アーサー⑥
聞こえた銃声は何発目のものだったのだろう。
連続して聞こえるそれが、アーサーの帰りが遅すぎたとただそれだけを虚しく伝える。
ジープを藪の中まで無理やり走らせ、それからハニーとハートがいるであろう森の入り口。
男たちが三人、地面にある何かを取り囲んでいた。
ぴくりとも動かないそれはハートだった。
アーサーは三人に向かって発砲する。自分に銃を向けている男たちに。相手もこっちの存在にはとっくに気付いていた。身を隠しもせず突っ込んできたのだから当たり前だ。
それでもアーサーの方が早かった。
ハンターたちは自分たちが撃たれると思わなかったらしい。
レンジャーはなめられているのだ。人間を撃つわけがないと。
アーサーはまず一人の足を撃った、それからもう一人の胸のつもりが当たったのは肩だ。後の一人は木の影から応戦してくる。
アーサーも撃たれ体のあちこちが焼けあがるような痛みに襲われるがそんなことどうでも良かった。
横たわるハートを取り返したかった。
ハニーはどこにいったのだろうか。無事でいてくれと願いながらも頭の隅で動かないハニーを想像してしまったその時。
真後ろで爆発音。
アーサーは反射的に振り返ったが、体のどこかに衝撃を受け、弾かれたように背中から倒れこんだ。
視界の端にショットガンを手にした男。
もう一人、いたのか。
息をしようとして、顔の違和感に気付く。おかしい。
顔面の感覚がない熱くてなにかぐしょぐしょに濡れている。左目に温い液体が次々注がれるため見えない、息がうまく吸えないし耳も変だ耳の場所に耳の感覚がない。足に力が入らない。
アーサーは地面に手をついて起き上がろうとして、左手が何がぐにゃりとしたものの上にのったため滑ってバランスを崩し結局立てなかった。
アーサーは手にしたものを見る。
それはアーサー自身の、髪の毛がくっついたままの頭皮の一部だった。
視界が急に暗くなる。アーサーは起き上がれない。男が止めを刺そうと近付いてくるその時。なにかに飛びかかられ男は地面にぶつかった。
聞いたこともないような苦痛と怒りに満ちた唸り声が響いた。
ハニーだった。
アーサーは悲しくなった。
この子にこんな思いをさせたことが悔しかった。
もう一度起き上がろうとするも頭に激しい衝撃を受け、アーサーは文字通り意識を失うほどの激痛に襲われ、自分から流れ出た血溜まりに頭を突っ込みそのまま動けなくなった。
ぼんやりとする意識の中、ハニーの悲痛な叫びと銃声だけがはっきりと聞こえていた。
アーサーは引きづられていた。地面が背中をこするがなにも感じなかった。襟首をつかまれているためか首が痛い。体の左側は痛いのか熱いのかよくわからなかった。
顔の肉がどれほど残っているのかも。
自分は埋められるのだろうと確信していたが、しばらくして妙な違和感に襲われる。体が浮いたのだ。宙に。地面から離れたのがわかる。
アーサーは上に引っ張られていた。さっきよりも首が痛くて息が詰まる。声を出そうとしてもひゅうという音しか出なかった。
もしも、アーサーの目がはっきり周囲をとらえていたら、自分が木の上に運ばれていることにすぐ気付いただろう。
ヒョウが獲物を木の上に運びゆっくり食らう様が簡単に目に浮かんだだろう。
しかし、その時のアーサーには意識を保つ力すらなかった。
夜が、明ける。
アーサーは薄紫の空に散らばる星が太陽に焼かれ徐々に失われていく様をぼんやり眺めていた。
美しい朝日だった。
動物たちが我先にと朝をつげる声を張り上げている。
アーサーはそれを聞いていた。空を見ながら。
……見えている。
自分はさっきから景色を見ている!
急に覚醒した意識はさっそく痛みを全身に連れて来た。
顔の左側がやけにスースーする。皮膚を通り越して風がぶつかってくる。
周りにつかまろうとして初めて自分が木の上にいることに気がついた。そして傍らにいる存在にも。
ハニーは耳をぴんと張り、目玉をぎょろぎょろ動かして辺りを警戒していた。
ハニー、まさかここまで俺を引き上げてくれたのか。
きっと自分は死んだと思われたのだろう、それかこのまま置き去りにすれば動物に食われるだろうと。
どっちにしろ奴らは止めを刺さなかった。刺した気でいたかもしれない。
そしてハニーは、アーサーの身を守るために木の上に連れ去ったのだ。
アーサーは生きていた。
ハニー、と言おうとしたが声が出ない。首元に手をやると乾ききっていないゼリーのような血がどろりと崩れた。穴でも空いたのだろうか、気管に血でも詰まっているのか。
出血のせいで体がふらつくが、なんとか木から下り足を踏ん張り体を支えた。どうやら歩けそうだ。
ハニーも下りてきた。
アーサーはハニーの姿を目の当たりにし、今度こそ本当に息が詰まった。
全身乾いた血でごわごわになり、銃弾による傷を幾つも受けた彼女の、尾は根元から奪われていた。




