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転生先で、大ピンチ

「君は……聖女なのか?」


 目の前には私の手をとって跪く、金髪碧眼の王子様。

 熱っぽい目、上気した頬。

 なぜ、こうなったのですか、神様?




 入学式パーティ。

 それは乙女ゲーム『フォーチュンマリッジ〜花歌うきみへ〜』において、最重要イベントの一つである。

 新入生たちが在校生や教師、貴族たちと交流を深めるための歓迎会。


 そして――。


 ヒロインとレオンハルト王太子が、初めてまともに会話を交わすイベント。

 ゲームでは、ここから二人の恋が始まる。


 だから私は。


「絶対に、レオ様には近づかない」


 そう心に決めていた。


「ソーヨレッタ、顔怖いって」


 隣に立つソヨジアが、ぼそりと言う。


「今から戦場に行く人みたい」

「何言ってんの戦場だよ」

「それはそう」

「うちらにとっては戦場」


 私はグラスを両手で抱えた。

 視線の先には、金髪碧眼の王太子、レオンハルト・ウィーズエンド。

 ゲームのメイン攻略対象。

 悪役令嬢、マガレッタ・サジタリウスの婚約者。

 そう、私たちが何としてでも接触を避けなければならない男。(のうちの一人)


「絶対に近づかない」

「あれはゴッキーと一緒よ」

「あんな光ってるゴッキーって未だかつていたかしら」


 たしかに。

 王太子という身分だけで目立つ上に、顔面が完全にSSRなのだ。

 会場のどこにいても目立つ。

 金色の髪は照明を浴びてきらきら輝き、青い瞳は宝石のよう。

 周囲には自然と人が集まっている。


「……顔がいい」

「それは同意」

「レオ様……」

「気をしっかり。あれはただの輝くゴッキーよ」

「はっ」


 危ない。

 あれはそう、ゴッキーなのよ。見てみなさい、頭の上に長い触覚があるわ。

 ゴキジェットを出した瞬間飛び上がる黒くて素早いアレなのよ!

 私は慌てて顔を引き締める。


「あの漆黒の悪魔め…」

「漆黒ではないけどね。全然黄金」

「黄金のゴキブリなんか何万で売れるんだろ」

「誰が買うんだよ」

「それな」


 そんなことを言い合っていた、その時だった。


「――ソーヨレッタ」

「?」


 聞き慣れた声。ああ、見えなくとも見える。ばがでか縦ロール……


「まあ、こんなところにいたのね」


 マガレッタだった。


「マガレッタ様」


 条件反射で姿勢を正す。

 アメシストの吊り目が私を射抜く。背筋がメンソレータム。


「探しましたのよ。せっかくの入学式ですもの。一緒にお話ししましょう?」

「よ、喜んで」


 断れない。断れるわけがなかろう。断れたらそもそも困っていない。

 というか、この状況。

 ゲームで見たことがある。

 確か――。


「マガレッタ」


 その声に、空気が変わった。

 金髪の青年がこちらへ歩いてくる。

 レオ様もといゴールデンゴッキー。


「レオンハルト様」


 マガレッタが優雅に礼をする。


「入学式以来だな。元気そうで何よりだ」

「ええ。レオンハルト様も」


 ああ、来てしまった。

 ゲームのイベントだ。

 私は心の中で叫んだ。

 ――逃げろ、私。

 今すぐ逃げろ。

 これはヒロインとの出会いイベントに繋がる前段階。

 ここにいてはいけない。

 そう思った瞬間。


「きゃあ!」


 ダンスホールの真ん中で、栗色の髪をした女子生徒が派手に転んだ。


「……来ちゃった」


 ゴールデンゴッキー、略してゴルゴキとマガレッタの視線が、そちらへ向いた。

 その隙に。


「行くよソヨジア」

「おうともよ相棒」


 そそくさと離れた場所に移動した。

 

「生イベントどうよ」

「最高の気分」


 壁の花になりオタク全開で喋る私たち。

 ダンスホールではゴルゴキがヒロインに手を差し伸べている。


「“君は一体……”」


 私がつぶやくと、シャドーイングのようにゴルゴキが同じセリフをヒロインに吐く。


「“みっともなくて、ごめんなさい!”」


 隣でソヨジアがつぶやく。

 フォーマリの、始まりだ。何周したと思っている。完璧に覚えているに決まっているだろう、と。思っていた。


「ただの庶民ですでしゃばってごめんなさい消えます」


 ヒロインは、全く別の言動で出口に駆けていく。


「「……は?」」


 私たちは呆気に取られた。心臓が変な音を立てている。


「ねぇ、これ」

 

 震える声でソヨジアに問いかける。


「ただの“ゲーム世界”じゃない?」


 ソヨジアは隣で白くなるほど手を握っていた。


「ヒロインは原作通りじゃないか、もしくは……転生者か」


 おかしい。何十回も見た入学式イベントで。

 おっちょこちょいど天然ヒロインが、まさかネガティブ自己肯定感マリアナ海溝主人公だとは。


 しかしおっちょこちょいは変わっていないようで。私たちの目の前ででもずべん!とこけた。


「……ヒィ」


 変な息の吸い方をしてしまった。関わらないでくれ、という気持ちと、貴族の義務(ノブレスオブリーシュ)を果たさなければ干される、という気持ち。


「お怪我はなくて?」


 完全に無意識にしゃがんで手を差し伸べていた。

 大きな丸い目が呆けた顔で私を見ている。

 ソヨジアが小声で「ちょっと、」と言っているのが聞こえる。

 わかっているとも。なんで私はわざわざ面倒ごとに首を突っ込んでいるんだ。


「……は、はい……」


 オドオドと私の手を取って立ち上がるヒロイン。


「ありがとうございます」

「……あ、手」


 ざり、と皮膚の感触が伝わってくる。擦りむいて微かに血が滲んでいた。


「女の子なんだから、手は大事にしなさい」


 この時を、私は一生後悔することになる。




ーー治癒魔法を、ヒロインにかけた。




 私はフォーマリガチ勢。ヒロインだけが使えうる“女神の魔法”、つまりは治癒魔法の呪文など、ゲーム知識により、基礎であった。

 みるみるうちに魔力の光がヒロインの手をまっさらに洗い流していく。


「……は」


 ゴルゴキの吐息が聞こえてくる。

 その後、周りの生徒のざわめき。

 一拍開いて、ソヨジアのため息。


「治癒魔法」


 誰だったのか、生徒の一人がつぶやいたその言葉は、広いホールに響いた。


「ご令嬢、君は」


 ゴルゴキが目を見開いて近づいてくる。ヒロインを押しのけて私の前に出た。

 冷や汗が止まらなかった。何をしているんだ私は。頭がおかしいのか?

 私は一歩下がる。今更気配を消したって遅すぎる。


「君は……聖女なのか?」


 目の前には私の手をとって跪く、金髪碧眼の王子様。

 熱っぽい目、上気した頬。

 

「違います」


 とりあえず即座に否定した。

 聖女。

 それは『フォーチュンマリッジ』の世界において、数百年に一度現れるとされる存在。

 神話に伝わる奇跡の力を持つ少女。


 ゲーム本編では――。


「…………せいじょさま」


 狂信者のように私を見る、ヒロインである。薔薇色の吐息さえ漏らしている。


 私はゆっくりとレオンハルトを見る。

 彼はまだ私の手を握ったまま。

 会場中の視線がこちらに集中している。


 そして。


 そのすぐ隣には、婚約者であるマガレッタ。


「…………ソーヨレッタ?」


 目を丸くして扇子を落としかけている。


「ち、違います」


 私は震える声で答えた。


「私、聖女じゃありません」

「しかし、この魔法は――」

「違います!」

「ではなぜ――」

「知らないです!」

「聖女ではない?」

「ええ間違いなく。こんな芋女が聖女なわけないでしょうふざけないでください王太子様とはいえ神話に失礼ですよ!気分がすぐれないので失礼させていただきますお忘れくださいませ」


 早口で捲し立て、ソヨジアの袖を引っ張ってズンズン歩く。


 想定外が起きすぎた。


 もう、……生ハムサラダ食べ損ねたし!!!もう〜〜!!!!

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