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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第114話 変食ヒロインが持ち込む集中食は、だいたい勉強より先に空気を乱す

 勉強会は、三日目にして少しだけ形になってきた。


 最初の日は、夢咲ことねが数学と和解しかけた。

 次の日は、英語文法と向き合った。

 その次は図書室で静かに各自勉強をし、昨日は小鳥遊ましろの休憩管理によって、全員が「休むことも勉強会の一部」だと妙に納得させられた。


 そして今日は、暗記系の日だった。


「……一番嫌かもしれない」


 ことねが、社会のプリントを机へ置きながら言った。


「数学より?」


 黒峰恒一が聞く。


「数学は分かんないと敵だけど、暗記は覚えてない自分が敵じゃん」


「深そうで、ただ覚えたくないだけの発言だな」


「違うよ。自分との戦いなんだよ」


 ことねは真顔で言った。


「そして私は今、自分に負けそう」


「始まる前から負けるな」


 朝霧凛が予定表へ目を落としながら言う。


「今日は社会と英単語。三十分ごとに区切る。途中で小テスト形式にするから」


「え、小テスト?」


「覚えたかどうか確認しないと意味ないでしょ」


「逃げ場がない!」


「逃げ場を作る日じゃないから」


 凛の言葉に、ことねは机へ突っ伏しかけた。


 その横で、火乃森朱莉が静かに笑う。


「ことね先輩、暗記の日は顔に出るね」


「数学の日も英語の日も出てた気がするんだけど」


「今日は特に出てる」


 雪代しおんが、小さく頷いた。


「声も少し低い」


「雪代さん、そこまで見ないで……」


 ことねが情けない声を出したところで、教室の前扉が開いた。


「暗記の日ですね」


 入ってきたのは、毒島ひよりだった。


 小柄な体に、妙に真剣な表情。

 そして両手には、購買の袋……ではない。


 銀色の保冷バッグが握られていた。


 前方の席にいた全員の視線が、そこへ集まる。


「……ひよりちゃん」


 ことねが、恐る恐る聞いた。


「それ、何?」


「集中食です」


「うん。もう不安」


 ひよりは真顔のまま、保冷バッグを机へ置いた。


「暗記には糖分だけでは足りません。香り、噛む回数、口内刺激、温度変化。すべてが集中に関わります」


「今日、勉強会だよね?」


 恒一が言う。


「はい。だから持ってきました」


 その答えには、少しの迷いもなかった。


 凛が目を細める。


「毒島さん、一応聞くけど、普通に食べられるものだよね?」


「普通に食べられます」


「その“普通”が人によって違うのが問題なんだけど」


 朱莉の指摘に、ひよりは少しだけ考えた。


「合法で、衛生的で、購買では売っていません」


「不安材料が増えた」


 ことねが本気で言った。


     ◇


 ひよりが保冷バッグから取り出したのは、小さな透明容器だった。


 中には、一口サイズに切られた何かが入っている。

 見た目は……ぎりぎり普通だ。

 薄い黄色と、少し茶色。

 ただ、近づくとほんのり酸っぱい香りがした。


「これは?」


 恒一が聞く。


「梅チーズ寒天です」


「うめ、ちーず、かんてん」


 ことねが一語ずつ繰り返した。


「なんでその三つを一緒にしたの?」


「梅の酸味で眠気を飛ばし、チーズの脂質で満足感を出し、寒天で噛む時間を作ります」


「理屈はあるんだ……」


「あります」


 ひよりは誇らしげだった。


 ましろが、容器をじっと見た。


「量は少なめですね」


「はい。食べすぎると集中が落ちるので」


「そこはちゃんとしているんですね」


「そこは、ではなく全体的にちゃんとしています」


 ましろとひよりが、静かに見つめ合う。


 生活導線ヒロインと変食ヒロイン。

 方向性は違うが、どちらも“必要なものを持ってくる”という点では似ている。

 ただし、ましろは安心を持ってくる。

 ひよりは、だいたい不安も一緒に持ってくる。


「……誰から食べる?」


 ことねが聞く。


 誰もすぐには答えなかった。


 数秒の沈黙。


 そして、しおんが静かに手を伸ばした。


「食べる」


「雪代さん!?」


 ことねが目を丸くする。


「平気?」


「たぶん」


 しおんは小さなフォークで一つ取ると、口に入れた。


 全員が見守る。


 しおんはゆっくり噛んだ。

 一度だけ瞬きをして、それから小さく頷く。


「不思議」


「おいしい?」


 ひよりが聞く。


「……不思議」


「二回言った」


 恒一が呟く。


 しおんは少し考えてから、言葉を足した。


「梅が先に来て、あとからチーズ。寒天は、思ったより合ってる」


「つまり?」


 ことねが聞く。


「眠くはなくなる」


「味の評価じゃない!」


 ひよりは満足げに頷いた。


「成功です」


     ◇


 結局、全員が一つずつ食べることになった。


 ことねは、食べる前にかなり長く見つめていた。


「……これ、私の中の食べ物の分類が試されてる」


「大げさ」


 朱莉が言う。


「いや、本当に。梅とチーズと寒天って、同じ皿にいたことある?」


「ないかも」


「でしょ?」


「でも、食べるんでしょ」


「食べるけど!」


 ことねは意を決して口に入れた。


 噛む。

 止まる。

 目を細める。


「……あ、思ったよりいける」


「ほら」


 ひよりが言う。


「でも、いける自分がちょっと悔しい」


「なぜですか」


「ひよりちゃんの変食に負けた気がするから」


「勝ち負けではありません。集中です」


 凛も一つ口に入れた。


 噛んで、少しだけ眉を動かす。


「味は変だけど、目的は分かる」


「朝霧さん、それ最高評価?」


「毒島さんに対しては、かなり高い評価」


「ありがとうございます」


 ひよりは素直に受け取った。


 朱莉も食べて、少し笑った。


「梅が強いから、たしかに眠気は飛ぶね」


「でしょう」


「でも、これを普通に休憩の差し入れとして出されたらびっくりする」


「普通ではないので」


「そこは認めるんだ」


 ましろは最後に一つ食べて、しばらく黙った。


「……小鳥遊?」


 恒一が聞くと、ましろは静かに言った。


「休憩用としては、少し攻めています」


「ましろちゃん、その言い方優しい」


 ことねが言う。


「ただ、暗記前の眠気対策としては合理的です」


「認めた!」


「合理性はあります」


 ひよりは、ましろの評価を聞いて少しだけ嬉しそうだった。


 そして最後に、恒一も一つ口に入れた。


 酸味。

 チーズのまろやかさ。

 寒天の妙な弾力。


「……確かに、目は覚める」


「味は?」


 ひよりが聞く。


「目は覚める」


「黒峰くん、味の感想避けたね」


 ことねが笑う。


「避けたんじゃなくて、最重要評価を言った」


「それ避けてる時の言い方だよ」


 教室に笑いが広がった。


     ◇


 だが、ひよりの集中食は、悔しいことに効いた。


 暗記系の時間に入ると、さっきまで机へ突っ伏しかけていたことねの目が少しだけ冴えていた。


「じゃあ、まず英単語十個」


 凛が言う。


「十個……」


「五分で覚えて、そのあと確認」


「五分!?」


「暗記は最初の圧が大事」


「朝霧さんも急に怖いこと言い出すし……」


 ことねはぶつぶつ言いながらも単語帳へ目を落とした。


 朱莉も、しおんも、ましろも、それぞれ自分の範囲に入る。


 ひよりはというと、自分も参加する気らしく、別の単語帳を開いていた。


「毒島さんもやるの?」


 恒一が聞く。


「はい。私は食べるだけの人ではありません」


「いや、そこは疑ってないけど」


「ただ、食べながらのほうが覚えられます」


「それは少し疑ってる」


 ひよりは気にせず、黙々と単語を見始めた。


 暗記の時間は、教室を一気に静かにした。


 紙をめくる音。

 ペン先が机を叩く音。

 誰かが小さく単語を呟く声。


 文化祭とも、数学を教え合う時間とも違う。

 全員がそれぞれ自分の頭の中へ潜っていく感じだった。


 五分後、凛が時間を告げた。


「はい、確認」


「早い!」


「五分って言ったでしょ」


「時間って本当に進むんだね……」


「哲学に逃げない」


 ことねは渋々、単語帳を閉じた。


 恒一が問題を出す役になり、ことねが答える。


「これ」


「えっと……関係、じゃなくて、関連する?」


「惜しい。品詞」


「形容詞?」


「そう」


「やった!」


「まだ一問目」


「一問目でも勝ちは勝ち!」


 暗記系は、ことねの性格と相性が悪いようでいて、実は小さく正解が出るとかなり喜ぶ。

 その単純さは強みでもあった。


 しおんは静かに答え、朱莉は着実に進み、凛は当然のようにほぼ正解した。

 ましろも淡々と答えたが、一問だけ止まった。


「小鳥遊さんでも止まるんだ」


 ことねが言う。


「止まります」


「ちょっと安心した」


「安心されるのは不思議です」


「いや、ましろちゃんって普段ぜんぶ見えてる感じあるから」


 ましろは少しだけ考えてから言った。


「見えることと、覚えていることは違います」


「うわ、なんか名言っぽい」


「普通のことです」


     ◇


 休憩に入ると、ひよりが今度は別の小袋を出した。


「次は、海苔レモン豆です」


「待って」


 ことねが手を上げた。


「まだあるの?」


「あります」


「どれだけ持ってきたの?」


「暗記用三種です」


「三種!?」


 凛が少しだけ眉を寄せる。


「毒島さん、今日は一種類だけにしよう」


「なぜですか」


「勉強会より試食会の印象が強くなるから」


 ひよりは少し黙った。


「……それは、よくないですね」


「分かってくれた」


 朱莉が笑う。


 ましろも頷いた。


「集中食は、目立ちすぎると集中を奪います」


「なるほど」


 ひよりは真剣にメモを取った。


「次回は、集中食の主張を抑えます」


「次回もあるんだ」


 恒一が言うと、ひよりは当然のように頷いた。


「改善します」


 ことねが小さく笑った。


「なんか、ひよりちゃんらしいね」


「何がですか」


「変なもの持ってきて空気乱すけど、ちゃんと目的は勉強会のためなんだなって」


 ひよりは少しだけ目を瞬いた。


「それは、そうです」


「うん。そこは分かる」


 ことねは、少しだけ優しい顔をした。


「ありがとう。目は覚めた」


「味は?」


「……目は覚めた」


「夢咲先輩も避けました」


 そのやり取りで、また笑いが起きた。


     ◇


 勉強会の終わり頃、恒一はふと机の上を見渡した。


 凛の予定表。

 ことねの単語帳。

 朱莉のノート。

 しおんの小さなメモ。

 ましろの紙コップ。

 ひよりの保冷バッグ。


 勉強会は、回を重ねるごとに少しずつ形を変えている。


 今日はひよりが来た。

 変なものを持ってきて、確かに空気を乱した。

 でも、そのおかげで暗記の重さが少しだけ笑いに変わった。


 変食ヒロインが持ち込む集中食は、だいたい勉強より先に空気を乱す。

 けれど、その乱れ方が悪くないから、気づけばみんな少しだけ前へ進んでいる。


「……次回は普通のものでもいいぞ」


 恒一が言うと、ひよりは真剣に頷いた。


「普通に寄せます」


「寄せるだけなんだ」


「完全な普通は、私の担当ではありません」


「まあ、それはそうだな」


 ことねが笑いながら言った。


「ひよりちゃんは、普通じゃないまま助けてくれる枠でいいよ」


 ひよりは、少しだけ満足そうに保冷バッグを閉じた。

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