転生先は「そうよそうよ」係
「師匠、このゲーム面白かった!」
セーラー服を翻し、私は“師匠”にゲームカセットを手渡すと、師匠は嬉しそうに笑った。
「だろ?声優さん豪華でさぁ」
「ビジュやばかった」
「絆創膏さんの絵だからな。誰が好きだった?」
「えぇ〜?やっぱレオ様だな」
攻略対象たちは全員スーパービジュいいじゃんである。見ているだけで寿命が伸びる。
「ていうか、ライバルキャラの横にいた女うざくない?」
「あ〜、あれ。そうよそうよ係って言うんだよ」
その時私は、笑い飛ばしていた。
ーーまさか、自分がその『そうよそうよ係』になるなんて、夢にも思わずに。
◇ ◇ ◇
「間違いない……ソーヨレッタだ」
鏡の中の少女を見つめ、私は確信した。
ゲーム内ではシルエットのみだった『そうよそうよ係』ソーヨレッタ。
それでも。このバカでか縦ロールを見れば、一目でわかる。
鏡に映るのは縦ロールと、思いの外整った顔だった。
パッチリとしたグリーンヘーゼルの吊り目、滑らかな肌、つんとした鼻と、小さい唇。小さい顔にパーツがぎゅっと入っている。
そして顔まわりを彩る金の縦ロール。
「ソーヨレッタってこんなに可愛かったんだ」
ーーーー髪型は一旦置いといて。
私は思い出したのだ。
ここは、前世の私が夢中でプレイしていた、乙女ゲーム『フォーチュンマリッジ〜花歌うきみへ〜』の世界だと言うことを。
舞台はウィーズエンド王国の名門魔法学校。
平民出身のヒロインは努力の末に特待生として入学し、入学式でメイン攻略対象と運命的な出会いを果たす。
しかし、それを快く思わない者がいた。
メイン攻略対象の婚約者であり、侯爵令嬢のマガレッタ・サジタリウス。
優れた魔力、美貌、成績――すべてを持ちながら、その性格は最悪。ヒロインへの執拗ないじめを繰り返し、卒業パーティーで断罪され、一家そろって破滅する。
そして私は、そのマガレッタの隣で、
『そうですわ!』
『おっしゃる通りですわ!』
『ヒロインなんて最低ですわ!』
と相づちを打ち続けるだけの取り巻き、その一人。
つまり、『そうよそうよ係』である。
「……無理。絶対巻き込まれたくない」
悪役令嬢の取り巻きなんて、未来が明るいわけがない。
「平凡で、凡人で、凡凡凡な人生を送るんだ!!!」
大声に気づいたメイドが駆けてくる。幼馴染のリンちゃんだ。
「リンちゃん、手始めにこれをまっすぐ伸ばしてくれないかしら」
目を丸くするリンちゃんに、私は自分の縦ロールを指差したのだった。
リンちゃんは私の縦ロールと私の顔を何度も見比べ、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「……お嬢様。本気でおっしゃっております?」
「もちろん本気」
「ですが、その縦ロールはレコット家のご令嬢の証では……」
「……証なんてなくたってご令嬢よ」
「そういう問題ではありません」
ですよね、知ってたよ。
それでも、この髪型は危険なのだ。
ゲームをプレイしていた頃、ソーヨレッタといえば『マガレッタの隣にいる縦ロール』としか認識されていなかった。
名前を覚えているプレイヤーなんて、ごく一部。
つまり、この縦ロールこそが私を「そうよそうよ係」たらしめる元凶なのである。
というか名前の時点でそうよそうよ係が決定している。なんだ「ソーヨレッタ」って。制作会社は適当に決めたのよきっと。
「いいからまっすぐ!ストレーーーート!」
「……かしこまりました」
気圧されたリンちゃんが私の髪と格闘すること約三十分。
鏡の中にはお淑やかそうな令嬢が出来上がっていた。
「私かんわい。普通に大好き」
「何言ってるんですかお嬢様……」
その一言で、私の身体がぴしりと固まる。
「マジレスきっっつ」
「まじれ?」
「なんでもないよ」
少し自分の今世を整理しよう。前世の記憶もあるが今世の記憶は健在だ。
ソーヨレッタ・レコット(15)。魔法学校入学前。
家族。ゲームでは立ち絵すらなかったレコット家の人々。レコット家でゲームに出ているのは唯一私だけである。やり手のお父様、お茶と刺繍が趣味のお母様、そして王宮の図書館に勤める兄、最後に私。
さすが二次元の世界といったところでもれなくイケメン&美女でええ声である。
さて情報量が多くなるが、攻略対象とヒロイン、ついでにマガレッタのことも整理しておこう。
【〇〇・ユーティア】ヒロイン。〇〇の部分はユーザーが変えれたので、家名で探すしかないだろう。
【レオンハルト・ウィーズエンド】王太子。メイン攻略対象。マガレッタの婚約者であり、学園では二年の先輩である。
【アレクシス・ヴァレンシア】公爵家嫡男。女嫌いクールキャラである。血など通っていないようなもので、ヒロインにだけでんでんでろでろ激甘男になる。学園では二年の先輩。
【ルシアン・アーヴィン】王宮筆頭魔法使い。インテリメガネふわふわお兄さん枠。
【アデル・ウィーズエンド】第三王子。可愛い系の寂しがりうさぎ男子。同級生。
【クラウス・エルネスト】侯爵家次男。チャラい女遊びキャラ。徐々に真実の愛に気づく。
【ザイード・アル=ナジーム】東洋からの留学生であり、遠つ国の第一王子である。
そして、隠しキャラが二名…なのだが。記憶が混乱しているせいなのかぼやけたまま思い出せない。
最後に、我らが悪役令嬢、【マガレッタ・サジタリウス】。伯爵家の令嬢。レオンハルト、もといレオ様の婚約者である。火魔法の使い手であり、名手だ。
四年間の学園生活の終わり、卒業パーティにて、取り巻きたちとともに断罪されるーーー今はその、五年前である。
「お嬢様、朝ごはんですよ」
リンちゃんの声でハッと現実に戻ってくる。完璧に磨かれた私が鏡台の前に座っていた。
「ありがと!」
にっこり笑って立ち上がる。大丈夫、きっと。
「……普通に、普通に振る舞おう」
平凡への第一歩。
それは目立たないこと。
騒がないこと。
そして余計なことをしないこと。
私は胸の前で拳を握り、小さくうなずいた。
「行きましょう、リンちゃん」
「はい、お嬢様」
長い廊下を歩きながら、私は記憶を探る。
レコット家は伯爵家。マガレッタ家と同じ地位であり、王都ではそれなりの名家だ。
だからこそ、幼い頃からマガレッタと交流があり、気づけば彼女の取り巻き第一号になっていた。
……いや。
第一号って何。
私は今日から第一号卒業よ。
「お嬢様?」
「なんでもない」
危ない危ない。
また一人で突っ込んでしまった。
やがて食堂の大きな扉が開かれる。
長いテーブルの奥には、優雅に紅茶を飲む男女が座っていた。
「おはようございます、お父様、お母様」
二人は同時に顔を上げ、穏やかに微笑む。
「おはよう、ソーヨレッタ」
「今日は少し寝坊だったのね」
奇声をあげて心臓を押さえるのを必死で堪える。顔と声の破壊力がすごい。
「入学式もいよいよ来週ね。荷造りは終わったの?」
やわらかく微笑むお母様。ふぅん、なに、誘惑なの?全然大好きだわ。
「ええ、リンちゃんが」
すまして椅子に座り、にっこり笑う。
実際荷造りの八割はリンちゃんがやっている。
「あまりリンをこき使うなよ、お前ももう寮だし、側仕えは連れていけないのだから」
ピシ、と笑顔が固まった自覚がある。
ぎぎぎ、と首が回ってリンちゃんに標準を合わせた。
「ええ、そうですよ、ソーヨレッタ様」
つんとあごをあげるリンちゃん。
知っていたのかこの悪魔!!
「お前も自立の時期だ。同室の子と仲良く頑張るんだぞ」
同室って、まさか。まさかよ。マガレッ……な訳ないわよねそうよねそうだと言ってお父様。
「父さんも学園生活楽しかったなぁ…あの頃にセシリアと出会ったんだ」
「そうでしたねぇ。今も変わらないけれど、かっこよかったわ」
いちゃいちゃし出した両親は放っておき、必死に祈った。
頼む。お願いだ、お願いだから。マガレッ……だけはやめてくれ。
一週間は七日であり、168時間であり、10080分であり、604800秒である。
私にとっては体感3秒だった。
ふりふりの制服、まっすぐ引き伸ばした髪、瓶底メガネ。
目立たず、控えめに。私はマガレッ……なんて知らないただのどこかの令嬢なのだと。自己暗示しまくった。
入学式。学園内のセント・ヨフィエル大聖堂にて、私は誰にも話しかけられることなく式を終えた。
新入生代表の挨拶は苗字が“ユーティア”ではなかったため、ヒロインではないらしい。
在校生代表で遠くからレオ様が見えた。大変眼福でぐふ、と思わず笑ってしまった。隣の男子生徒に引かれたがそんなものはどうでもいい。
ステンドグラスの光を浴びるレオ様は人間離れした綺麗さで、ヒロインもそりゃ惚れるよ…と納得してしまった。
さて、重要なのは寮の同室者である。これから四年間、問題がない限り変わらないルームメイトだ。私はトランクを持って【405】のルームプレートを見つめる。
深呼吸をして扉を開けた。
「こ、こんにちは」
「……あ、こんにちはー」
間延びした声が聞こえてきた。珍しい。この世界でこんにちは、とはあまり言わない。
かすかに目を見開き、顔を上げる。
そこには。
「……ソヨジア?」
“そうよそうよ係”二人目である、ソヨジア・アンバーがいた。
「……ソーヨレッタ?」
あちらも呆けた顔で私を見ている。
なお、私たちは初対面である。“ソーヨレッタ”の記憶にソヨジアはいない。
つまり。
「「あなたも、転生者?」」




