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第五章 密林

 過去 三ヶ月前


 東南アジア某国 日本国防軍基地


「草刈。おまえ、エメラダさんと親しくなったようだな」

 昼の食堂で、うどんをすすりながら、対面に座る少年特別専攻科の【青山シゲル】がたずねてきた。青山は調子のいい性格で、特専のムードメーカーだ。

「まあ、知り合いかな? 音楽データをあげたりしたよ」

 俺はエメラダ・ポラリスから求められたモノを、日本にいるイトコの草刈コトミから調達ちょうたつして渡している。音楽のほかに、日本のアイドルのポスターやクリアファイルなどをかなり手渡した。


『頼む、コトミ! 隊員でホームシックになって、アイドルグッズを切望しているやつがいるんだ!』

 なんてウソをついてまでして。

 エメラダからのお返しはまだない。そもそも、俺は彼女に何かを求めたことがない。


「いいなあ、草刈。俺は、エメラダさんと会話できる自信ないなあ。エメラダさんはこの基地の女王だな」

「彼女は物資の納入のうにゅうで来ているだけだろ」

 青山はどんぶりの汁を飲み干してから、説明を始めた。

「エメラダさんはすごいだろ。あのお嬢さんが所属するポラリス・サーヴィスは、あのポラリス・インダストリィの子会社だし、たぶん本社の社長の娘かなんかだよ」

「お前がそれほど力説するなら、相当すごい子なんだな」

 彼女のたたずまいからして、いいところのお嬢さんだと感じてはいた。

「そろそろ草刈にデートのお誘いとかあるかもよ」

「多少の日常会話を交わすだけだ。そんなにうまくいくわけがない。青山こそ、厨房の子と出かけたりしているな」

 俺の指摘に、青山はギクっとした表情になったが、すぐに厨房のほうを向いて手を振った。

 食堂のカウンターの先にいる褐色肌の娘が、にこやかに手を振り返した。

 青山は、ときどき厨房で働いている現地の娘と外に出かけている。

 それは特専のみんなが知っている。

「渡良瀬少尉には内緒にしておいてくれ」

「少尉は、青山はまたあの娘と出かけたのかと聞いてくる」

「くそお、バレていたか。あの子を日本に連れて帰りたいなー」

 テーブルにつっぷしている青山の人生については、俺の預かり知るところでない。

「まあ、がんばれ」

 俺は奴の肩にぽんと手を置き、トレーを持って食器を片付けに席を立った。俺は青山との会話を切った。俺はエメラダとの関係について、あれこれ聞かれるのを避けた。


 東南アジア某国 日本国防軍基地 密林訓練(前半)


「密林訓練を行う! 気を引き締めろ!」

 日本国防軍の【渡良瀬ひとは】少尉率いる十五名の少年特別専攻科の隊員が、真夏の密林地帯で円陣を組んだ。

 俺たち特専隊員とPMCエーテル・ストライクが用意した少年兵とで密林の中に散らばり、十五対十五のサバイバルゲームを行う。

 与えられる武器はペイント弾が入ったアサルトライフルと拳銃だ。

 これで弾を当てれば倒した、当てられると倒されたことになる。

 ゲームは隊員が全滅するか、あるいは指揮官が撃たれたら負け。

 なぜ、負ける場合の条件を上げているかというと、俺たち特専チームはエーストチームに一度も勝ったことがないからだ。

 ベレー帽を被る指揮官、渡良瀬少尉は学校の野外学習を引率する女教師のようだ。

 夏制服のシャツを盛り上げる胸の大きさに、どうしても視線がいってしまう。

 そのようなどうしようもない理由で、彼女はほかの隊員に人気があった。

 もともと彼女は情報技術が専門で、軍事教練に関しては素人同然だ。

「お前ら、私の連敗記録をこれ以上更新するなよ! 負けたらグラウンド百周だ! 冷房が効いた基地に戻れると思うな!」

 渡良瀬少尉は拳をあげて声を張り上げる。相当、戦績を気にしているようだ。軍の上司にとがめられたのかもしれない。

「草刈―、そろそろおれたちの渡良瀬ひとはちゃんに勝ち星をつけてあげないとな」

 頭に草かんむり付きのヘルメットを被る青山が声をかけてきた。

「少尉は、この前の訓練で、ヤブから表れた蛇をみかけて失神したからなー。それで、即負けになっちまったし」

 少尉は凛とした美人で頼りがいがある姉御だが、虫や蛇が大の苦手なのだ。密林があるこの基地周辺は、彼女にとって魔窟まくつそのものなのだ。

 密林で舞台を展開しているときに、蝶一匹で悲鳴をあげて冷静さを失ってしまう。この戦績を特専の隊員のせいにされたらたまったものじゃない。

 国にお帰りになったほうがいいと俺は思う。

 いや、これは否定する。

 この豊かな胸が見られなくなったら、俺をはじめ、みんなはやる気を失うだろうから。


「それでは渡良瀬少尉どの。手合わせ願いますよ」

 エーテル・ストライクの隊長、ブレスト・ドニセヴィツが現れた。

 身長190センチの大きな背中にいつも狙撃銃を担いでいる。

 まだ若く、茶色の髪はふさふさしている。深緑色の瞳、目じりに皺をこまかく刻んでいる。

 本職はスナイパーだと思う。

 その大きな体躯たいくから、幾人の頭を打ち抜いた渇いた殺気を漂わせている。

 ブレストが率いる隊は現地の子供たちで構成している。子供たちは遊び感覚でライフルを弄っているようだが、密林のなかの行動力は特専隊員より優れている。

「毎度お手合わせありがとうございます。ブレスト・ドニセヴィッツ指揮官……」

 渡良瀬少尉はベレー帽を脱いで頭を下げた。

 はずみで帽子の中にまとめた、長く綺麗な黒髪が振りほどかれ、密林の間を差す光のもとで舞った。

「……俺に頭を下げなくてもいいぜ、少尉。あんたらはクライアント側だ。なかなか我々に勝つことができないな。あんたは情報将校のようだが、俺は狙撃手だ。ジャングルでの近接格闘はお互い専門外なんだよ。それに俺の隊員は地元のガキたちで俺が鍛えてやったわけだ。恵まれた日本の特専の生徒と違って、豪華で快適な宿舎に寝泊りなんてしてないぜ。夕方には自分たちの粗末な家に帰ってくのだ」

 ブレストの言葉には、渡良瀬少尉よ、もっとしっかりしろという皮肉がこもっている。

「私自体、まだまだ経験が足りない。国防軍の歴史はまだ浅く……」

「少尉。戦いの場で、そんな言い訳は通用しないぜ。では、五分後に開始とする」

 相手チームは密林に消えていった。


「あーあ。相手の指揮官に出鼻をくじかれてやんの。どうするよ」

 青山シゲルが構えたライフルの銃身の先に、さっそく飛んできた蝶を恐れて逃げ回る渡良瀬少尉の姿がある。

「ダメだねえ。虫とか恐いなんてありえない。小さいとき外で遊んだことないのかなあ」

 特専で唯一の女子である【真木アオイ】があきれていた。

 彼女は外にでるのが好きで、短く刈り込んだ髪と、きめ細やかな肌がこんがり日焼けしている。

「へえ、真木は虫が大丈夫か」

 青山がたずねる。

「うん、昆虫は好き。蜘蛛も大丈夫。だけどね……、毛虫がだめ」

「毛虫はさなぎになって、蝶になるぞ」

「えー、あの気持ち悪い毛虫が? えー」

 真木……、小学校の理科から勉強をやり直したほうがいい。

 渡良瀬少尉の半袖の夏服の腕に、アブがしつこくまとわりついている。

「戦う前から虫に襲われてKOか……」

 ほかの隊員が笑った。

「でもな、ああして見ているとやっぱり少尉の胸はでっかいよなー、弾けてる! 弾けてる!」

 隊員たちが思うことを青山シゲルが口にした。

 この国の暑さと虫に、渡良瀬ボディが格闘している。

 夏服のシャツも第三ボタンまで外れている。ここまでが、彼女が自分で許せる露出の最終防衛ラインなのだろう。

「胸……、まあ、そうだよね……。わたし、シャワールームで一緒になるし」

 真木アオイの発言に、青山がすぐ反応した。

「男みたいなお前が少尉と一緒にシャワーに入れるのか? ずいぶんいい特権を思っているな、うらやましすぎるな」

「ああ?」

 真木が銃床じゅうしょうで青山をこづく。

 こいつらに密林訓練で勝つ気が全くないのは明らかだ。

「緊張感ないなー、お前ら」

「じゃあ、睦月が指揮すればいいじゃない?」

 真木アオイのその一言に俺はにんまりとした。では、俺は俺の目的を果たさせてもらう。

 訓練をデスフラッグの能力の実験に使うのだ。

「よし、真木は俺とペアで、密林に入る。あとの連中は適当に密林に散開しろ。青山はこの場に留まり、少尉をガードしていろ」

「お、草刈睦月先生の戦術か。俺はここに居ればいいんだな」

「ああ、余計なことはするなよ」

「開始!」

 離れたところから渡良瀬少尉が声をあげた。

「渡良瀬少尉―、この場にいてください」

 青山はさっそく彼女に駆け寄った。

「どうしてだ」

 当然に、少尉は怪訝けげんな顔をする。

「草刈が少尉に動くなと……」

 青山も説明に困っている。

「草刈がか……、いや、指揮は私が取る」

「少尉の靴にナメクジがついてます!」

 青山がふざけて言った。

「ひいっ」

 特専チームの統率は崩れた。

 その様子を確認し、俺は真木アオイを後ろに従えて、密林の中を進んだ。

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