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されど恋  作者: 玉葱CH
第一章 出会い
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第一章 出会い

校門をくぐると、朝の光が校舎の白い壁に反射して眩しかった。

春休みが終わったばかりの校庭はまだ静かで、風に揺れる桜の枝だけがかすかに音を立てている。

昇降口へ向かう道は、ほんのりと新しい匂いがした。

磨かれた床、塗り直された壁、まだ使われていない掲示板。

すべてが「新しい生活が始まる」と告げているようだった。

靴箱の前を抜け、廊下を進むと、ロッカー前の掲示板に人だかりができていた。

ざわざわとした声が重なり、誰かの名前を呼ぶ声や、友達を見つけて喜ぶ声が混じっている。

入学式の日の恒例、クラス割り表だ。

「……クラス、どこだろ」

胸の奥が少しだけ高鳴る。

人の隙間を縫うように近づき、貼り出された紙を見上げた。

そのとき、見覚えのある横顔が目に入った。

「……翼」

名前が自然に漏れた。


小学校の頃はよく話していたのに、中学では恥ずかしくて声をかけられなかった相手。

その距離を思い出して、胸の奥がざわつく。

翼はクラス割り表をぼんやりと見つめていた。


勇気を出して、そっと声をかける。

「おはよう、翼。クラス、見つかった?」

翼は肩を小さく揺らし、少しびっくりしたような顔でこちらを振り向いた。

目を丸くして、ほんの一瞬だけ固まる。

その反応に胸がきゅっとなる。

けれど次の瞬間、翼の表情がふっと緩んだ。

「……ひぃくん。うん、今見てたところ」

そう言うと、翼はそぉっと細い人差し指を紙に向けた。

「クラス……。一緒よ」

翼の指先を追いかけるように視線を動かす。

名簿の中ほど、同じ行に自分の名前と翼の名前が並んでいた。

「……ほんとだ」

言葉にすると、実感がじわりと広がる。

翼は嬉しそうに、どこか照れたように笑った。

その笑顔は、小学校の頃と変わらない。

中学で遠ざかってしまった距離が、ほんの少しだけ縮まった気がした。


入学式が始まると、体育館の空気が一気に張りつめた。

ざわめきが静まり、椅子のきしむ音だけが小さく響く。

壇上の校長がゆっくりと歩み出て、マイクの前に立った。

胸の奥が少しだけ強く脈打つ。緊張か、期待か、自分でもよく分からない。

「――新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます」

声が体育館の天井に反射して、広い空間に淡く広がっていく。

けれど、その言葉が自分に向けられている実感は薄かった。どこか遠くの出来事のように聞こえる。

周りの生徒たちも、同じように前を向いて座っている。緊張しているのか、眠いのか、表情は読み取れない。

校長の話は長いようで、短いようで、内容はほとんど頭に入ってこなかった。

ただ、言葉が一定のリズムで流れていき、それを聞きながら時間が淡々と過ぎていく。

来賓の挨拶、在校生代表の言葉、新入生代表の宣誓。どれも丁寧で、どれも静かで、どれも同じように遠かった。

気づけば、式は終わりに近づいていた。

「以上をもちまして、入学式を終了します」

その一言で、張りつめていた空気がふっと緩む。

深く息を吸うと、胸の奥の緊張が少しだけほどけた。

特別なはずの式なのに、気づけば淡々と終わっていた。

けれど、体育館を出るとき、ほんの少しだけ世界が明るく見えた。

入学式が終わり、体育館から教室へ戻ると、緊張が少しずつほどけていった。

窓から差し込む春の光が机に反射して、教室全体が柔らかく明るい。

席に座ると、担任が前に立ち、名簿を手に取った。


「それでは点呼をします。呼ばれたら返事をしてください」

淡々とした声が教室に響く。

一人ずつ名前が呼ばれ、そのたびに短い返事が続く。まだ知らない名前ばかりで、どこか現実味が薄い。

けれど、その中にひとつだけ、胸の奥が反応する名前がある。

「——春夏翼」

その瞬間、心臓が小さく跳ねた。

隣の席で翼が「はい」と返事をする。その声は、小学校の頃と変わらない。中学の三年間、声をかけられなかった間も、ずっと胸の奥に残っていた声だった。

あの頃の記憶が静かに浮かび上がってくる。

小学校でよく話していたこと。放課後の帰り道を一緒に歩いたこと。翼がよく笑っていたこと。あぶなっかしいところがあったこと。

中学に上がってから、なぜか恥ずかしくて声をかけられなくなったこと……。

彼女の名前を呼ばれただけで、胸の奥に積もっていた時間が一気に動き出す。

「春夏 翼」

その名前は、自分にとって特別な響きを持っていた。


「……次は玉葱さん」

名前を呼ばれ、立ち上がる。

教室中の視線がこちらに向くのを感じながら、ゆっくり口を開いた。

「玉葱誠です。家が近かったので、この高校を選びました。妹が一人います。やりたいことは……まだ決まっていません」

そこまで言って、少しだけ言葉を継いだ。

「中学では、バスケをしていました。放課後はよく図書室にいて……静かな場所が好きだったので。

気づけば本を読むより、ぼーっとしてる時間のほうが長かった気がします」

「あと、ゲームが好きです。上手いわけじゃないんですけど、家でよくやってました」

それを言った瞬間、教室の空気が少しだけ和らいだ気がした。

どこかで小さく笑う声がした。

「高校では、何かひとつくらい続けられるものを見つけたいと思っています。……よろしくお願いします」

軽く頭を下げて席に戻る。

心臓はまだ少し早いけれど、言いたいことはちゃんと伝えられた気がした。

隣を見ると、翼がそっと目を合わせてかすかに微笑んでいた。

ホームルームが終わると、教室の空気が一気にゆるんだ。

椅子を引く音や、友達同士の小さな笑い声があちこちで混ざり合う。

教科書を鞄にしまいながら、今日一日の疲れがじわりと押し寄せてくるのを感じていた。

今日のことはどれも大したことじゃないはずなのに、慣れない緊張がずっと続いていた。

隣を見ると、翼は静かに鞄を整理していた。

目が合うと、ふわりと微笑んでくれる。

それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。

「…また明日」

翼が小さく手を振る。


同じように手を上げて返した。

教室を出ると、廊下には新入生たちのざわめきが満ちていた。

まだ名前も知らない人ばかりだけれど、

この中でこれから毎日を過ごしていくのだと思うと不思議と胸が軽くなる。


昇降口で靴を履き替え、校門を出る頃には夕方の風が制服の裾を揺らしていた。

家までの道はどこか違って見えた。

新しい生活が始まったせいか、景色が少しだけ明るく感じる。

家に着く頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。

玄関の扉を開けると、今日一日の疲れがようやくほどけていくようだった。

――今日は、本当に長い一日だった。

でも、悪くなかった。

明日から、ちゃんと頑張ろう。

家に着くと、玄関の灯りがついていた。

靴を脱いでリビングに入ると、妹がソファに座ってゲームをしていた。

「おかえり、お兄ちゃん!」

ぱっと顔を上げて笑う。 その笑顔を見るだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。

「ミユキ。ただいま。……待ってたの?」

「うん! だって昨日の続き、一緒にやるって言ったじゃん」

得意げにコントローラーを掲げる。

その仕草が可愛くて、自然と頬がゆるんだ。


「入学式どうだった?」

「クラスどう?」

「友達できた?」

「先生怖かった?」

操作する手と質問が止まらない。

まるで今日の全部を共有したいみたいに。

「そんなに一気に聞くなよ。んー楽しかったかな?」

優しく言うと、嬉しそうに笑った。

「よかったぁ。お兄ちゃん、緊張してたもんね」

「まあな。でも、そんなもんだって。入学式だもん」

「そっかあ」

照れたように笑いながら、僕の隣にぴたりと寄ってきた。

「ねえねえ、クラスにかわいい子いた?」

「……なんで?」 「だって気になるじゃん。お兄ちゃんの学校生活!」

「ふふ……まあ、いないとは言わないけど」

「えっ、いるんだ!」

目を輝かせる姿が可愛くて、つい頭を撫でてしまう。

「ミユキ、ほんとそういう話好きだよな」

「だってお兄ちゃんのこと知りたいんだもん」

その言葉に胸が少し熱くなる。

こんなふうに素直に言われると、どうしても甘くなる。

「……ありがと。ちゃんと話すよ」

「うん!」

嬉しそうに笑った。

「そうだ、お母さんから伝言あったよ。

『誠、制服しわにしないでちゃんとかけなさい』だって」

「はは……分かったよ。ちゃんとかける」

「うん、えらい!」

褒められて、なんだかくすぐったい気持ちになる。

「じゃあさ、お兄ちゃん。落ち着いたら一緒にやろ?

昨日の続き、すっごく気になってたんだよね」

「もちろん。ミユキとやるのが一番楽しいからな」

「えへへ、知ってる!」

嬉しそうに寄りかかってくる。

いつものその温もりに、今日の緊張がゆっくりとほどけていく。

画面のReady Goがいつもより明るく光っていた。

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