アーサー⑫
物思いはけたたましい猿の鳴き声でかきけされた。
アーサーはすっかり年を取った自分の顔を、ルームミラーで確認してから再び動画を見た。
小さな画面に映るリードはずいぶん太ったし、立派なひげをたくわえている。
それでもなぜか清潔に見えるのは丁寧に整えられた髪とスーツのせいだろうか。
人の印象は見た目が九割だとリードは言っていたが、顔を半分失くした場合は初対面の人間にどういった印象を与えるのだろうか。
同情とちょっとした嫌悪感だろうか?
まわりと同じ外見をしていない人間に対する悪意のない嫌悪。
三十年経っても若きリードの顔はいまだはっきりと浮かぶ。
牧場の異変は尋ねてきたハンター仲間のおかげで、その日の夜には大騒ぎになった。
死体の山の中に、ロープで全身ぐるぐる巻きにされた若い男が転がっていた。
牧場主に環境保全のチラシのことで呼び出されたリード・ブラウンは、アーサー・グレイフィールドに捕まり、いつも身につけている鞄にたまたま入っていた財布とパスポートを奪われた。
リードの提案だった。
自宅は荒らされていたためアーサーは強盗と見なされた。
悪質な強盗。
パスポートを紛失したことをリードは言わなかった。
財布を取られたことだけ口にした。
そしてデリヴァン牧場大量殺人事件から数年後、リードは卒業後もカナダに帰国せずそのままアメリカに残ることにした。パスポートはいつの間にか紛失したことにして。
その後、リードが疑われることはなかった。
彼は数年で社会的に弱い立場に置かれている人々を支援する弁護士と言う地位についたのだから。
アーサーといえば一ヶ月後にはアフリカにいた。
リード・ブラウンのパスポートを使って。
彼はアフリカへ旅立った。
リードから受け取った金(おそらく学費か生活費だ。リードの親の金だ)牧場から取った金はすでになかったが、行く先々で観光客からバックを奪ったため金には困らなかった。
観光客とは総じて油断に満ちた生き物だ。
今も昔も。
未知なる土地が優しく出迎えてくれるとでも思っているのだろうか。言葉も通じないのに。
アーサーは思う。
自分は運に恵まれていただけなのかもしれない。
下り立った地でまたしても素晴らしい出会いをしたのだから。
彼女はアーサーに今の基盤を作っていったようなものだった。
数年後自ら命を絶った彼女の名前は一番上に載せようと決めていたし、実際その通りにした。
リタ・レッドストーンは、一番最初に名を連ねた。
こうして狂信者グループは芽を出した。
リードは別れ際言った。
何年かかってもいつか社会的に影響力のある立場になってみせる。そして人々に知らしめよう。
自分たちが如何に増えるべきでない生き物なのか。
僕がきっかけを作る。扇動者に。絶対に何年かかっても。
たとえ一定の層だけだとしても狂信者に過剰に怯える者、潰そうと躍起になる者、そして自らがそちら側だと気付くものが生まれれば。また数日後には世間で言うところの悲惨な事件が起こるだろう。
何年でも待つ。リード、君を信頼している。
扇動者となるその日をずっと待っている。
アーサーはそう告げたのだった。
リードの目の奥の鈍い輝きは今も健在だ。
きっとネイサン・シルヴァーノンのような末路は遂げないだろう。
この先の混乱を期待せずにはいられなかった。
アーサーは夜空を見る。
きっと星の数ほどあるだろう人間の営み。反吐が出そうだった。
明日は立派な象牙のために顔を抉り取られたゾウを取り戻す調査に出る予定だ。
ゾウの一部を取り戻す仕事。密猟者を先に見つけたら殺す気でいた。
同じように顔を抉ろう。
愛するものの命が少しでも脅かされることのない世界にするために。
アーサーは殺し続ける。
自分のみに従う狂信者となって。
レリジャス・ファナティクス。
口にしてみると改めていい言葉だなとアーサーは思った。
アーサー、わたしいいことを思いついたの。
ほら今一般の人が誰でも参加できる投資があるじゃない?自分が興味を持った事業に投資するの。
クラウド・ファンディングといったかしら。
それの寄付タイプになるんだけど。
支援者側が受け取るのは利益じゃなく保護への手助けよ。
あのねわたし、ハンターをハンティングするっていう企画を立ち上げるつもりなの。
賛同する人から集めたお金を報酬にするっていう形でね。どうかしら?
意外と集まると思うのよ。
趣味のためだけに動物を殺すハンターに死んでほしい人はたくさんいると思うの。
彼らは野蛮よ。
銃を手にして動物たちを追いかけ回している時点でちっともフェアじゃない。
圧倒的優位な立場で命を奪うことのどこがスポーツになるのかしら?
あんなのただの虐殺だわ。
自分が同じように銃を向けられ追い立てられなければなにも感じないのかしら?
痛みのわからない、心の貧しい人。
いいえ、心無い人たちよ。
趣味で生き物を殺すような人が近所にいたらどう?
わたしは嫌。ゾッとするわ。
いずれは、銃を手にした人間による、命を奪いたいという衝動が動物から人間へ向かうのではと恐れる人だっているけど、わたしはそんなことを言いたいんじゃないの。
アーサー、わたしは、
人々がイヌやネコを愛するように、動物たちを愛しているの。
鳥も虫も。もちろん爬虫類だって。木や草や花も好き。家の隅や庭にうまれる小さな生態系からアフリカの広大な世界まで、全てが愛おしいの。イヌやネコを愛するのと同じように生き物たちを愛しているのよ。
人々が自分たち以外の生き物に対してその命に対してもっと寛容に慣れたなら。
世界は今よりずっとよくなるのに。
簡単なことだけど叶うのが難しい願いよアーサー。
だって飛び出す小鳥のために車のスピードを落としたり、建物に入り込んでガラスに集まっている虫たちを外へ逃がしたり。
そんなことをする側のほうが異常者に見られるんだもの。
あの人はちょっと変だ普通じゃないなにをやっているんだ少し変わっているって。
どうすることもできない。
人の心を変えるのは難しい。
いなくなってと何度思ったか。
わたしたちには、分けあったり思いやったり助け合う力があるのに。
なぜ自分以外へ向けられないのかしら。
だから、守るためには、そうじゃない人たちに対してわたしが出来ることはなんなのか。
考えた結果が投資だなんてなんだかお金のことばっかりで結局お金かなんて思われそうだけどでもこれがなきゃなにもできないものね。
報酬を受け取って仕事をしてくれるハンターが見つからなかったら、あなたに送ろうかしら?
とりあえず企画サイトを立ち上げるわ。うまくいくように祈っていてね。
これからもあなたが健やかでいられますように。
愛をこめて。シェイラ・アイボリー




