ジョージ③
「君の前回のレポートだが、ルーシー。素晴らしいよ」
放課後。
ジョージの隠れ家である資料室に、またも期限を遅れて課題を持ってきたルーシーにジョージは言った。
呼び止められたのは注意でもされると思ったのか。一瞬固まったルーシーはすぐに小さくありがとうございます、と言った。
「他の誰とも違う。勇気を持って自分の考えを書いたと言える。私は君のような若い生徒がこうした考えを持っているのが嬉しいよ。ただし誰にでも言い回ってはいけない。最悪中傷されかねないからね」
「みんな、まわりと同じじゃないと不安だから。きっとそうじゃない側を叩くんだと思います。それで安心できるから」
ルーシーの言葉は、小さいがはっきりとしていた。耳に残るトーン。
ジョージは頭の奥からゆっくりと冴えていく感じがした。
「戦争相手側ではなく戦争に反対する側を、戦争を望む側が批判することで一体感連結感が生まれる。ひとつのコミュニティがね。それに対する危険性を訴えながらも、自分のことを棚に上げて疑心暗鬼になったまま、やられる前にやる、そんな主張ばかりが通ることに関する内容が、」
「はい」
「私も同意見なんだよルーシー。授業ではもちろん言えないが。アメリカ批判なんてしたらその日のうちに保護者からクレームがきてしまう」
ジョージがクビを切られ、おえっと舌を出す真似をするとルーシーは笑った。
「今まで散々他の国に攻撃してきたくせにいざ自分たちが同じことをされるとそれ以上にやり返して、結果そこの国そのものを壊すなんておかしいですよね」
「ああその通りだ」
「でも実際は虐げられている誰かを助けたいとかじゃなく、そこの土地にある持ち物が欲しかっただけとか」
「うん」
「ヒトが生まれ、コミュニティを形成し出してからなにも変わっていない。そう先生の授業で学びました」
「ん、おお、そうかそうきたか、こんな田舎のつまらない教師でも一人の生徒に自分の言葉が伝わって嬉しいよルーシー」
「つまらなく、ないです先生の話は本当にその、興味をひかれるというか、歴史上の人間がこういうことをしていたんだっていうその実際の話がすごく面白くて」
ジョージはたった今気がついた。
この子は授業中ぼんやりしているのではなく、単に自分の話に聞き入っていただけなのだろうかと。
薄いブラウンの目はあちこち視点を泳がせ、結局床に落ちた。
ジョージはルーシーという生徒がこんなに喋ったのを初めて聞いたし、もっと聞きたくなっていた。彼女の思想が相応しいかどうか聞かねばならなかった。
「ルーシー」
ルーシーは顔を上げた。不安そうにしている。彼女が一瞬十歳くらいの子供に見えた。
「私は放課後ここに居座っているから、良かったらいつでも来るといい。授業で話しきれなっかったそれこそ教科書から脱線している話をしよう。そういう話はまだまだたくさんあるんだよ、人の数ほど。それに君の話だって聞きたいと思っているし」
「わたしの、ですか?」
「そうだ、君の考えをねルーシー。いつか君が大物政治家にでもなったときのために、とっておきのネタを仕入れておかないとね。さあ今日はもう遅いから帰りなさい。資料室の掃除を生徒にやらせていると噂されかねないからね」
ルーシーは微笑んだ。軽く会釈をして彼女は出て行った。
単純にいい子だとジョージは思った。
いい子だ。
だが彼女を知りたいという好奇心は、いい子の彼女をもしかしたら巻き込むという罪悪感を簡単に上回っていた。
いや、巻き込んでいるわけではない。
これは救済だ。