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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第116話 翌朝の教室は、昨夜のLINEを少しだけ引きずっている

 翌朝の教室は、いつも通りだった。


 黒板には日直の字で日付が書かれ、窓際では誰かが眠そうに欠伸をしている。廊下からは隣のクラスの笑い声が聞こえ、教室の後ろでは男子が小テストの範囲を今さら確認して騒いでいた。


 何も変わっていない。


 変わっていないはずなのに、黒峰恒一は自分の席へ向かいながら、妙に落ち着かなかった。


 理由は分かっている。


 昨夜のLINEだ。


 勉強会のグループで、梅チーズ寒天の話をして。

 そのあと個別で、ことねから英単語のことを聞かれて。

 凛から明日の段取りを確認されて。

 朱莉と例題の話をして。

 しおんから「夜にこうやって続くのも楽しい」と送られて。

 ましろから「名前つきで」クッキーを持ってくると言われた。


 どれも、別に大事件ではない。


 けれど、朝になって実際に顔を合わせると、その文字の残り香みたいなものが教室の中にある気がした。


「……変に意識しすぎだろ」


 自分に言い聞かせるように呟き、机の中を確認する。


 何もない。


 最近の癖だ。

 もうやめてもいいのに、やめられない。


 机の中を閉じたところで、後ろから声がした。


「おはよ」


 夢咲ことねだった。


「おはよう」


 返事をしてから、ほんの少し間が空いた。


 ことねも、その間に気づいたらしい。

 目が合うと、少しだけ笑った。


「……昨日、ありがと」


「英単語?」


「うん」


 ことねは鞄を置きながら、小さく肩をすくめる。


「寝る前に一回見た。悔しいけど、ちょっと覚えてた」


「悔しいのか」


「黒峰くんの言う通りにして効果あると、ちょっと悔しい」


「理不尽だな」


「でも助かったから、そこはありがとう」


 その「ありがとう」が、教室で聞くと昨日のLINEより少しだけ明るかった。

 でも、文字で見た時の静かな本音も、ちゃんと奥に残っている。


「……朝から何か昨日の続きみたいだな」


 恒一が言うと、ことねは一瞬だけ目を丸くして、それから笑った。


「分かる」


「分かるのか」


「うん。LINEで話した次の日って、ちょっと変だよね。学校で普通に会うと、“昨日の夜も話してたんだよな”ってなる」


「それ」


「でしょ?」


 ことねは少しだけ声を落とした。


「でも、嫌じゃない」


 その一言が、さらっと置かれた。


 恒一が返事に迷っていると、通路側から凛が入ってきた。


「朝から何を引きずってるの」


「朝霧さん」


 ことねが少しだけ身構える。


「おはよ。あと、その言い方やめて。図星っぽくなる」


「図星でしょ」


「そうだけど!」


 凛は机に荷物を置き、いつものように淡々とノートを出した。

 しかし、その横顔にも昨日のLINEの温度が少しだけ残っているように見えた。


「黒峰」


「ん?」


「昨日のプリント、見た?」


「一応」


「一応じゃ足りない」


「朝から現実が来た」


 ことねがぼそっと言う。


 凛は気にせず続けた。


「今日の数学演習、最初に昨日の復習を少し入れるから。夢咲さん、英単語の確認もする」


「うわ、もう逃げ場ない」


「寝る前に見たんでしょ」


「見たけど!」


「なら確認できる」


「朝霧さんの中で、見た=できる、なの怖い」


 凛は少しだけ口元を緩めた。


「できるかどうかを見るための確認」


「やっぱり逃げ場ない!」


 そのやり取りを聞いて、恒一は少し笑った。


 昨夜のLINEで少し近くなったような気がしても、朝の凛はやっぱり現実担当だった。

 でも、その現実の出し方は前より少しだけ柔らかい。


     ◇


 一時間目の前、朱莉が窓際からやってきた。


「おはよ」


「おはよう」


 恒一が返すと、朱莉は一拍置いてから言った。


「昨日の例題、少し見てきた」


「本当に?」


「うん。怖くないやつ」


 その言い方に、ことねが反応する。


「怖くないやつ、助かる……」


「ことね先輩、英語も数学もまず怖がるところから入るから」


「朱莉ちゃん、それ朝から言う?」


「でも本当でしょ」


「本当だけど!」


 朱莉は小さく笑って、恒一へ一枚のルーズリーフを渡した。


「これ。今日使えるかも」


「助かる」


 受け取ると、そこには数学の例題がいくつか、かなり見やすく整理されていた。難しすぎない。けれど、基礎の確認にはちょうどいい。


「火乃森、こういうの作るのうまいな」


 恒一が言うと、朱莉は少しだけ目を伏せた。


「昨日、黒峰がそう言ってたから」


「俺?」


「怖くないやつ、って」


「それは火乃森が言ったんじゃなかったか」


「そうだっけ」


 朱莉は軽く笑った。


「まあ、どっちでもいいけど。黒峰が入口作るなら、私はそのあと怖くならないようにしたいなって」


 その言葉は、昨日のLINEの続きだった。


 今のほうが少し自然かも。

 文化祭みたいだね。


 その続きが、朝の教室でルーズリーフになって差し出されている。


「……ありがとな」


「うん」


 朱莉は短く頷いた。


 隣に座るわけではない。

 でも、ちゃんと近い。


 朱莉の距離感は、今日も静かに強かった。


     ◇


 しおんは、ホームルーム直前に教室へ入ってきた。


 いつも通り静かで、少し眠そうにも見える。

 でも席へ着く前に、恒一の机の横で足を止めた。


「黒峰くん」


「ん?」


「昨日、ちゃんと寝た?」


「……まあ、そこそこ」


「そこそこ」


 しおんは小さく繰り返す。


「夜にLINEしてたから?」


「それも少し」


 正直に言うと、しおんはほんの少しだけ笑った。


「私も少し遅くなった」


「珍しいな」


「うん。でも、嫌じゃなかった」


 昨日の言葉と似ている。


 夜にこうやって続くのも楽しい。

 朝になっても、それを隠さずに言う。


「……雪代って、そういうの本当にさらっと言うよな」


「変?」


「変じゃないけど、強い」


「強い?」


「うん」


 しおんは少しだけ考えた。


「なら、少しだけ強くていい」


 それだけ言って、自分の席へ向かう。


 恒一はしばらく、その背中を見ていた。


 昨日のLINEを引きずっているのは、自分だけではない。

 けれど、しおんは引きずっていることを隠さない。


 それがまた、静かに強い。


     ◇


 昼休みになると、前方の席にはいつものように人が集まった。


 ことねが英単語帳を持ってきて、凛が予定表を置き、朱莉が朝のルーズリーフを広げる。しおんは静かに座り、恒一は弁当箱を開いた。


 そこへ、ましろがやってきた。


「先輩」


「おう」


 ましろは、小さな紙袋を差し出した。


「昨日言っていたものです」


「ああ」


 恒一が受け取る前に、ことねが目ざとく反応した。


「それ、クッキー?」


「はい」


「甘すぎないやつ?」


「はい」


 ましろは小さく頷いた。


「名前つきです」


 教室の前方の空気が、ほんの一瞬だけ静かになった。


 匿名の差し入れ。

 甘すぎないもの。

 そして、ましろの“名前つき”。


 その対比は、もう全員が分かっている。


 恒一は紙袋を受け取った。


「ありがと、小鳥遊」


「はい」


 ましろは目を逸らさない。


 ことねが少しだけ笑う。


「ましろちゃん、やっぱり強いなあ」


「何がですか」


「自分の近さを、ちゃんと自分で出すところ」


 ましろは少しだけ黙った。


「……そうするほうなので」


 昨日と同じような言葉だった。

 でも、今日は少しだけ自然になっている。


 凛が紙袋を見て言った。


「今日の休憩用?」


「はい。数学演習のあとに」


「小鳥遊さん、もう完全に予定表と連動してるね」


「必要なので」


 朱莉が笑う。


「ましろちゃんの“必要なので”は、最近かなり安心する」


「安心しますか」


「うん。安心する」


 ましろは、ほんの少しだけ嬉しそうに目を細めた。


     ◇


 昼休みの話題は、自然と昨夜のLINEになった。


「昨日、思ったより続いたよね」


 ことねが言う。


「勉強会のグループ、最初は連絡用だけかと思ってた」


「実際、連絡用で作った」


 凛が答える。


「でも、連絡だけで終わらなかったね」


「夢咲さんが梅チーズ寒天の話を引っ張るから」


「あれは引っ張るでしょ!」


 ことねは声を上げかけて、少しだけ抑えた。


「だって、あんなの記憶に残るもん」


「毒島さんの狙い通りかも」


 朱莉が言う。


「やだ、味じゃなくて暗記より先にひよりちゃんの集中食が記憶に定着してる……」


 しおんが静かに言った。


「でも、昨日のLINEは少し軽かった」


「軽かった?」


 恒一が聞く。


「うん。教室より少しだけ、言葉が軽い」


「それ、分かる」


 ことねがすぐに頷いた。


「顔見てないから言いやすいことあるよね。でも逆に、文字で残るから変に照れることもある」


「夢咲さん、昨日そういうの送ってたの?」


 凛が聞く。


「送ってない!」


「今の反応は送ってる」


「朝霧さん!」


 ことねが慌てる横で、恒一は少しだけ視線を逸らした。


 夜にこうやって聞けるの、ちょっと助かる。


 ことねのその言葉は、まだちゃんと覚えている。


「黒峰くん」


「何」


「今、思い出したでしょ」


「何を」


「昨日のLINE」


「……まあ」


「やっぱり」


 ことねは少しだけ恥ずかしそうに笑った。


「私も、朝来た時ちょっと思い出した」


 その正直さに、恒一は返す言葉を探した。


 凛が、助けるでも茶化すでもなく、静かに言った。


「LINEって、学校と家の間にもう一個場所ができる感じあるよね」


「もう一個場所?」


 朱莉が聞く。


「うん。教室でも家でもないけど、会話だけは続く場所」


 その表現に、前方の席が少しだけ静かになる。


 なるほど、と思った。


 夜のLINEは、場所ではない。

 でも、確かにもう一つの集まる場所みたいだった。

 教室で言いきれなかったことや、帰ってから思い出したことが、そこへ少しずつ置かれる。


「……朝霧さん、今日ちょっと詩的」


 ことねが言う。


「そう?」


「うん。でも分かる」


 しおんが小さく頷いた。


「夜の場所」


「雪代さんが言うと、さらに静かな感じになるね」


「うん。静かだった」


 ましろも、少しだけ考えてから言った。


「夜のLINEは、体調管理にも使えます」


「ましろちゃんだけ急に実務!」


「大事です」


「それはそう!」


 笑いが起きる。


     ◇


 放課後の勉強会は、予定通り数学演習から始まった。


 ことねは朝より少しだけ落ち着いていた。

 凛は予定表に沿って確認し、朱莉が持ってきた“怖くない例題”を最初に使うことになった。


「これ、火乃森が作ってくれたやつ」


 恒一がことねの前へ置く。


「朱莉ちゃんが?」


「うん」


 ことねはルーズリーフを見る。


「……見やすい」


「でしょ」


 朱莉が少しだけ笑う。


「最初から難しい問題入ると嫌になるから」


「ありがとう……」


 ことねは本気で感謝している顔だった。


 恒一は、そこへ説明を加える。


「まず、この形だけ見ればいい」


「うん」


「昨日やったところと同じで、最初にどこを見ればいいか決める」


「入口?」


 ことねが聞く。


「そう」


「黒峰くん、入口担当だもんね」


 ことねがにやっと笑う。


「それ、昨日のLINEで誰か言ってたやつだろ」


「みんな言ってた気がする」


「広まりすぎだろ」


 凛が隣で淡々と言った。


「実際、今日はその役割で進めるから」


「本当に予定に組み込むなよ」


「必要だから」


 ましろが小さく頷いた。


「入口は必要です」


「小鳥遊まで」


 前方に小さな笑いが広がる。


 昨日の夜に文字で交わしたことが、今日の勉強会で普通に会話になる。

 それは、少し恥ずかしい。

 でも、悪くない。


     ◇


 勉強会が進むにつれて、朝の気まずさはだんだん薄れていった。


 ことねは例題を解き、朱莉は言葉を柔らかくし、凛は必要な訂正を入れる。しおんはことねが止まる前の気配を拾い、ましろは休憩のタイミングを見ている。


 昨日のLINEを引きずっていた教室は、いつの間にかまたいつもの勉強会の空気になっていた。


 でも、完全に消えたわけではない。


 ふとした時、昨日の一言が重なる。


 夜に聞けるの、助かる。

 ちゃんと回ってたと思う。

 今のほうが少し自然かも。

 夜にこうやって続くのも楽しい。

 名前つきで。


 それぞれの言葉が、今日の顔の奥に少しずつ見える。


 休憩時間になって、ましろのクッキーをみんなで分けた。


「ほんとに甘すぎない」


 ことねが言う。


「昨日の梅チーズ寒天のあとだと、安心感がすごい」


「毒島さんに怒られるよ」


 朱莉が笑う。


「でも、ひよりちゃんのは目が覚める。ましろちゃんのは落ち着く」


 ことねの言葉に、ましろは少しだけ考える。


「落ち着くなら、よかったです」


「うん。かなり」


 恒一も一つ食べた。


 確かに甘すぎない。

 喉にも重くない。

 ただ、匿名の差し入れの時とは違う。


 これは、ましろが持ってきたものだ。

 名前つきで、必要だと思って、まっすぐ差し出されたもの。


「うまい」


 恒一が言うと、ましろはほんの少しだけ目を伏せた。


「よかったです」


 その返しは短い。

 でも、昨日のLINEを知っている今は、前より少しだけ近く聞こえた。


     ◇


 勉強会が終わるころには、朝の妙な引きずり方は、別のものへ変わっていた。


 気まずさではなく、続いている感じ。

 夜の会話が朝へ続き、朝の教室が放課後へ続き、放課後の勉強会がまた夜へ繋がっていく。


 文化祭の時は、学校の中だけで関係が進んでいた。

 でも今は違う。


 教室。

 図書室。

 帰り道。

 夜のLINE。


 少しずつ、場所が増えている。


「……今日も、夜ちょっと確認するかも」


 帰り支度をしながら、ことねが小さく言った。


「英単語?」


 恒一が聞く。


「うん。でも、昨日より短くする」


「別に長くてもいいけど」


 ことねが一瞬止まる。


「……そういうの、さらっと言わないで」


「何が」


「助かるけど、ちょっと照れるやつ」


 そう言って、ことねは鞄を持つ。


 凛が予定表をしまいながら言った。


「夜に聞くなら、十一時前までにして。寝不足になるから」


「朝霧さん、そこ現実」


「大事でしょ」


 朱莉が笑う。


「じゃあ、今日は十一時前までの勉強会延長だね」


「延長って言い方、ちょっといいね」


 しおんが小さく頷く。


「夜の場所」


 ましろも静かに言った。


「ただし、早めに寝てください」


「ましろちゃんで締まった」


 ことねが笑った。


 翌朝の教室は、昨夜のLINEを少しだけ引きずっていた。

 そしてその引きずり方は、気まずさではなく、前より少しだけ長く続く関係の証拠みたいだった。

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