133話目 心奥
少々鬱展開で、筆が進みませんでした……
「もうっ……少し!」
苦しそうに息を荒げる遥を抱え、ガルミアは背中の鞘に納めた大剣――魔王の剣が在った場所を、ガルザートの墓標を目指して全力疾走していた。
チラリと後方の様子を伺うと、煌々と燃え盛る炎弾と飛翔する聖剣が激突するや爆発し、繰り出しあう剣戟が激しく火花を散らしてぶつかると、その衝撃が地面を抉って土砂を巻き上げる……
剣とガルザートが接触した場所はもれなく半球状に陥没し、遠望からその有り様を確認したガルミアには、無数の隕石が次々と落下でもしているかのように、クレーターが増産されているように見えた……
まさしく、伝説に語られるような人知を越えている決戦。
「聖剣さん……魔法で攻撃出来ないハンデがあるのに……」
剣が相対するは、勇者以外に比肩する者がいないとされているエルヴィアス最強の存在である、魔王。しかも、実際に死闘を繰り広げたヴェルティエの記憶から再現されているので、その能力は本物以上でこそあれ、決して弱体化はされていない。少なくとも、その身体能力と魔法の威力は確実に本物以上なのである。
そんな、かつて戦った時よりも強くなっている魔王を相手に、拮抗した勝負を繰り広げている剣。
どちらにせよ、魔族の中でも凄腕の戦士であるガルミアをして、その戦闘に巻き込まれたら、足手纏いになる暇すらなく、余波だけで即死すると思わされるレベルの死闘であった。
「……聖剣さんには、絶対に逆らわない」
ガルミアは、揺るがぬ誓いを声に出すと、猛烈ダッシュで荒野を駆け抜けるのであった……
しばらくすると、ガルミアが幼き日にヴェルティエの転移魔法によって逃された場所、ガルザートの墓標が在った場所へと辿り着き、
「空間が……歪んでいる?」
墓標が在るべき地点は、球体状の歪みが在り、その歪み越しに見える光景は、乱雑に散らかった何処かの室内のようであり、ガルミアには見慣れない道具や家具ばかりに見えた。
「うっ!……ゲホッ!ゴホッ!」
「ハルカ!?」
苦しそうに咳き込む遥を目の当たりに、ガルミアは一瞬の躊躇いもなく、見慣れぬ光景が広がる歪んだ空間へと、遥を抱き締めたまま勢いよく突撃した。
「ハルカ!ハルカッ!」
「う……くはっ!?……はぁ……はぁ……ようやく、息が、まともに……ガルミア、ありがとう……お陰で、助かっ……!?」
高濃度魔力地帯から別の空間へと転移したことで、遥の体調はすぐに快方へと向かった。朦朧としていた意識も、ガルミアに呼び掛けられながら身体を揺すられた事で覚醒を始め……目にした光景に絶句すると共に、表情に明らかな嫌悪感を浮かべたのであった。
「ハルカ?ここが、どうかしたのか?見た感じ……ハルカ達の世界なんだとは思ったが……」
そこは、畳敷きの六畳間で、天井には円形の大小二本の蛍光灯が使用されている照明がぶら下がり、部屋の四方は家具の並ぶ壁面に、カーテンの垂れ下がるガラス戸。布団が納められている押し入れ。台所や玄関との隔たりとなる曇りガラスの引き戸。年季の入った、アパートの一室であった。
「……私が、昔住んでた……家だ」
それは、遥にとって苦渋に満ちた過去である。あの日、悪夢そのものだった出来事以来、一度も訪れていなかった場所。信じていた愛情を失い、失望に苛まれ、憎悪に支配され、絶望に打ちのめされた……そんな、忌むべき場所であった。
どれだけ忌避しても、忘れた事なんてない。忘れられる筈もない。遥にとって、良くも悪くも大きな意味を持つ人生の分岐点の一つとなった場所なのだから。
「言ってはなんだが……散らかってるし、酒臭いな」
そこかしこに空き瓶や空き缶、カップ麺の容器等が散乱している。平穏な生活をしている訳ではないガルミアから見ても、この部屋の住人がマトモな生活を送っているようには、見えなかった。
「……マジ、こんな感じだった。アタシ達の父親……だったクソ野郎が、家を滅茶苦茶にしていたんだ。本当に、どうしようもない奴で……ちっ、思い出したくもねぇってのに……」
実鳥が生まれる少し前、遥の父親は会社内での何らかのトラブルが原因で職を失い、それから心が荒み続け、暴力的な性格へと変貌していった。
遥も高校生になり、アルバイト経験を積んだ事で、働く事や、職場の人間関係の難しさを多少は理解するようになり、当時の父親の辛さも、少々解せる……ように思えてしまい、その度に怒りが沸き上がらせていた。
どんな理由があろうと、その結果、実鳥の身に起きた事件を、一生消えない傷痕を刻んだ張本人を理解するなど、ましてや許すだなんて有り得ない。遥は、娘であることよりも、実鳥の姉であることを、幼き日に選び、そう心に誓って生きてきたのだから。
「……ここにも実鳥はいないみたいだし、さっさと次に……」
荒野からは一方通行だったのか、二人がこの部屋に入った時点で空間の歪みは存在していなかった。遥はごく当たり前に、外に出るなら玄関だろうと、曇りガラスの引き戸を開けようとして手を伸ばした。
『うるせぇんだよ!静かにしやがれ!』
「なっ!?……今の、何!?」
「ガルミアにも聞こえた?……今の、アイツの声だ……うわっ!?」
突然、二人の視界に、酒に酔っているのか赤い顔色で、虚ろで歪んだ視線で睨んでくる男の姿が映った。
『泣きゃあ誰かが助けてくれると思いやがって……そんなに俺が気に入らねぇか!』
怒声と共に、床に転がっている空き缶が投げ飛ばされる。それが身体に当たった痛み、そして……身が竦む程の恐怖が、遥とガルミアに伝わってきた。
「これは……実鳥の、記憶……こんな、こんな……」
「う、うあ……これが、なんて……酷い……」
それは、実鳥が幼少期に、日常的にあった出来事の、ほんの一欠片。何時、感情を爆発させて暴れるか知れぬ父親に脅え、振るわれる暴力に耐え続けていた……痛みと苦しみの記憶。
「……んなに、怖かったんだな、実鳥の奴……くっそ……野郎への殺意が千倍増しになっちまったじゃねぇかよ……」
実に何年ぶりか、自身の記憶の引き出し以外から見た父親の姿は、あまりにも醜悪で、遥の憎悪を掻き立てた。そして、それ以上に沸き上がる後悔の念。
「アタシは……全然実鳥を守れていなかった……」
遥は、実鳥が父親の虐待に苦しめられていた頃の感情に触れた事で、自分を責めずにはいられなかった。
「もっと……早く……救わないと駄目だった!」
だからこそ……自分を責めて、足踏みなんてしていられない!
「行こう、ガルミア!辛い記憶を見せられて……落ち込んでる場合じゃねぇ!」
「ハルカ……そうだ……ママは、私が助けるんだ!」
実鳥の過去に起きていた出来事は、ガルミアにとってもショッキングだった。今、現実世界では実鳥を見守り、心から案じている姉妹達がいる。
死に別れた母親が、転生した先で優しく暖かな家族に囲まれていると知ったばかりであっただけに……そうなる前に、暴力に抗う力も持たない、暴力を受けねばならない理由さえ在る筈もない幼女が、実の父親から虐げられている事実があったことに、ガルミアは憤りを通り越して、ひたすらに悲哀を感じていた。
何故、ママは生まれ変わってまで、こんな目にと……
遥とガルミアが決意を新たに玄関のドアを開け放つと、そこは……燃え盛る炎と煙が渦巻き、灰と血の臭いが充満している、略奪と殺戮の限りを尽くされた……小さな集落の成れの果てであった。
聞こえてくるのは、焼け崩れる家屋の軋み。痛みに喘ぐ女子供の泣き声。それらを下卑た男達の声が嘲笑う……
「ひ……ひでぇ……盗賊にでも襲われてんのか?」
「……違う。あれは、人狩りだよハルカ。襲ってる奴等の装備が、ちゃんとしている。襲われているのは……ママの、同族だ」
これは、ヴェルティエの過去。そして、最初の悲劇。翡翠狼族の集落が、奴隷商に雇われた傭兵に襲われ、家族を、仲間を、家を、尊厳を……何もかもを失った時の記憶だった。
二人の意識に、ヴェルティエの記憶がリンクする。
しかし、ヴェルティエがあまりにも幼かったからか、繋がる記憶の順番は支離滅裂で、視界も涙に濡れてぼやけていた。
『やめてぇ!ママを離して!いじめないで!』
『逃げ……ろ。生き、ろ……ヴェル……』
『孫を離さんかっ!この外道が!?……ぐぉ……』
『いやあぁぁぁ!ヴェルティエー!』
『パパ?やだぁ……死んじゃ、やだぁ~……』
見るだけで身の毛が弥立つ悍しい光景。聞くだけで心が掻き毟られる悲痛な嘆き。
ヴェルティエ自身が、幼い自分自身の心を守る為に、記憶の底に封印していた忌まわしい記憶。実鳥がヴェルティエの記憶を甦らせた事により、死の間際に見た走馬灯までも思い出してしまったが故の、この世に在った……地獄。
「其方も、知らぬ話であろうがな」
「あぁ?何がだよ!?」
幾度繰り返したかの鍔迫り合いの最中。ガルザートが発した言の葉、剣は思わせ振りな言い回しに不機嫌を隠さず問い返す。
「宿主が、其方と出会う前の出来事だ」
「それ、必要な話かよ!?」
剣が必死で防戦に徹する中、ガルザートはまだ余裕があるかのように声を掛けて来たのである。剣が不満を感じるのも当然であった。
「いや、其方にも知らぬ事が有るのだろう?それでよく、二人を先に行かせたものだと思ったものでな」
「……それ、矛盾してるぞ?いや……成る程な。そうゆう風に、なってるのか……」
何かに気付いたように、したり顔をした剣に、今度はガルザートの方が不機嫌そうに仏頂面となった。
「不愉快だな。一体、何を勝手に納得している!」
「……ガルザート、あんたはオリジナルよりパワーもスピードも優れちゃいるが……結局ヴェルティエの想像だってことさ。今のあんたには、ヴェルティエと実鳥の、美点であり欠点である所が顕著に出過ぎてるんだ。少なくとも……オリジナルのあんたは、こっちの事情なんて気にもしないで殺る気満々だった筈だからな」
そう、コピーガルザートはその戦闘能力だけでなく、性格まで過剰評価……美化されていると言っていいレベルだと剣は気付いたのである。確かに十九年前、実際に戦ったガルザートには王者としての風格が備わっており、小細工を弄するような卑怯者ではなかった。しかし、相手の事情を慮って戦闘中に手心を加えるような、手緩いとも思える優しさを見せる男でもなかった筈だったのである。
「……俺を手放し、素手になったヴェルティエに情け容赦なしの一撃を浴びせようとした奴にしちゃ、戦い方が上品なんだよ。あまりに、正々堂々過ぎるんだ。思い返せばここまでのガーディアンも、一体ずつしか出てこなかったからな。……もっと極悪非道に、クリア不能なクソゲー設定になってない辺り、真っ直ぐな性格が出ちまってんだよ……あんたのキャラ設定にもな。そもそも……あんたとの戦いの巻き添えにせず、身体を蝕む魔力の影響から逃がす為にも先に行かせるしかねーだろっての!半端な優しさ見せたりしたら、そりゃ奇妙だって思うだろーが……」
剣がコピーガルザートに感じた違和感。それは、あまりにもヴェルティエの理想とする姿が反映されていたからであった。あまりに高潔なガーディアン。それを、最も強大であった敵に求めた……その理由は――
「拗らせてるなぁ、実鳥の奴……」
もっと、身近な奴に甘えてくれればいいものの……
剣は、そう思わずにいられなかった。
鬱が過ぎた……ドラ○エⅣの勇者よりしんどい過去が、ヴェルティエにはあったのです……
そこに実鳥の過去もミックスされて……
そりゃあ拗れて鬱になってる訳です。
なんで、次回は気分を変えて超人バトルの続き!
サブタイトルは【聖剣】!
トンデモ技を出しまくるぞー!




