第49話 聖霊族
ミリィ……横向きにうずくまり、倒れている彼女の傍らに片膝をつく。上体を抱えようと思ったが……背面が全て火傷の”どす黒い皮膚”に浸食されており、頭も額のところまで浸食されている。
とりあえず、うつ伏せにして、既存の回復薬水(低)を背中と頭にかけるが……”どす黒い皮膚”はお尻や太ももの裏まで侵食している。そして、それは徐々にだが広がっている。
くそっ!! 異空間の中でありったけの魔草『ヴィーダ草』を【薬剤生成】で急ぎ回復薬水(低)にしていく。
シュゥゥゥーッ
効いてはいる、いるのだが……どす黒さの浸食を防いでいるだけの様な気がする。そもそも高位の回復薬水でも直せなかった症状、低位ではたかが知れているかっ! くそっ、予想以上に、これはまずいんじゃ……甘く考えていた! ああっ、どうすれば……
そう言えば、『聖霊族』の力が関わっていると言っていたが……
……【火聖の穢れ】…… → ……【火聖の呪怨】……
はっ!? ミリィの魂の操作盤、特殊固有スキル欄のスキル名がゆっくりと書き換わっていった。
「くそっ! なんだよこれっ!! スキルというかこれは、呪いじゃないか!」
ミリィを抱きかかえたいが、爛れた皮膚を触るとミリィに激痛が走りそうだ。
「あ、あるじ、さま……ごぶじ、で?」
「ミ、ミリィ! ああ、俺なら大丈夫だ! それより、ミリィ、とりあえず街に戻るぞ! こうなったらコリウスさんを頼ろう、俺が何とか頼み込むから!」
「よ、かった。ある、じさま、ごぶじ、で。わたしは、もう、いいです、から。におい、すごい、ですから、はなれて」
「そんなの関係あるか! 助ける、助けるから!!」
「もう、むり、です。すごい、ほのお、が、わたし、のなかで、あばれて……あ、あるじ、さま……」
ミリィはうつ伏せに倒れながら顔だけこちらを向ける。
「なんの、お役にも、たてずに……ごめんな、さい。 そして、こんな、わたしに、やさしく、して、く、れて……ほんと、に、ありが、とうご、ざいまし、た。ちょっとの、あ、いだ……だけど、たのしかっ……」
ちがうんだ……これは俺の勝手な……綾香を忘れないために、俺は君を……
少なくともライノ商会にいれば、こんな最後にはならなかったはずだ。俺が君を買わなければ、見つけなければ……あっ、
これが『聖霊族』の力なら…………俺は【水聖の祝福】に意識を向ける。
―—視界が一気に淡い蒼に染まる。そして……
「……頼む、この子を助けてくれ。君の力なら、この【火聖の呪怨】を……」
『水聖の幼女』が俺の横に立っている。そして、難しい顔をしてミリィを見つめている。
『ぜんぶは、なおせない。でも、だいぶよくはできる。あとはユキアががんばる』
「え? う、うん。少しでも良くできるならお願いしたい。あとは俺が高位の回復薬水を作れるようになれば」
『ちがう。せいれいのちゆまほうで』
え? せいれい、ちゆまほう……治癒魔法? あっ……〈スキル分割〉
【魂の回廊】
・水聖魔法(240)
→ ・清浄水魔法(60) ・水聖撃流魔法(60) ・水聖治癒魔法(120)
「……これか、”水聖治癒魔法” これがあればミリィを完全に治すことができるのか?」
『わたしが、”じゅおん”から”たわむれ”まではなおすことができる。あとはちゆまほうで、”まどろみ”までなおせる』
”たわむれ”? ”まどろみ”?? ……いったい何のことだ? いや、今はいい、とにかく、
「わかった。とにかく今はミリィを少しでも良くしてくれ」
すると『水聖の幼女』はかわいく頬を膨らませて、むーっとおれを睨めつけてくる。
『いいけど。でもそしたら、わたし、ねちゃうから、ユキアにすきなときに、あえなくなる』
「え? 寝ちゃう……? いなくなるわけじゃ……ないよね??」
『うん。ユキアのなかで、ねてる』
よくは分からないが、今はとにかく、
「お願い。この子を助けて」
『うん、じゃあ、わたしに、なまえ、つけて』
名前……? 名前……
「……君の名前は『イリス』。君はイリスだ」
水聖の幼女が脈打つように蒼く輝き出す。一瞬視界を奪われ、次に目を開けた時には、
「き、君は……」
「素敵な名前をありがとう、ユキア。早く”魂の力”を集めて、私を開放してね。しばらく会えないのは寂しいけど……」
あの時、”交わった”『水聖の少女』が立っていた。
「悪戯が過ぎるかな、”火聖の”。その子はまだ若すぎる、君の悪ふざけには耐えられないよ」
そう言って『水聖の少女』……イリスはうずくまるミリィを後ろから抱きしめた。
シュゥゥゥーッ シュゥゥゥーッ シュゥゥゥーッ…………
濛々と凄い水蒸気が立ち上がる。いや、これは普通の水蒸気じゃない、魔素を含む……いや、魔素とは似て非なるもの? なんだ? 魂力? 何だ魂力って??
じゃあね、ユキア……あなたのその綺麗な”翠緑の瞳”……”脈打つ翠緑の魂”が……大好き……
◇
凄まじいまでの水蒸気がようやく収まってきた。目の前には一糸纏わぬ姿のミリィがうつ伏せに横たわっている。そしてその背中は……俺はしゃがみ込んでミリィの背中を撫でる。
「治ってる……少なくとも皮膚に爛れはない」
触った感じはきれいな肌だ。さらさらとした手触りで、弾力もしっかりある。ただ、未だ少し黒ずんでおり、内出血しているような感じだ。しかし、頭も含め、全身の”どす黒い皮膚”は無くなっている。そして、あの匂いも。
俺はだが慎重にミリィを抱きかかえ、ミリィに回復薬水を口に当てる。無理に飲ませようとして誤嚥したらいけない。何度かそれを繰り返すと、ようやくミリィは一口飲むことができた。
「う、うーん……」
「ミリィ、無理をしなくていいから。ゆっくり一口ずつ、飲みなさい」
少しずつ、何口か薬水を飲んだところで、ミリィの目がうっすら開いた。
「よかった……定番の口移しで飲ませることも考えたが、あれもあれで誤嚥の危険がともな……」
ぴくっと微かに反応したミリィは、薄目のまま心なしか”おちょぼ口”になっていた……
な、なんだ、この可愛すぎる生き物は!!
……一口だけ、与えてしまった。
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