兄さんの事、好きなんだよね?愛してるんだよね?」
「こまたん、何を今更?答えるまでもない」
やはり、訳が分からず小町は頭を抱えて悩み始めた。
「梓姉様……結婚しないということは、将来的に兄様と別れるつもりなのでありますか?」
「……それこそ何言ってるのかな?結婚したって別れる人は別れるでしょうが……そんな制度ごときに縛られなくたって、一緒にいるのに問題無いでしょう?」
なるほど!と、桜は納得して右手を拳にして左の手のひらの上にポンと置いた。
「つまり、国やら行政なんぞに受理されなくとも、とっくに身も心も兄様の物であると仰る訳ですな?」
「そうそう!私達は法的よりも、精神的な繋がりを大切にしたいのです!……分かるよね~?つばたん、ぞみたん」
「!梓ちゃん……知ってた?」
「侮りがたし……」
神妙な表情で赤面する双子に、他の面子は困惑している。事情を知っている光が慌てて話を反らした。
「と、兎に角!結婚とゆう形に拘ってないってことなのね?でも……女の子としてそれはどうなの?ウェディングドレスとかに憧れとか無いの?」
「ん~、まぁ、ドレス着て記念撮影ぐらいはしたいかな。けんちゃんのタキシード姿も見たいし」
ほっと息を吐いて安堵する光。それは果たして、梓にマトモそうな感性が在ったからか。双子の近親恋愛を他の姉妹達から誤魔化せたからか……
「なんだか……ビックリしました。でも、思い返してみると……梓さんから結婚って単語、聞いたこと殆んどなかったかも……」
「そういえば、兄さんからも……二人は当然結婚するだろうと思っていたから、わざわざ訊かなかったし……」
「自分で話ふっちまっといてなんだが、身近な人間でも、気付かねー事ってあるんだな……しかしよ、別に結婚しないって理由にもならねー気がすんだが……」
「そうよね……役所に『認めてください』じゃなくて『認めさせてやろう』ぐらいな気持ちでなら、剣はやりそうだけど」
光の意見に〝スッゲェ解る〟と同意者多数。剣さん、家庭外では超上から目線キャラと妹達に思われている。梓の投下した爆弾からざわめいていた室内に、笑い声が戻ってきた。
……のも束の間。
「結婚しちゃったら、日本だと二人目三人目以降は不倫になっちゃうでしょ?」
第二弾が投下準備されていたのであった。
梓を中心に白熱する議論から離れ、実鳥は一人でお花摘に退室していた。その帰りに、窓から見上げた夜空の星々があまりに綺麗だったので、勝手口から外に出て、星空を眺めていた。
「……まさか、梓さんがハーレム肯定思考だったとか、世の中判らない事だらけだよ……」
義妹である自分ですら驚くしかないのだから、梓を知る殆んどの者がそうなるだろうと実鳥は思った。誰が見たって、梓が剣を大好きなのは明らかなのだ。梓が剣に対する好意を表現した結果恥ずかしがる事はあっても、羞恥心から物怖じして奥手になるなんてアリエナイと思えるのに……梓には剣を独占する気が無いと言うのだから。
(まあ、梓さんよりも剣さんに好意を示せる人なんていないだろうけどなぁ……)
実鳥が直に見たり、梓本人や他の姉妹から伝え聞くだけでも、剣への梓のイチャベタぶりは相当である。それはもう、朴念仁な少年に這い寄るウザ可愛い邪神的な宇宙人ヒロインかと。
剣がそんな梓を受け入れている様子を見てしまえば、剣に仄かな想いを抱いている少女が仮にいたとしても、戦う前から諦めてしまうのが常であろう。
(結局、剣さんが梓さん以外の女性を……剣さんを本気にさせる人なんていないと思うんだよなぁ)
四年、家族として共に生活する中で、剣に他の女性の陰を感じた事もなく、親の再婚当初に遥が危惧していたような事も無かったのだ。……本当に一度も、お風呂や着替え中を見られる事すら無かったのだ!一度の事故すら!
(今なら笑い事だけど、あの頃のお姉ちゃん、心配性だったなあ。絶対に私を剣さんに近付けないようにしたりして。……無理もないか。小学校の先生でも、男の人駄目だったもんなぁ)
実の父親からの暴力により、実鳥は男性恐怖症となっていた。今でこそ、多少苦手な程度に落ち着いているが、当時は近付かれ、声をかけられたりするだけで身が竦み、泣き喚いてしまう事すらあったのである。
(お義父さんにも、初めは苦手意識バリバリだったし。でも、剣さんにはむしろ、最初から安心感あったんだよね……夢の中のあの声と、雰囲気が似てたから?)
大きな傷痕が残る怪我をしてから、稀に見るようになった夢の中で、実鳥は一人で見知らぬ世界を旅していた。だが、一人でいるはずなのに、何処からか不思議なことに自分ではない声が聞こえてきて、その時の夢の中の自分は、とても楽しそうで幸せそうだった……
実鳥はその夢の事を、遥にすら話した事がない。その、夢の中での自分の姿が……あまりにも荒唐無稽で、恐らくは何処かで見たアニメかなんかの影響だと自己完結したからである。
(夢の中の私……あの娘は、一人なのに幸せだった。幸せって、人それぞれなんだな。剣さんと梓さん……二人は、どうなったら一番幸せなんだろう?……やっぱり、好きな人達には幸せでいてほしいなぁ)
長居するにはまだ少し冷える五月の夜。都会ではなかなか見れない沢山の星が煌めく夜空が名残惜しくも、実鳥はそろそろ喧々囂々しているであろうパジャマパーティー会場へと戻る事にしたのであった。
ぶっちゃけとネタバレ回でした。
あー、どっちも勿体ぶった!
ネタバレの方はバレバレだったと思いますが……
次回もナイトパーティー!




