ジェイコブ④
二十一の時、ジェイコブは島に戻った。
島の近くで重油を積んだタンカーが座礁したというニュースを見て、いてもたってもいられなくなったのだ。
彼が二年間溜め込んだお金はほぼすべて交通費と、昔過ごした家付近に小さな小屋を買ったため消えてしまったが、島に行けば暮らして行けることを知っていたから気にしなかった。
それからもう二度とジェイコブは両親のいるイギリスへは戻らなかった。
そして、自分が離れた十年で変わってしまった故郷に絶望した。
砂浜に転々と散らばるゴミ、建設予定のホテルに外の人間用の土産屋、整備された獣道。
それは観光客のために変えられた島の姿だった。
島に残された美しい自然を何度も撮影に来た外の連中がいたようだった。
豊かな大自然、ヒトの侵入を拒む密林、地球最後の秘境。
上等な文句は人を惹きつけた。
そして簡単に広まった、島の裏側までも。
金を生んだが島は年々変わりつつある、豊かな生活を送るにはいろんな物を捨てるのだと久しぶりに会ったジェイコブの友人はそう言った。
家族を養わなければならないんだと。
ジェイコブはわけのわからない苛立ちに支配され海辺に立ち尽くしていた。
波に遊ばれるビニール袋を見ているとどうしようもない悲しみに襲われた。自分の中の聖域を踏みにじられた気分だった。
海辺のずっと先、真新しい桟橋。
小奇麗に飾り立てた格好でパンフレット片手に歩いている連中が見えた。あちこちを眺めたり、海を覗いては笑っているようだ。
早く、さっさと帰れお前らが住む世界に帰ろ島のものに触るな足跡すら残すな消えろ。
観光客が口にしていたであろうガムを海に吐き出すのが遠目に見えた。
苛立ちが殺意に変わるのは一瞬だった。
ジェイコブは昔住んでいた家に寝泊りしながら、日々重油にまみれた海鳥を捕まえては洗い、他のボランティアたちと一緒に海辺に押し寄せる黒い塊を回収し。
そして、島に戻って十四日目、初めて観光客を殺した。
島に精通しているのを生かし、彼は観光客用に散策コース用の簡単な地図を作ってやった。
密林の奥に勝手に入らせないためでもあったが、穴場をいくつか盛り込んだジェイコブのコース表は人気で売れるようになった。
自分で作った地図、待ち伏せて襲撃するのは簡単だった。
彼はボランティアチームが解散した後も一人ゴミや死骸を拾い、夕刻を待った。
その時間帯になると現れる動物や燃え上がりながら海に沈む夕日目当てにやってくる観光客。それが彼の目当てだった。
銃声は響くしなにより動物を驚かす。
昔はよく木を削って動物を作っていたのに今はこれだ。
手にすっかり馴染んでしまったサバイバルナイフの刃がジェイコブを映す。
木の枝を槍のように尖らせながら隠れてるのが楽しくて仕方なかった。
この島は観光客の事故死が多い、そうツアー業者が漏らしていたのを聞いたことがある。
密林の奥には切り立った崖があるし、深い洞穴の入り口が地面にいくつもある。毒を持った生き物だっているし、海はちょっと行くだけで深みにはまる。
それでも人々は島に寄ってくる。
人類最後の秘境だ。あと数十年もすれば見られなくなるかもしれない自然。
島の、いや観光客に対するイメージが悪くなるため、行方不明者や事故死が多い土地ですだなんて誰も宣伝して回らない。
そういう奴らは自己責任で片付けられるのだ。
見ず知らずの土地に行った本人が悪いと。
ウワサという形ではこの土地に広まってはいたが、観光客が減ることはなかった。
まあ、別にいい。
流されて見つからない奴、穴に落ちて身動きできず衰弱死した奴はそこへ行った自分が悪いのだ。
それが故意による事故でも。
ジェイコブは時に谷底へ突き落とした観光客の第一発見者になってみたりした。
疑われたことなど、多分、いや一度もないだろう。
無償で島のゴミを拾い集め、島の生き物を愛し保護活動に情熱を捧げ、海洋学の知識もある。
散策用の地図を作り観光客ともうまく接しているし、誰にでも愛想がいい。
自然と観光の調和を訴えている。どちらも共存させようと。
ジェイコブの作り上げた像は完璧だった。
大嫌いな観光客や外の人間に唯一感謝するとすれば、それはアーサーに導いてくれたことだろう。
彼女が導いてくれたのだ。
アマンダ・ネイビー。
彼女は元観光客で、島に魅了され島を愛しとうとう移住し観光客相手のバスの運転手を生業としながら島で四年暮らし。
ジェイコブに出会い、次の日死んだ。
彼女は行動を起こしたのだ。