第82話 禁忌の果てと、何気ない日常と
「ルシアンくん、おかえりなさい」
「ルシ――コホ――おか――ゴホゴホッ!」
あたたかな声で迎えてくれたロルウェンナ、それとは対照的にかすれた声のラビラビィ。
一体何が……。
「ラビラビィちゃんったら、ずーっと大声でお祈りしてたのよ! 『ルゥくんが無事に神をぶっ殺せますように』って♪」
「……そうか。ありがとな」
「ルゥ――ゴホッ、しゅき♡」
「(ブレないわね、この聖女も)」
ミラは呆れているが……言葉はともかく、必死に祈ってくれていたことはありがたい。
その気持ちはしかと届いていたぞ。
「だが女神は殺していない」
「え――!?」
「あれを見ろ」
ミニ邪神に追いかけられ、涙を流しながら家の中を駆けまわるミニ女神。
ミニ邪神はお友達を気に入ったようで、早速小さな花を片手に猛アプローチをしているらしい。
「まあ……なんというか……」
「…………無様――ゴホッ」
ロルウェンナも言葉を失ったようで、かつては冷酷無慈悲だった女神のマヌケな姿を見つめている。
「(シュールというかなんというか……)」
「(心なしかミニ女神も嬉しそうじゃないか)」
「(それは……どうだろう?)」
ミラと好き勝手話していると……そこに2人の妖精、世界樹の精霊が玄関を開け放って入ってきた。
「ケケケ! おっかえりー! ルシアン様!」
「おかえりなさいです! ご無事で何よりです!」
「……ん? ルシアン様ひょっとして……」
「……あら? ルシアン様もしかして……」
「神ってます~? ケケケ! さすルシ~!」
「神化してますね? さすがはルシアン様です~!」
さすがは世界樹の精ということか。すぐに俺の変化に気が付いたようだ。
「ケケケ! 『女神様ぶっ殺し記念パーティ』改め――」
「『新しい神様誕生のお祝い記念パーティ』の準備ができてます! お外にどうぞー!」
導かれるまま全員で外に出ると、そこには華やかな食卓が広がっていた。
生命力あふれる野菜のサラダ、食欲をそそる牛や豚、モンスターのステーキ、その2つを調和させたスープ……他にも世界樹の実を絞ったであろう飲み物など、実に贅沢な食事が広がっていた。
「ロルウェンナ・ゴーレムさんやリエラ・ゴーレムさんが手伝ってくれたのです!」
「ケケケ! 本人と違ってリエラ・ゴーレムは器用ですよー!」
「(素敵なお料理ね! 私は食べられないのが残念だわ……)」
そうだった。
俺の人生の大半を注ぎ込んできた目標、それはもう終わりにできるのだった。
少し名残惜しいが……。
「ミラはどんな大人になるつもりだったのだ?」
「(え……)」
ミラ本人も、俺の言いたいことが伝わったのだろう。
真剣な様子で考え込み――。
「(もっちろん! クレズマーみたいに博識で、チャチャみたいに明るくて、ラビラビィみたいに優しくて、ロルウェンナみたいに大らかで、コアちゃんみたいに愛らしくて、マールみたいにボインボインで、アイリスみたいにロケットで、リエラみたいにスレンダーな女性よ!)」
「すまん、それは無理だ」
「(むっきー! 『否定を否定する』んじゃなかったのー!?)」
怒りを表すように飛び跳ねているミラを両手に乗せ、体を創造する。
膨大な魔力と魂を収めるには今の器では足りないうえに、かつての魂の蘇生が不完全だったことで肉体への定着がうまくいかなかった。
それを今、『否定を否定』しつつ新たな器に“書き換え”る。
「(あわわ!? か、体が……!)」
「ミラさんの体が!?」
「嘘……遂になんですね!?」
「おお……なんと美しい……!」
その姿は……月光のような、透明感のある長い銀髪。深い漆黒の瞳は、吸い込まれるような神秘的な魅力を放つ。
肌は透き通るように白く、少し病弱な印象を与える、
リボンを媒体に顕現した、黒を基調としたゴスロリ服に身を包んだ、人の体を得たミラだ。
もはやその体の維持に、大量の魔力は必要ない。
「……ルシアン」
「ミラ……」
『おはよう』か、『久しぶり』か、はたまた……なんといえばいいのやら。
「ルシアン! ルシアン! ルシアン!!!」
「ああ……」
紛い物ではない、本物の人肌の温もり。
伝わってくる気持ちと体温が、俺の平熱35度を上昇させる。
「ルシアン……」
「ミラ……」
まいったな、言葉が出てこない。
魔術師たるもの、常に頭と口は動かさなければならないというのに……。
「ルシアン様が……泣いてます……」
「お前もだぞ、アイリスよ……」
「……マールちゃんだって……」
「疑問:めから、みずが……」
「……当然です。この日をどんなに待ち望んだか……ぐすっ」
「……そりゃみんな泣くよなぁ……うぅ……」
アイリスも、マールもロルウェンナもコアちゃんもリエラもラビラビィも……。
「わらわも、何だかわからないけどぉ~……ふぇっ、うわあああぁぁぁ~~~ん!」
「ぶえええぇぇぇん! ルシ――よか――研究――大変で――ぶぇぇぇええええん!」
チャチャとクレズマーですら――いや、他の誰よりも大泣きしている。
なぜだ。
「……ふふふ! みんなを待たせちゃ悪いわね!」
「そうだな。せっかくの料理が冷めてしまう」
料理がうまい時間は限られているが、俺たちが愛を確かめ合う時間はまだまだこれから……無限にある。
禁忌の果てに掴んだ幸福も、普段の何気ない日常の幸福も、等しく尊い物なのだ。
「それじゃあ早速! いっただっきまぁ~す!!!」
◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、ルシアン……」
「ん?」
柔らかい布団に横たわり、まどろむ俺の頬を撫でながら、ミラが囁くように尋ねてくる。
「あの時――邪神を倒すために、ソニプロフェン王国に向かうときに言った“私の忘れた大切なこと”なんだけど……」
「ん? ……ああ、随分昔のことを思い出させるな」
「……『大きくなったら、結婚しようね』だっけ? それとも『子どもは3人!』だっけ……?」
「……残念、違うな」
「むぅ……」
少し膨れたミラの頬を撫でる。
白く美しい肌が壊れないように、そっと。
「ヒントは、俺の両親は忙しく、ほとんど家にいなかったこと」
「……うん。そうだったね」
「寂しくて泣いていた俺に、お前が言った言葉だ」
「……ああ! なんだ、そんなことか……」
そう、そんなこと。
何の変哲もない、ありふれた言葉。
「『私がずっと、そばにいるからね』」
これでルシアンたちの冒険は終わりです。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
またいつか、禁忌のその先でお会いしましょう!
最後に……
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