第四章 出会い
俺、草刈睦月は、自分が危機で死ぬ確率を予見する能力を持っている。
俺がデスフラッグと名づけているその能力は、家族の死を引き換えにして得たに等しい。
中学一年の夏休みに、父母、弟の家族で欧州旅行の予定があった。
しかし、旅行日が近づくにつれて、俺は頭の中がぐるぐる渦を巻くようなめまいと痛みに襲われ、直前になって体調不良で旅は無理だと訴えた。
父は、仕事の合間に得たせっかくの休暇と、無駄になる旅行代金を惜しんで、俺に家で静養するよう言い残して旅立った。
結果、俺以外の家族を乗せた飛行機は、給油のために降り立った中継地でテロリストが乗り込み、欧州に向かう上空で空中爆発した。
俺のめまいは、それと同時刻にピッタリとおさまった。
俺はイトコの草刈コトミがいる伯父さんの家に引き取られたが、中学を卒業してからすぐに日本国防軍の少年特別専攻科(以下、特専)に入った。
俺は強くなりたかった。
家族を殺したテロリストの組織を特定して、仇を討ちたいと強く思った。
そのためにデスフラッグの能力を得たのだ。
能力を伸ばすことができれば、不死身の力を手にできるはずだ。
特専は、国内で一年間訓練したあとに、海外の東南アジアに設置した日本国防軍基地で一年間の駐屯をこなせば修了だ。
デスフラッグの能力を伸ばす場として、特専はうってつけだ。
過去 四ヶ月前
東南アジア某国 日本国防軍基地
うっそうと草木が繁る、とあるジャングルの奥地に、真四角の巨大な建物がある。
日本国防軍が建てた基地だ。
俺を含め、特専の生徒十五名がここに配置されて数ヶ月が過ぎ、日本に帰るまであと四ヶ月を残すところとなった。
基地の外は、けたたましい虫の羽音や鳥獣の鳴き声が絶えない、躍動する生命に満ち満ちた世界だ。
対照的に、建物の中は、冷房が効いた静かな空間だ。
一階は空港の待合室のロビーのようにベンチが並べられている。一階から三階まで吹き抜けの、ガラス張りの壁に差し込む太陽光を浴びると気持ちがいい。
ある朝、俺は清掃の当番中に、基地のロビーのベンチに腰をかけてGPフォンを取り出した。
『よーす、むっちー、おつかれい! 筋肉もりもりになっている? 【リップスティックス】の新曲でたよー/(^o^)送るね。これ絶対神曲だと思うんだよねー。あとで感想聞かせてー♪ みんなソロでもシングル出しているからすごいよね。むっちーは気に入った子いる? 教えてくれたら曲を送ってあげる。あと、ほしいものがあったら送るよ。食べたいお菓子とか、コミックとか、雑誌とか。小包になるけど、爆弾とかじゃないから届くよね(#^.^#) じゃねー(^з^)-☆』
コトミからのメールだ。
端末にイヤホンのプラグを差しこみ、貰った曲を再生した。
「コトミ……。メールは毎日やってるけど、しばらく顔を合わせてないな……」
時々、コトミは自分の写真を送ってくる。
いま聴いている【リップスティックス】というアイドルユニットのポニーテールの子とコトミは似ている。最近ファンの間で行われた人気投票で、パッとしない順位に終わったのを思い出して俺はくすっと笑った。
「遊んでるの?」
緩んだ顔を見られ、とっさにイヤホンを取り外し、姿勢を正したその先には、金髪の少女がいた。
淡い色のグレーの瞳、外国人らしい少女と俺はしばらく視線を合わせた。
赤いチェックのミニスカートに、ブレザージャケットと白のニーソックス姿で、日本の女子校生風アイドルユニットのコスプレに見えなくもない。
彼女は基地内で有名だった。
彼女の名前はエメラダ・ポラリス。
この基地に物資を納入している業者【ポラリス・サーヴィス社】の娘だ。隊員の間で、謎の金髪美少女として話題によくあがる。
彼女に声を掛けられたのは初めてだ。
「遊んでない。仕事だよ。そしていまは休憩中」
俺は床に置いたモップを手に取ってアピールした。
「そう? でも、掃除はわたしの会社でするから、あなたはやらなくていいわ。ほら、床を見てごらんなさい? ちりひとつ落ちてないでしょ?」
ポラリス・サーヴィス社は、基地内の衛生管理や食事の提供などの世話を請け負っている民間会社だ。栄養バランスを考えた朝昼晩の美味しい食事、豊富な品物が並ぶ購買店の設置、温かい風呂場の用意、隊員が寝るベットのシーツ交換なんかもやってくれる。
名前からしてエメラダは、ポラリス・インダストリィ社の関係者だと想像できる。
「まあね、階段もトイレも、ホコリひとつなく綺麗だよな。でも、俺は隊の清掃当番になっているんでやらなきゃいけないんだ」
「へえ、日本人って、変なところで非効率ね」
「律儀と言ってほしいね」
「リチギ? マジメってこと?」
グレーの瞳を輝かせて、日本語を知ろうとしている彼女は可愛く見えた。
「だいたい合ってる」
「わたしはエメラダ。エメラダ・ポラリス」
「知っている。君は有名だ。俺は草刈睦月、特専にいる」
彼女と握手を交わした。
「わたしは日本に興味があるんだ。日本のポップスが大好き。ねえ、あなたいつもどんな音楽を聴いているの?」
エメラダは俺の英語力に合わせて簡単な質問しかしてこない。
「ふつうの流行りの曲だよ」
エメラダは自分の身体を見せつけるようにポーズをとった。
「ねえ、これ、日本の歌手ユニットの服装。わかる?」
やっぱりコスプレだったか……、グループ名はわからん。
コトミに聞けばすぐにわかるのに!
「【メルティ・アイス】っていうの。知らない? もしかしてあまりメジャーじゃない? いつもクリップ観てんだ。あなた、メルティ・アイスの曲持ってない?」
「ごめん。持ってない。買えばいいじゃないか」
「バカね。あなたから貰うから意味があるんでしょ」
曲の貸し借りは友達どうしでやるものだ。初めて会ったエメラダが、さっそく俺と親しくなろうとしているので、戸惑いを覚える。
「わかったよ。すぐ手に入ると思う」
「じゃあ、また今度ね」
コスプレ少女の背中を見送った。
この手のファッションを金髪の少女が着こなしたら、別の意味で見栄えがする。
『メルティ・アイスの曲を持ってないか?』
さっそくコトミにメールを送った。
すぐに返事が来た。
『あるあるー、ちょっと前に流行ってたね。しばらくシングルでていないかなー。むっちーから曲が欲しいなんて珍しくない? リクエストなんて永遠にないと思った(^O^)』
何でも欲しいものは言ってくれとさっきメールに書いてあったぞ。
確かに、俺はコトミからすすめられた曲しか聴いてないな。
『同じ隊の奴が聴きたいんだって』
『いいよー、友達づくりのためなら、あとで送るね』
友達……か。
金髪の少女と親しくなるために、コトミに頼むのは正直、気が引けた。
でも、コトミはイトコだ。
自分の帰りを待つ恋人ではない。




