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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 御上常陸介寛浩


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第16話 この班、まとまりそうでまとまらない

共学化記念オリエンテーションが終わったあとも、四班の空気は妙な熱を引きずったままだった。


 金曜の夕方、教室に戻ってきた黒峰恒一は、自分の席へ腰を下ろした瞬間にそれを実感した。表向きには「無事終了」である。配布されたチェックシートも埋まったし、提出物も揃った。班としての仕事はちゃんとこなした。教師から見ても、たぶん優秀な部類に入るだろう。


 なのに、だ。


 夢咲ことねは鞄をまとめながらも、何か言いたそうに何度もこちらを見ている。

 朝霧凛は表情こそいつも通りだが、視線だけはよく動く。

 火乃森朱莉は静かな顔で資料を整えながら、必要以上に落ち着いている。

 雪代しおんは何を考えているのか分からないほど静かだが、たぶん全部見えている。

 小鳥遊ましろは「先輩、今日は帰ったら甘いもの食べたほうがいいです」とか言い出しそうな顔をしている。

 鳴瀬いろはだけが、妙に満足そうだった。


 班行動は終わった。

 だが、終わったからこそ見えてしまったものがある。


 全員、役割自体はちゃんと果たしていた。

 ことねは場を明るくし、凛は進行を整え、朱莉は資料と全体の確認を担った。しおんは静かに隙間を埋め、ましろは記録を取り、いろはは独特な視点で見落とされるものを拾っていた。毒島ひよりまで途中参戦したわりに、あれだけ濃い空気の中で四班が班として崩れなかったのは、ある意味で奇跡に近い。


 問題は、その全員が、黒峰恒一との距離感だけは揃いも揃っておかしかったことだ。


 そして、その事実にたぶん皆うっすら気づいてしまっている。


「……黒峰くん」


 最初に声をかけてきたのはことねだった。

 少しだけ疲れた顔をしている。だが目だけはまだ元気だ。


「ん?」


「今日さ」


「うん」


「この班、思ったよりちゃんとしてたよね」


 それは意外な言葉だった。


 恒一は少しだけ目を丸くする。


「それ、ことねが言うのか」


「言うよ。だって私、もっと途中でぐちゃぐちゃになると思ってたし」


 ことねは椅子を引き、恒一の机の横へ寄ってきた。いつものことではあるのだが、その動きが今日は少しだけ慎重だった。たぶん、自分でも何をどう言えばいいのか探っているのだろう。


「でも、わりと回ったじゃん。ちゃんと。朝霧さんが道順切って、火乃森さんが資料持ってて、ましろちゃん記録してて、雪代さんがなんか空気整えてて、鳴瀬さんが変な発見してて」


「最後の言い方」


「いやでも本当に変な発見だったし!」


 ことねは両手を少し広げて抗議するみたいに言う。


「“この階段の削れ方が綺麗”とか、普通そんなこと言わなくない!?」


「普通ではないな」


 そこは否定できない。


 ことねは少しだけ笑って、それからふっと真顔に戻った。


「なのにさ」


「うん」


「黒峰くん一人いるだけで、みんなちょっと変になるんだよね」


 その言い方は、あまりに真ん中を射抜いていた。


 恒一は、返事に数秒かかった。


「……そんなにか?」


「そんなに」


 ことねは即答した。


「いや、私もたぶん人のこと言えないんだけど。言えないんだけどね? でも、今日ほんと分かった。誰か一人が黒峰くんに話しかけると、他の人もちょっとだけ空気変わるの」


 ことね自身、その一人だった。

 たぶん自覚もあるのだろう。

 だからこそ、その言葉には変な重みがあった。


「そんなことないって言いたいけど」


 恒一は正直に言った。


「言いきれないのがきついな」


「でしょ」


 ことねは小さく息をつく。


「この班、まとまりそうなのに、まとまりきらないもん」


 その表現がしっくり来た。


 四班は確かに優秀だ。

 まとまろうと思えば、たぶんかなり綺麗にまとまる。

 でも、その“まとまり”の真ん中に恒一がいるせいで、全員が少しずつ譲らなくなる。


 それが今日一日で一番分かってしまったことだった。


     ◇


 そのとき、通路側から凛の声が飛んできた。


「夢咲さん、そこで黒峰独占しないで」


 ことねがぴくっと肩を跳ねさせる。


「独占って言い方しないで! 話してただけでしょ!」


「そういうのがもうそう見えるって言ってる」


 朝霧凛は鞄の口を閉じながら、いつもの少し刺のある口調でそう言った。だが、今日はその棘がいつもより少しだけ分かりやすい。単なるツッコミではなく、ちゃんと牽制だ。


「朝霧さんだって今日ずっと仕切りながら黒峰くんに指示出してたじゃん」


「班行動だったから」


「便利な言い訳!」


「言い訳じゃなくて事実」


 ことねと凛がやり合い始める。

 声量は抑えている。教室の中で露骨な騒ぎにはしたくないというラインは守っている。

 だが、その抑えた温度が逆に生々しい。


 恒一は机に肘をつきかけて、やめた。


 ここで変に止めに入っても、たぶん余計こじれる。

 そんな変な学習だけ、この数日で身についてしまった。


 そこへ、窓際から朱莉の声が静かに落ちた。


「朝霧さんの言ってることも分かる」


 ことねが振り返る。

 凛も視線だけそちらへ向ける。


 朱莉は席を立ち、資料の束を揃えながらこちらへ来た。

 歩き方には無駄がない。いかにも“もう自分の中で話の順番が決まっている”感じがある。


「今日、たしかに班としては機能してたよ」


 その言い方は、意外なほど素直だった。


「朝霧さんのルート管理がなかったら、もっと時間食ってたと思うし。夢咲さんが場を繋いでくれてたのも事実。小鳥遊さんの記録も助かったし、雪代さんが気づいてくれたとこもあった。鳴瀬さんの視点、正直意味分かんないとこもあったけど、見落とし拾ってたのは確か」


「意味分かんないは余計」


 いろはが遠くから言う。

 だが、わりと嬉しそうだ。


 朱莉はそのまま続けた。


「だから、まとまりそうではあったの」


「“では”ってことは、やっぱりまとまってなかったって思ってるんだ」


 ことねが少しだけ挑むように言うと、朱莉は淡々と頷く。


「うん」


 あっさりだ。


「黒峰がどこにいるかで、ちょっとずつ空気変わってたから」


 凛が小さく息を吐く。

 ことねが目を逸らす。

 ましろは「やっぱりそうですよね」とでも言いたげな顔だ。

 しおんだけが、静かに全員を見ていた。


 恒一は本気で思った。


 やめてくれ。

 本人の前でそこを確定していくな。


「……俺、そんなに班の中心にいたか?」


 そう聞いてみる。


 すると、答えたのはしおんだった。


「いたと思う」


 静かな声だった。

 静かなのに、その一言で話が締まる感じがある。


「黒峰くんが前に出たからじゃなくて、みんなが黒峰くんの位置を見てたから」


 またしても、しおんの言葉は一番厄介なところを突いてくる。


 恒一は目を閉じたくなった。


 凛が腕を組む。


「……そういう意味では、黒峰抜きのほうが班としては楽かもね」


「それ、結構ひどくない?」


 ことねが言う。


「ひどいけど事実じゃない? 黒峰いなかったら、たぶんもっと機械的に回れる」


「でも、それだとつまんなくない?」


 ことねは半ば反射みたいに返してから、あ、と気まずそうな顔をした。


 凛もそれにはすぐ言い返せなかった。


 教室の空気が一拍だけ止まる。


 その沈黙を、ましろが小さな声で埋めた。


「先輩がいないと、たぶんみんな少しつまらなそうです」


 それをお前が言うのか。


 しかも、誰より素直に。


 ことねが「うわ、ましろちゃんそういうとこある」と頭を抱え、凛が「本人の前で言うの強い」とぼそっと言う。


 ましろは不思議そうに目を瞬いた。


「そうですか?」


「そうだよ」


 恒一が力なく返すと、ましろは少しだけ考えて、それからこくりと頷いた。


「でも、本当だと思います」


 真顔だった。


「先輩いると、みなさん少しだけ面白そうになりますし」


 その“面白そう”の中に、どんな意味が入っているのか。

 考えたくない。

 けれど、考えなくても何となく分かってしまうのがつらい。


     ◇


 鳴瀬いろはは、そんな空気を少し離れたところから見ていた。


 そして、ぽつりと言う。


「黒峰くん、さっきより眉の左右差大きい」


「それで今の精神状態を測るな」


「だって分かりやすい」


「わざわざ口に出すな」


「でも綺麗だよ」


「だから慰めになってない!」


 いろはは笑った。

 その笑い方は意地悪ではない。

 ただ本当に、崩れたバランスを美しいと思っている人のそれだ。


「この班、面白かった」


「お前は最初から最後までそれだな」


「うん。でも本当」


 いろはは椅子の背にもたれながら、少しだけ視線を上げた。


「ちゃんと優秀なのに、黒峰くんで全部少しだけ崩れる」


 その言い方が嫌になるほど的確だった。


 四班はたしかに優秀だった。

 全員、能力だけ見れば役に立つ。

 だが、その全員が恒一との距離感だけは“平等に普通”ではいられない。

 それが班の空気を少しずつ歪ませていた。


「だから綺麗」


 いろはが結論みたいに言う。


 誰もその言葉を完全には否定しなかった。


     ◇


 放課後の教室には、夕方の光がゆっくり差し込んでいた。


 西日が窓際の机の端を照らし、床に長い影を落とす。部活へ向かう生徒、帰り支度を急ぐ生徒、雑談しながらのんびり残る生徒。いつもの放課後だ。だが四班の周辺だけ、やはりまだ少し密度が高い。


 ことねがふっと笑う。


「なんかさ」


「ん?」


「今日で逆に分かった気がする」


「何が」


「この班、誰かが明確に嫌いとかじゃないんだよね」


 その一言に、空気が少しだけ柔らかくなった。


 たしかにそうだった。


 ことねは誰かと真正面からぶつかりたいわけじゃない。

 凛も必要以上に争う気はない。

 朱莉は警戒しているが、雑に壊したいわけではない。

 しおんは静かに見ているだけで、わざと乱すタイプではない。

 ましろはそもそも悪意の概念が薄い。

 いろはは美しい崩れ方を見たいだけだ。


 問題は、全員がちょっとずつ譲らないことだ。


「嫌いじゃないから余計に面倒なんだよ」


 凛が現実的なことを言う。


「嫌なら切れば済むけど、そうじゃないし」


「……それもそうだな」


 恒一は正直に頷いた。


 ことねが机へ肘をつき、頬をのせる。


「じゃあさ、逆に聞くけど」


「なに」


「黒峰くん、この班どう思った?」


 全員の視線が、また集まった。


 やめてくれ。

 どうしてこういう“本人の感想を言わせるターン”になるんだ。

 しかも誰も逃してくれない。


 恒一は少しだけ考えた。


 正直に言えば、疲れた。ものすごく疲れた。

 けれど、それだけではない。


 ことねの明るさには何度か助けられた。

 凛の段取りは、確実に班を動かしていた。

 朱莉の資料管理がなければ、途中で絶対にぐだついていた。

 しおんは言葉が少ないくせに、必要なとこをちゃんと拾っていた。

 ましろの記録は丁寧で、気配りも地味に効いていた。

 いろはの視点は変だったが、変だからこそ見えるものもあった。

 そして毒島ひよりの乱入まで含めて、今日一日はひどく濃かった。


「……優秀だとは思う」


 恒一はゆっくり言う。


「班としては、たぶんかなり」


 ことねが少しだけ目を丸くする。

 凛は表情を変えないが、ちゃんと聞いている顔だ。

 朱莉も黙っている。

 しおんは静かだ。

 ましろはいかにも“うれしいです”みたいな顔になっている。

 いろはだけが面白そうに続きを待っている。


「でも」


 恒一はそこでため息まじりに続けた。


「俺を抜いたほうが、もっと平和に回るんじゃないかとも思った」


 ことねが吹き出しかけて、慌てて口を押さえる。

 凛は「やっと自覚した」とでも言いたげに眉を上げた。

 朱莉は少しだけ目を細める。

 しおんはほんのわずかに口元を緩めた。

 ましろは「でも先輩いないとつまらないです」と真顔で追い打ちしそうな顔をしている。

 いろはは、案の定、楽しそうだった。


「それでも」


 自分で言いながら、恒一は少しだけ苦笑した。


「たぶん、いなかったら今日みたいにはならなかったんだろうなって思う」


 それが良いのか悪いのかまでは分からない。

 けれど、平坦で終わらなかったことだけは確かだ。


 ことねが小さく笑う。


「……うん、それはそうかも」


 凛も、珍しく素直に言った。


「退屈はしなかった」


 朱莉はそれを聞いて、静かに息を吐いた。


「私も、そこは否定しない」


 しおんがぽつりと落とす。


「黒峰くんがいないと、みんな少しつまらなそう」


 さっきましろが言ったのと、似ているようで少し違う言葉だった。


 それは事実の確認みたいに静かで、だからこそ強かった。


 恒一は机に額をつけたい気持ちをこらえながら、小さく笑った。


「……それ、喜んでいいのか分からないんだけど」


「分からなくていいんじゃない?」


 いろはがそう言う。


「分からないままの顔、いまちょっといいし」


「最後までそれかよ」


「うん」


 もう駄目だ。

 この班、まとまりそうでまとまらない。

 でもそのまとまらなさ自体が、たぶん今の四班の形なのだ。


 教室の窓の外では、夕日がだいぶ傾いていた。

 春の風がカーテンを揺らし、校庭の向こうから部活の声がかすかに聞こえてくる。


 黒峰恒一は、その光景の中でようやく、少しだけはっきり自覚した。


 自分はもう、“普通の青春”の外側へ片足だけではなく、だいぶしっかり踏み込んでいる。


 そしてこの先、その中心から簡単には抜け出せそうにない。


 まとまりそうでまとまらない。

 なのに、少しずつ確かに関係だけは深まっていく。


 そんなややこしい班の真ん中で、恒一はまた一つ、面倒で逃げづらい現実を理解してしまっていた。

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