ジェイコブ⑬
ジェイコブは知らない。
モアナと暮らし始めて七年後。
法律上の保護者という男とその仲間が突然現れることを。
ジェイコブは知らない。
その男がかつてサラの上司だったということを。
サラと婚約中だったということを。
父親が誰であれ娘を引き取りたいと行動していたことを。
ジェイコブは知らない。
自分がいかにモアナを育て一緒に生活してきた実績があろうと彼らがやってきた国の法律にはなんの役にも立たないということを。
モアナがいるべき国で生活し教育を受けるべきだと主張する人々の前では、先住民だらけで片親の自分がたとえ裁判を起こしても全く勝ち目がないということを。
ジェイコブは知らない。
モアナを奪われ自分の無力さに打ちひしがれている生活から二週間後。島を今までにない大型のハリケーンが襲うことを。島が壊滅的な被害を受けることを。
港も漁場も住居も観光客のためのホテルまでもが嵐に破壊されることを。
ジェイコブは知らない。
その嵐で自分の家に土砂と共に大木が突っ込みなにもかもを失うことを。
家にあったほぼ全ての持ち物が海へとさらわれてしまうことを。もちろんパソコンも。モアナの写真もオモチャもだ。
左足に崩れた土砂が直撃し骨を砕かれ治療後も一生足を引きずることになるのを。
アーサーと二度と連絡が取れなくなるということを。
ジェイコブは知らない。
自然というのは、ただそこにあるだけに過ぎないということを。
なにかをしたからといって特別な待遇を受けられるわけではない。恩恵を得ているようでコントロールできるものではない。
あるがままそこにあり、破壊も再生も特定の種を選んで行ってはいない。いくら守ってもそれは一方的な行為で誰も特別にはなれないということを。
ジェイコブは知らない。
その後訪れた人たち。災害救助のためにやってきたボランティアの人々によって無償の治療を受けることを。
彼らは衣服と食事を配り、破壊された島を丁寧に片付けて回り仮設の住居を瞬く間に用意しそして。
家を家族を失った人々と悲しみを分け合い共に涙を流し島のために全力を尽くして助けを買って出ることを。
なにもできず自暴自棄になっている自分にすら優しい言葉をかけてくれる人々に出会うことを。
ジェイコブは知らない。
人間の温かさに触れ、困っているのが同じ人間だからという理由で人のために全力で行動する人々に触れ、自分が今までしてきたことを悔い始めるようになるのを。
ジェイコブは知らない。
モアナが引き取り先で、大きくなるに連れて自分に全く似てこないという理由で第二の父親となった男から虐待を受けていたことを。毎日のように殴られていたことを。
誰も助けてくれなかったということを。
本当の父親に会いたがっていたことを。
ジェイコブは知らない。
モアナがすっかり人間嫌いになっていたことを。
動物にしか愛情を向けられなくなっていることを。
島での生活を忘れず覚えていることを。
親の金を盗みチャンスをうかがっていることを。
そして島にやってくることを。
ジェイコブは知らない。
やってきたモアナが島に永住する気でいることを。島を守りたがっていることを。ナイフの使い方を覚えたがっていることを。観光客を憎んでいることを。
ジェイコブがしていたこと、パパが悪い人間をやっつけているんだという言葉を忘れないでいることを。
ジェイコブは知らない。
モアナが自分の心の奥に眠っていた衝動に再び火をつけることを。
彼女を手伝うようになることを。
彼女が自分そっくりなことを。
いずれ彼女と寝るようになることを。
赤ん坊の糞を海に放り投げてるジェイコブは、まだ、なにも知らない。




