アーサー①
駆け出していくハニーを、アーサーは何度も呼び止めなければならなかった。猟犬でもないのにハニーはいつも我先に仕留めた獲物に飛びつきたがる。
もう六歳になるのにいまだに子供のように振舞うハニーに付き合うのは容易ではなかった。
少し甘やかしすぎたのだろうか。
じゃれるのはいいが、アーサーはいつだって食べさせたくはなかった。
子供ならまだしも大人なんて体に悪そうだからだ。
男の足に噛み付いて唸っているハニーをよそに、アーサーは座席に積まれた亡骸を降ろしにかかった。
まだ温かい体を抱えては草むらに寝かす。終わったら次、また次。
淡々と作業を繰り返すも、アーサーの内側は怒りで沸々とその身を焦がしてた。
こいつのせいで何の罪もない命が奪われた。こいつのせいでこいつのせいでこいつのせいで!
感情を表に出すなと、アーサーは自分に言い聞かせる。
落ち着け、こんな状態で銃を使えば絶対にしくじるぞ。
深く息を吸い、鼻からゆっくりと吐き出す。それを数回。
気づけば、地面にいくつもの影が現れていた。血の臭いを嗅ぎつけたハゲタカが上空を旋回し始めていたのだ。きっと亡骸はすぐに消えてなくなるだろう。
アーサーはジープを押して茂みに隠す。砂を蹴って曲がりくねったタイヤの後を消し、それからハニーを男から押しのけにかかった。これが一番手間がかかる。
なにせハニーは体重七十キロもあるヒョウだからだ。
男の服を脱がし、死体を草むらに投げ入れた。待っていたとばかりに、ハエが群れをなして男に覆いかぶさる。
インパラを貪っていたハゲタカが二頭、こっちの肉を見つめていた。
食べるならきれいに食べてくれよ。跡形も残さずに。さっさと糞にしてしまえ。
枯れ枝でジープを覆い、服を地面に埋め、男の銃を手にしてアーサーはその場から離れた。
肉を奪い合うハゲタカのギャアギャアという喚き声がいつまでも響いていた。
キャンプに戻り、パソコンを開くと六日程前にメールがきていた。
相手はジョージ。ジョージ・ホワイト。頭のいい高校の先生。哀れで誇るべきアーサーの同士。
画面上にびっしりと綴られている彼の話に目を通す。彼の主張、苦悩、不満、決意。
吐き出された個人の感情を受け止めるのは苦ではなかった。それがアーサーのやるべきことの一つであったからだ。聞いて、否定せず返してやることが。
それにアーサーと関わった皆それぞれ、生活や立場、環境などなにもかもが違えど目的は一緒だった。
彼は仲間であり患者だ。
だから苦ではない。義務のようなものだ。
ジョージに長々とした返信と新しいパスワードを送ってから、アーサーはテントを出た。
真っ赤な夕日が、アフリカの広大な大地を染めながらゆっくり落ちていく。
まるで世界の終わりが来たようだと、アーサーは柄にもなくそう思っていた。